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鋼鉄の夢  -Iron Dream-  作者: からす
第二章 明日への逃避
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新機体

 頭の性格の悪さには本当に参る。今までもそうだが、今日のはいつものに輪をかけてひどい。どうしてあんなにも人を苛立たせる事を平気で言えるのか。もう少し部下への接し方というのを学んで欲しいものだが……あの歳で今更何かを学ぶのは難しいだろうな。学ぶ前にくたばるだろう。死ぬなら死ぬで、コロニー内の治安がもう少し落ち着いて、しっかり後継者も決めてからにしてもらいたいが。まあそんなに都合よく事が進むとは思わない。上手くいかないなら、せめてどちらかは望み通りになってもらいたい。

 そう思いながら、いつも世話になっている市場のある通りに到着する。消費した弾は補充したし、ブレードもまだ折れてない。となれば特に他に買うものもないので、寄り道はせずまっすぐパーツ屋へ行く。鉄製の重いドアを開いて中へと入り、すぐに扉を閉めてガスマスクを外す。息苦しさから解放されたところで一つ深呼吸すると、鉄臭い空気が鼻に入ってむせる。


「ったく。おいハゲ! 客だぞ出てこい!」


 頭のせいで溜まったストレスをぶちまけるように、所謂八つ当たりとして叫ぶ。これだけ大きな声で叫べば、店の奥まで聞こえてすぐに出てくるだろう。顔と頭を焼けた鉄のように真っ赤にして。


「誰がハゲだ! ぶっ殺すぞ屑が! つーかぶっ殺す!」


 思ったとおりに、顔と頭を真っ赤にして、大きなスパナを片手に持って、さらに殺意を目にたぎらせた店主が現れた。そして俺の顔を見ると、すぐに殺意が乗ったスパナを全力で投げつけてくる。それを避けると後ろから悲鳴が聞こえ、振り向くとエーヴィヒが頭から血を流して倒れていた。よく死ぬ奴だとは思っていたが、まさかこんなところでまで死ぬとは。本当に、素晴らしく運が無いなこいつは。それとも行く先々で殺される運命でも背負ってるのか。


「おいおい。連れが死んだじゃねえか」

「てめえが避けなきゃ死ななかったんだよ。人のせいにすんなクズ野郎!」


 全く、反論にしようがないほどに正論だ。しかし、俺は死ぬのも痛いのも嫌なのだ。誰かさんと違って、死んだらそれきりだし。


「勝手に……殺さないで、くれますか」


 俺の足にすがりつくように、ゆっくりと立ち上がる。よく見ればマスクの一部分に大きく罅が入っていた。これは、マスクがなければ即死だったというやつか。惜しいな。死んでくれてたら、それをネタに割引を強要することだってできたのに。金ばかりかかって、全く使えないやつだ。


「それで、今日は何の用だ。また機体をぶっ壊したのか?」


 店主からの言葉で本来の目的を思い出し、すぐに顔を戻す。


「あれは返した。元から借り物だったしな。それよりもう少し見た目も考えて直せよ。苦情言われたじゃねえか」

「なら最初から壊すなよ」


 それは確かに一理ある。しかし元より戦闘を目的として作られているのだから、壊すな、傷つけるなというのも無理な話だ。道具は使うために有るように、兵器というのは壊されるべく存在する。それを無視した要求など、とても飲み込めるものではない。

 まあ、壊さないようにするのが操縦者の腕の見せ所。しかし残念ながら俺にそこまでの技量はないのでどうやっても無理なのだ。


「そりゃ無理だ。しかし、少し壊れる位の方がお前も儲かっていいんじゃないか?」

「まあ、そうなんだがな。折角直した物をまた壊されるのは、金が入る喜び以上に気分が悪い」

「そういうもんか?」

「そういうもんだ」


 その気分はよくわからない。やっている事が畑違いの分野というのもあるが、そういった経験をしたことがないからか。まあいい、分からないことは分からないままでもいい。別に知る必要があるわけでもないし、知らなきゃ死ぬってわけでもない。


「で、今日の目的だが。アースを一機貰いに来た。頭からは代金にこれを渡せと言われてる」


 袋の中からチップを取り出して、パーツ屋に渡す。こんな手のひら小さなチップ一枚に、アース一機分の価値があるとはとても思えない。それとも、これ自体に価値はないが中身に価値が有るのか。多分そうだろう。重さにして一グラムと無いようなチップだ。どれだけ貴重な金属を使っていても、それほどの価値はない。


「これがか……確かに受け取った。それじゃこっちに来い」


 さっきまでの怒りはどこへやら。顔をほころばせて、上機嫌で受け取り、俺を店の奥へと案内する。前言は撤回しよう。中身が何かは知らないが、良い物であるのは確かだろう。別に中身を知る必要はないし、知らなくては死ぬというわけでもないが、そんなに良い物なら是非とも中身を知りたいものだ。後で見せてもらえないか交渉してみよう。

 店長の後ろを付いて歩き、いつもは見ることのないカウンターの向こう側へと回り、さらに店の奥へと進む。そして扉が有り、それが開かれると、我が家のものより数倍は広いガレージがあった。そして周りにはさすがはパーツ屋、何機かまともな状態のアースと、大量のパーツが箱に入れられて転がっていた。ここから修理に必要なパーツをトラックに載せて持って行くんだろう。


「お前に渡すのはこいつだ」


 腹の部分を鉄板で塞がれただけのアースを見せられる。はて、どこか見覚えがあるような。


「この前の戦闘で動かなくなったアースの中じゃ、一番状態が良かった奴だ。乗ってる奴だけが死んで、他の損傷は腹の穴以外無いに等しかったから修理も鉄板溶接してセンサーを交換するだけで済んだ」

「どこで拾った」

「確かD3区画。なんでそんなのを気にするんだ?」


 道理で見覚えがあるわけだ。自分が殺した相手の搭乗機ならよくわかるはずだ。


「俺がやったやつだ」

「ああ、なるほど。それで、自分が殺した奴の機体に乗るのは嫌ってか?」


 そんな事は、まあ無いこともないが。頭から提案された、ご主人様にしっぽを振っておねだりするというのを拒否した以上、俺にこれ以上贅沢を言う権利はない。この程度の事も我慢できずに、どうして生き残れるものか。

 そんな思いで首を振って、店主の意見を否定する。死人に意志を左右されるほど馬鹿らしいものもない。誰が乗っていたとしても、機体は機体。関係ないだろう。使えるものは使わなければもったいない。


「中はきちんと洗浄してあるんだろうな」


 当たり前のことを言うようだが、重要な事だ。さすがに血だらけのアースに乗るのは御免こうむる。血の生臭さを感じる中で戦うなど、冗談ではない。戦場に、ましてこのコロニーで快適さを求めるのは大間違いだが、それでも最低限の綺麗さは欲しいところだ。


「勿論。ちなみに、もう一機状態のいいのが有ったんだが。そっちは研究所に持って行かれた」

「ああ、動いてくれるだけマシだ」


 動かない鉄の棺桶に入るか、生身で鉄砲を撃ちあうよりかはずっといい。これで性能も良ければ言うことはないんだが、そこまで望むのは贅沢すぎるか。あの戦闘で撃破されて、まだ動くアースが居ただけでも運がいいのにそれ以上など。


「ちなみに性能はこのコロニーのとはほとんど変わらん。反応速度もパワーも誤差レベルでしか違わん。研究所に持って行かれたのは、材質がちょっとだけ違うからだとさ。それとお前が前に乗ってたのや、嬢ちゃんの使う競技用なんかとは比べるなよ。ありゃ異常ってもんだ」


 そんなのが相手だったら、俺達は今頃皆殺しにされてる。それほど今の量産品と骨董品の性能は違う。


「コロニー産より性能が悪かったら苦情を言うつもりだったがな。まあ、それならいい」

「苦情なんて言われても性能は変わらんぞ」

「パーツの交換とか。色々できるだろう?」

「無理。質のいいパーツはこの前骨董品に全部使い切っちまった」

「残念だ」


 しかし現実は変わらない。ならば現状で満足するしか無いか。


「ところで、こいつを手に入れたついでにもう一つ新商品があるんだ。どうだ、一つセットで買ってみないか。今なら少し安くしとくぜ」

「物によるな。まずは見せてもらわないと判断のしようがない」

「OK、こいつだ」

 

 そう言って台車に乗せて持ってきたのは、巨大な鉄板に取っ手をつけたものだった。これが新商品ということは、つまり盾だろうか。何の変哲もないただの鉄板のようだが。


「こいつは例のデカブツの側面装甲の一部を切り取ったもんだ。30mm弾やHEAT弾程度じゃびくともしない、最強の盾と言ってもいい。ただ、普通の盾と比べて倍くらい重いがな。大体200kgくらいか」

「……俺はそいつにランチャーぶち込んでぶっ壊したわけだが?」


 大げさな身振り手振りで説明をする店主の動きが一瞬止まった。矛盾しているところを突かれて、どう言い訳をするか考えている最中なのだろう。


「そりゃあ仕方ない。どんな兵器も上からの攻撃にゃ弱いからな。ただ、横と正面の装甲は半端じゃなく丈夫だ」


 そして出てきたのは、上からの攻撃なら仕方ないという開き直り。まあ、アースだって正面ならともかく真上から榴弾を撃ち込まれたらきっと同じことになる。仕方がないと言えばそうなるな。

 では、実際にこいつが使えるかどうかを見せてもらおうか。


「それはいい。是非買い取らせてもらいたいな。ただし、お前の言うとおりだとすれば」

「テストしてみせろってことか」

「百聞は一見に如かず。言葉通りなら、何も問題ないはずだろう?」


 言ったことをそのまま信用して、ゴミを掴まされて、その結果死んでは敵わないしな。やはりこういった道具の品質を知るには、自分の目が頼りだ。目の前で品質を保証するテストを行ってもらい、それを見て買うかどうかを判断する。


「問題ない。ただちょっと危ないから下がってろ」


 盾がクレーンのフックがかけられて、天井から吊り下げられる。ワイヤーが軋んでいることから、かなりの重量があるのだろうと推察。大きさもあるが、かなり密度の高い金属を使っているのだろう。次いで持ちだされたのが、アースに搭載される30mm単発砲。

 盾が砕けるか、弾が弾かれるか。どちらにせよ危険なので、いそいそと適当な遮蔽物の後ろに隠れる。


「本当はもっとでかい口径でテストしたいんだが、持ってないから仕方ない。発射するから耳塞げ!」


 言われるとおりに耳をふさぎ、発砲の瞬間を見つめる。


「発射!」


 手のひらの覆いを貫通して、まだ耳を痛めつける発砲音。テスト用に装薬を減らした弾丸というわけではないようだが。隠れていた遮蔽物から身を出して、ぶら下げられた盾を見つめる。盾は勢い良く揺れ、梁が重みに悲鳴を上げているが、穴が空いているようには見えない。凹みさえも見当たらない。

 対弾性は十分。言葉に嘘はないと。


「いいじゃないか。買おう。いくらだ」

「エースさまにそれほどひどい値段を吹っ掛けるわけにはいかないからな。30枚でどうだ」


 盾にしては割高だ。しかしまあ、あのデカブツから剥ぎ取った物ならそれも仕方ない。鉄をプレス加工して作った盾よりもずっと貴重だし。そのくらいの価格はするだろう。貰ったばかりの札束から紙幣を30枚数えて抜いて、それを手渡す。


「28、29、30ちょうどいただきましたよっと。商品はいつも通りお前の家に運べばいいか?」

「頼む。それじゃ帰るぞエーヴィヒ」


 横で黙っているだけで、何も言わない連れに声をかけて入ってきた道を通り出て行く。これで今日の用事はお終い。帰って荷物が到着したらアースを調整して、武器を装備して。あとは飯を食って寢る位か。

新機体(性能が上がるとは言ってない)

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