虐殺
悲鳴と銃声と、トーマスの笑い声が、通信機越しに聞こえてくる。エンジンと機械の冷却ファン以外に音のしない装甲車の中では、よく響く。装甲車はアースの通信中継所でもあるから、アースの通信回線を開きっぱなしにしていたらパイロットの様子がよくわかるのだ。
それにしても、楽しそうな笑い声。心の底から虐殺を楽しんでいるような、高笑い。ミュータントを皆殺しにするのがそんなに楽しいか。楽しいだろう、自分の部下の、仲間の仇に、自分たちがされたことと同じことをやり返しているのだから、楽しくないはずがない。
俺も機体と体が五体満足であれば、同じように笑いながら敵を、無抵抗な敵を、女子供関係なしに殺していただろう。
そうであっても、こうして傍観者となって見る分には、全く楽しく思えない。つまらないを通り越して、いっそ不快でさえ有る。今までに何度も働き蜂を殺してきて、コロニーを出る前にクソガキを研究所へ売り渡しておいて、今更こんな気持を抱くのもどうかと思う……少々事情は違うが、似たようなものだ。だというのに、突然こんな気持ちになるのは、片目が潰れたせいだろうか。目が潰れて、ものの見方が変わったせいか。考えられるのはそれくらいしか無いが。しかし、不快だからといって自分自身の生活のため、安全のためにも止める訳にはいかない。許すには、奴らのやったことはあまりに大きすぎる。一人二人死んだという位なら謝罪させて、賠償させて、それで済ます事もできた。だが、コロニーの被害は奴らが賠償できる範囲を逸脱しているし、目的もコロニーを破壊するとなれば、放っておけばまた似たような事が起きる。もう謝罪では済まされない。こうする以外に方法はない。これが正解で、他が間違い。
生きるために、敵は殺し尽くさなければならない。
「どこ行くんだ」
「格納庫だ。こうもうるさいと傷が痛む」
適当な理由をつけて、この騒がしい空間から逃れることにする。俺はどうかしている。突然あんな事を考えるなんて、俺らしくもない。頭のおかしい奴に関わりすぎて、俺まで頭がおかしくなったのか……まあ、ありえる話だ。エーヴィヒや支配階級なんて、存在そのものが異常だしな。
格納庫への扉を開いて、中へ入る。ドアを閉め、格納車両の真中。俺のアースが鎮座している辺りで腰を下ろすと、騒がしい銃声と笑い声も意識しなければ聞こえない程度の物になった。
一息つくと、アースの起動音がしたので、何事かと思い背もたれにしている鉄の塊を見上げる。
『出撃ですか』
どうやら、俺が近寄ったのにCOMが反応しただけらしい。
「いや。騒がしかったから静かな所に来ただけだ。こんな状態で出ようなんて思わんし、そもそも出る必要もないだろう」
トーマス。アンジー。おまけでエーヴィヒ。腕の良いパイロットが二人と、腕の悪いパイロットが一人。相手が武装していようがしていまいが、非装甲目標を叩くには過剰すぎる戦力だ。やられることはまず無いだろう。
『役立たずだから出ないんですね』
「……まあ、片目だしな」
そう言われたことに腹は立つが、事実だし仕方ない。先の戦いで、さほど強くもない相手に苦戦して、無様に機体を壊されて、撤退に追い込まれて。片目というのがどれだけ戦力の低下につながるかを存分に、体でも頭でも理解した。頭は手足が吹っ飛ぶよりはマシと言っていたが、案外それと同等。あるいはそれ以上の障害かもしれない。慣れればそうでもないかもしれないが、慣れるのと、寿命が来るか殺されるか、果たしてどちらが早いやら。
それでも腹は立つので、黙らせよう。
「とりあえず黙れ。勝手に起動して貴重な電力を減らすんじゃない」
『了解。スリープモードに移行します。御用がありましたらお呼びください』
それだけの言葉を残して、ブツリと音が切れた。スリープモードに入ったらしい。俺も少し寢るとしよう、寝入りさえすれば目の痛みも忘れられるだろう。




