帰路
片目のままだと、苦労することがいろいろとある。視界が距離感がつかめないとか、左右の目があれば120度は見える視界が90度に狭まるとか、二つの物を同時に追えるのが一つになったりだとか。とにかく不便だ。傷口から有害物質や菌が入らないように眼帯をしているから、「私弱ってます」というのを声高々に叫んでいるのと同じようなもの。
それで外を出歩こうものなら。
「またか」
襲い掛かってきて、まんまと返り討ちにされたゴミの脳天に一発銃弾をプレゼント。一応ここは労働者区画、ゴミ共は区画を仕切るゲートに阻まれて入ってこれないはずなのだが、どういうわけか俺の通り道にはすでに死体が四つほど転がっている。そのどれも、自分で作ったものだ。
「全く……区画の監視は足の仕事だろうに」
以前にもこうしてゴミが侵入してくることはあったが、頻度はかなり少なく、週に一度か二度あれば多いなという位だった。それが今日だけで四人、少し多すぎる。
「人手が足りないんでしょう。たくさん死にましたから」
「んなことはわかってる。ただの愚痴だ」
しかし、これじゃあ働き蜂共が安心して働けないだろう。それでまた暴動やストライキを起こされたらたまったもんじゃない。一応は大事な労働力だし、極端に数を減らすわけにもいかないし。連中の生産する製品がなければコロニーの生活は成り立たないし。難しい話だ。
「……ただ飯食い続けてる連中を回すか」
信頼できないが、反抗する意思はなさそうだし。だが信頼のおけない相手を治安に関係する仕事を任せるのは不安が……とはいえ、復旧作業をさせて、もともと復旧作業をしていた人員を治安維持に回せば、というわけにもいかないか。間違いなく作業の指揮を執っている奴が嫌がる。ついこの前自分の仲間を殺した連中と一緒に仕事をするなんて、俺だって嫌だ。
しかし方法は……考えるのも面倒だ。第一、俺の考える事じゃない。こういうのは頭の仕事だ。
頭に判断を任せた結果何か問題が起きたとして、その時対応すればいい。もし死ぬほどやばい問題が起きたとしても、全力で抗って、だめなら死ぬだけ。生き残ったら頭に文句を言っておしまい。いつも通りだ。
「エーヴィヒ」
「なんでしょう」
自分の左側、片目がつぶれていなければ見えている場所。要するに死角に立っている少女に声をかける。
「頼むから死角に立つな」
「私がここに居なければ、誰があなたの左側を見るんでしょう」
「ゴミが来ても足音でわかる」
ゴミが死角から襲ってきても、連中に足音を隠すような気の利いたマネはできないから、すぐにわかる。だが、こいつはすぐに手の届く場所に居る。音も出さずにナイフを出し、そのまま首を切る、なんてこともこいつならできるだろう。
「あんな馬鹿どもより、お前が見えないところに居るほうが怖い」
「プロポーズですか」
「アホか」
今の発言のどこをどう解釈したらプロポーズになるんだ。死にすぎて頭の中がおかしくなってるのか……おかしくなってるんだろう。なら仕方ないな。
「あなたならきっと、ご主人様も許可をくださるはずです」
娼婦が客引きをするときに出す声に似た、耳障りな音を発しながら腕にすり寄ってくる。なんてしつこいんだ、このクソガキは。しかし振りほどくような気力はもう残ってない。襲ってくるゴミの掃除で疲れた。
「アホ、と何度言わせる気だ? その手には乗らんとわかってるだろう」
なのに同じことを言ってくる。
「いいえ、あきらめませんよ。あなたは優秀な戦力です」
「戦力ねぇ……」
俺に求めるものが戦力なら、そこまでの価値はない。元々の戦闘力も、平均よりは高かったかもしれないが、アンジーやトーマスには劣る。片目が無い今では平均以下まで落ちただろう。なのにご主人様は、なぜ俺を求めるのか……何か特別な物、魅力的なものを持っているわけでもなし。わからん。頭を働かせるのは苦手だ。
「理由、直接聞かないとなぁ」
考えてわからないなら、答えを教えてもらえばいい。その対価がご主人様に仕える事ならもちろん聞かない。奴に俺が満足できる対価は用意できないだろうし。
今考える事ではないか。
「家に帰ったら頭のところへ行く。お前はどうする」
「今あの方への殺害命令は取り下げられていますから、家で休ませていただきます。コロニー内により悪い虫を飼っている今、自警団の首を落とすより、そちらの処理を任せるほうがいいというのがご主人様の判断ですので」
過去に頭とご主人様の間で、どういう因縁があったかは知らんが、敵を目の前にして同じ家に住む者同士が殴りあうよりも、手を取り合う方が余程建設的だと俺は思う。
「結構なことだ」
ただ、今後の害虫への対処の方向性を決めるのがどちらかでまた揉めそうだが。俺が頭へ案を提出して、頭がそれを採用したとして、ご主人様がそれをどう思うか。認めるか、認めないか。認めれば事は簡単に進むが、認めなければまためんどくさいことになる。
ご主人様がどう言おうとスカベンジャーは頭の命令に従うが、ご主人様はそれが気に食わない。気に食わないからエーヴィヒを使って殺そうとするだろう。そうなるとそれを止めなくちゃいけない。スカベンジャーにとって、余計な仕事と敵が一つ増えるわけだ。考えるだけで頭が痛い。だから頭を使うのは嫌なんだ。
「じゃあ、帰るぞ」
「はい」
エーヴィヒの動きに気を張りつつ。ゴミ共の襲撃にも気を付けつつ。明るくはない未来に希望を持ちつつ、帰路を歩く。楽な方へ転がってくれればいいんだが、今まで生きてきてそうなった試しがない。希望は持つだけ無駄か。




