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鋼鉄の夢  -Iron Dream-  作者: からす
第二章 明日への逃避
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予感

大変遅くなりました

 エーヴィヒに注射を打たれて何日か経った。以来えらく体の調子がいいのだが、あの注射の中身は一体何だったのか。彼女に聞いてみても曖昧な答えしか返ってこず、具体的な情報は一切手に入らないまま、彼女に借りを作ってしまったという後悔を抱きながら時間が過ぎ。そして遠征隊が出発してから十日が過ぎた。それについて話があると頭から連絡があって、嫌な予感を抱きつつも頭の待つ体育館へ移動する。当然、エーヴィヒも付いて来る。どこへ行くにも付いて来るのにはもう慣れた。


「女連れとはいい身分だな。謹慎の意味わかってんのかお前」


 来いと命令されたから来てやったのに、歓迎の第一声が罵声とは、相変わらず酷い上司だ。こっちの状況は理解しているだろうに、それを知らんと言わんばかりに文句を言ってくる。これが上司でなければ殴り倒した上でマウントを取って命乞いするまで殴り続ける所だ。本当に、上司でさえなければ。


「まあいい。今日、遠征隊から嫌なニュースが伝えられた」

「ニュースの詳細は?」

「聞けばわかる」


 頭が車いすについた機械を操作して、音声を流しはじめる。通信を聞いていたのなら、俺が来るまでに情報を纏めておいてそれを話すくらい大した手間じゃないだろうに、どうしてその程度の手間を惜しむのか。もう歳だからか? いやそんな馬鹿な。会って早々嫌味を言うくらいの思考能力が残ってるならそれ位できるだろう。ただの怠慢だ。


『こちら遠征隊リーダーのトーマス。敵コロニーについての報告だ。ちょっと信じがたい報告をさせてもらう。敵コロニーに到着したが、敵戦力は既に壊滅してた。コロニーごと瓦礫の山だ。内部は激しい戦闘の跡があったが、どうも内部分裂ってわけじゃなさそうだ。隠れてた生き残りをこれから尋問するから、詳しいことが分かり次第また連絡する。以上通信終わり』

「最悪なニュースだな」

「だろう?」


 肩をすくめて笑う頭。頭を抱えて悩む俺。これは絶対に「だろう?」の一言で済ませていい事案じゃない。内部分裂でないのなら、コロニー一つを壊滅させることが可能な戦力を持った第三勢力が居るということ。もしも敵がマトモな思考力を持っているか、うちに遊びに来たお客様と以前から殺しあっていたとしたら、交戦した戦力が少なかったことに疑問を抱くだろう。そこで相手が殺る気に満ちあふれているか、そうでないかで今後どうなるかが変わる。前者ならまた戦争の準備、後者なら話し合いのテーブルが必要だ。

 このご時世で後者を期待するのは、まず間違い。もし歓迎することがあれば、乱暴な対応になりそうだ。


「このコロニーはちょうどぶっ潰されたお客さんのコロニーと同じ状況だ。敵をぶっ殺すために戦力のほとんどを送り出してて警備が手薄になってる」

「ああ、確かに。そりゃ不味いですね」


 うちの主力は装甲車とアース部隊。しかしそれはお礼参りに出動中。戦力として残っているのは負傷者とアースを持たない人間がほとんど。エーヴィヒも居るが、こいつは出撃すればすぐに殺されるから戦力としてカウントしていいのかどうかわからない。

 コロニーに残っているたかが数機のアースと歩兵程度で、コロニーを一つ潰せる戦力を相手できるものか。無理だろう。


「ああ。ものすごく不味い。それで仕方なく謹慎中でも実力だけはあるお前を呼び出したわけだ。実際残ってる中じゃ一番戦果を上げてるからな」


 つまり、休んでないで働けと。


「言いたいことはわかりますが、頭。私のアースはお客様が壊して以来向こうに置きっぱなしですよ。しかもまだ返してもらってない」

「そんなもんどっかで調達すりゃいい。支配者様に気に入られてんだろ? 尻尾でも振ってもらってこい」

「俺にもプライドってもんは有ります。あいつに尻尾を降る気にはなれません」


 俺を殺そうと何度もエーヴィヒを送り付けてきた挙句に、ついこの前も質問に答えてやったのに俺を殺そうとした。その後は部下にならないか、と実に人を馬鹿にした態度を取るクソッタレな野郎に尻尾を振るなんて、冗談じゃない。誰に何と言われようとお断りだ。


「支配者様の飼い犬と毎晩盛ってる時点で説得力の欠片もねえがな」

「そんな事はしてません」


 どうやら頭の俺へのイメージは、噂で流れている俺の人間像で完全に固定されてしまっている。噂というのは時にこういった誤解を人に染み込ませてしまうから、面白いと同時に恐ろしくもある。こうなってしまっては、当事者がいくら弁解したところで無駄だ。染み付いた認識は本人が変えようとしない限り変わらない。


「お前の言葉は信じられん」

「そうですかい。じゃあもういいです。頭の思うように思っておいてください」


 やはり。一応の弁解はしてみたものの、完全に無駄だった。まあいい、どうせ俺の評価は噂のおかげで地に落ちている。気にしても今更だし、こんな世の中で人からの目を気にして生きる必要もない。そんな生き方は命知らずの馬鹿がするもんだ。開き直れば楽になれる。


「んで、この前の襲撃を迎撃した分の給料は」

「なんだ。女に満足してるのに金まで欲しがるのか? 随分と欲が強いやつだなお前」


 さすがに今の言葉は癪に障った。今まで散々我慢してきたが、そろそろ苛立ちが我慢の限界を超えそうだ。口角がヒクヒクと痙攣するように動き、手が拳を握る。今はなんとか抑えが効いているが、その内本当に殴りかかりかねない。早くこの場を切り抜けないと、あんな爺を殴ったら、一発でそのまま神様のところへ送ってしまいそうだ。


「働きに見合った金を払うのがあんたの仕事だろうが。俺は自分の仕事はきっちりやってる、そっちもちゃんと仕事をしやがれ。仕事しないならとっとと死ね老害」


 もはや敬語を使うことも忘れ、いらだちを込めて罵る。


「……わかったよ。ホレ」


 布の袋を一つ、こちらに放り投げられる。それは意図してか、爺の筋力の無さからか、俺のところまでは届かずに床に落ちた。落ちた袋に視線をやり、また頭に戻す。意地の悪い笑みを浮かべていたので、おそらくは前者。本気で天寿を全うさせてやろうかと思ったが、抑える。まだなんとか抑えられる。後でとびっきりの皮肉と苦情を送ってやろう、そうしよう。贈る言葉は一瞬で決まった。あとは拾って、礼を言うだけでいい。


「拾え」


 言動一つ一つが人を苛つかせる。我慢して袋を拾い、中を覗くと金属製のチップが数枚と札束が一つ入っていた。チップが何なのかは、どういう使い道なのかは全くわからない。見たことも聞いたこともない物の使い道がわかれば、それはすごいことか。


「チップは修理屋に渡せ。そうすりゃアースをまるごと一機渡してもらえる手はずになってる。なんでも、あのクソッタレな客の機体が損傷の少ない状態で残ってたらしいからな」

「そうですか。じゃあ、ありがたく頂きます」


 袋の口を縛り、懐に仕舞う。今日の次の行き先は決まった。それでは、さっきまで散々酷いことを言ってくれた礼を言ってから行こうか。


「あと頭。自分のが役勃たずだからって、人に当たるのはやめてくれ。嫌がらせも上司だから我慢してるが、あまり度が過ぎるといい加減にぶっ殺すぞ」

「怖い怖い。お嬢ちゃん、頑張って噂を現実にしてくれ、その方が面白い」

「私はそういう目的で作られたわけではありません」

「穴は有るんだろう? ならそういう事にも使える」


 もうさすがに我慢ならない。振り向きながらナイフを抜き、腕を横に振って思い切り投げる。投げられたナイフは綺麗に回転しながら頭の前の台に突き刺さり、その勢いを止める。驚いて言葉の続きを出さず、口を開けたままマヌケな面でこっちを見る頭の顔で少しだけ鬱憤が晴れた。


「それで首切ってさっさと死ねジジイ」


 親指で首を切るジェスチャーと共にその言葉を送り、今度こそ外に出て行く。これでもう昇進は絶望的になってしまったが、どうせ元から昇進したいなんて思ってない。残る寿命もあと僅かだし、俺は一生下っ端で十分だ。

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