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デイブレイク/アウタースペース  作者: ルト
最終章 今を未来に持ち越す方法
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最終話:海闊天空

 茜色のレンガを敷き詰めた広い駅前は、人がごった返している。日曜日の朝だ。今日は季節を無視したような暖かさで、上着を開けたり腕に掛けたりしている人が多い。美空もレースワンピにショートデニム、ウェスタンブーツで軽やかに着合わせている。

 見渡すまでもなく、見慣れた二人の姿を見つけて、美空は弾むように駆け寄った。

「詩緒奈、おはよ!」

 詩緒奈はもこもこしたボレロをつけたチュニックワンピの裾をふわりと広げて、それ以上に柔らかく微笑んだ。足元をパンプスで引き締め、上品なお嬢様に仕上げている。

「おはよう美空」

「おはよう」

 その隣に立つ玲花は黒く、キャミソールにライダージャケット、防風カーゴパンツの裾をエンジニアブーツに入れるというハンサムな格好だった。

「玲花、あんたそんなイケメンライダーみたいな……」

 とはいえトップスが女性らしいキャミソールのため、むしろエロカッコイイ、女性にモテるライダーガールになっている。

「だって、ヘスティアじゃないから、むき出しで危ない」

 玲花が口を尖らせて言い訳のように文句を言う。つい先ほど、美空と同じ指摘をした詩緒奈は玲花の災難に苦笑している。

「まあそうかもだけど……ライダーってそんな感じなのかなぁ」

 変にオシャレをしたバイク乗りはむしろ危ない、と考えて、美空は首を傾げる。

 詩緒奈は笑って、考え込みかけた美空をうながした。

「まあ、その辺りを今日、詰めていこうよ」

「ん、そうだね。玲花、全然服持ってないんだから」

「……別に困ってないから、少しでいいけど」

「そう言わないの。可愛くなって損することなんか、ないんだからね」

 玲花の背中を押す美空の手首に、ブレスレットはない。

 戦闘力の枯渇という形で、宇宙研究機構オリハルコン研究課の内紛は終わった。

 玲花の輸送船でアマツマラから避難していたスタッフを確保し、地上に連れ戻した後は、美空も分からないお偉方に処遇が任された。機密に関する条約違反ということで秘密裏に処理され、美空たちもブレスレットの押収と機密保持契約、そして保護観察処分がなされている。

 しかし皮肉にも、その内紛がもたらした災禍によって、現に存在するオリハルコンとオリハルコン技術の、保護監視と安全な保守管理の必要性が再確認される結果となった。

 オリハルコン鉱脈は世界中にわずかずつながら散在し、莫大なエネルギーを含んでいる、という事実は変わらないからだ。もしもヘファイストスに代わる加工技術が確立され、それがテロや戦争に使われた場合の被害は、想像するに余りある。

 宇宙研究機構オリハルコン研究課は解体され、より厳重な監視下において、条約によって保障される特権を保有する秘密国際機構として、オリハルコンの管理を任されることになる。

 そして、その中心人物の一人に、オリハルコン技術に精通して扱いにも長け、理性的な判断力と穏和な志向を持つ、適任者が据えられた。

 繁華街は、一時の風評被害による集客の減衰から回復し、活気がすっかり戻っている。詩緒奈はショーウィンドウから顔を逸らして、玲花に問いを向けた。

「玲花ちゃん。昨日はちゃんと寝たんだよね?」

「うん。今日に備えて泥のように寝ておいた」

「その前は?」

 玲花は目を逸らした。

「……二徹」

 アホー、という美空の叱責が伸び上がっていく。

 萎縮する玲花を見て、声を上げて笑っている詩緒奈はすっかり復活していた。

 美空と玲花で宥めすかして励まし、写真を眺めながら、詩緒奈はほとんど丸二日泣き伏せた。涙も枯れ果てたその後に、三人で美味しいものを食べた頃には、もうケロリと復活していた。吐き出すだけ吐き出して、感情を整理できたのだろう。

 美空も詩緒奈も、悲しんでいないわけではない。ただ痛みを胸にしまって、顔を上げて笑えるようになったのだ。それこそが悼みであり追悼であり、遺して貰ったたくさんのものを誇る、一番の方法だと考えたから。そうすべきだと思ったのだから。

「……あ、あのバイクかっこいい」

「似合う服を相談してる脇で、玲花はどうしてそうイケメン思考するんですかねぇ?」

 信号待ちをしている大型バイクに目を奪われた玲花の頬を、美空は人差し指でキツツキ並みに攻め立てる。やめて、とじゃれ合う美空と玲花は姉妹のように打ち解けていた。

 玲花は、宇宙研究機構が解体された煽りで契約住居を失った。管理局管轄で次の住居を求めることも出来たが、美空の招きに応じる形で、玲花は美空の家に移住した。ルームシェアのような形で、二人は同居している。

 もっとも、オリハルコン管理に血道を上げる玲花は、数日帰らないことも少なくない。それでも全休には、詩緒奈も泊まって三人で過ごすことが多くなっていた。

 詩緒奈が玲花にトレンドの講習をしている。往来を歩く人々は、楽しそうにはしゃいだり、忙しそうに歩いたり、さまざまな表情で美空たちと行き違っていく。

 不思議なくらいに普通の日曜日が、そこにあった。

 信号を渡り、角を曲がったところで、広い道路の視界がふいに開ける。道の先に通行止めのフェンスがぞろりと並び、重機がその向こうを横切っていく。それを見た美空は歩みを緩めた。目を細めて、胸に拳を当てる。

「あれが、私たちの結果」

 得られたもの、失ったもの。守ったもの、奪ったもの。すべてはあの光景に凝縮される。

 ふと美空は鞄に手を入れ、そこから新品の小さな一眼レフカメラを取り出した。広角で、街並みのすべてをファインダーに収める。

 カシャリ、と素っ気ないシャッター音が響いた。

「美空」

 声に振り返った美空は、微笑んでいる詩緒奈とカメラを構えている玲花を見つける。

 カメラを手に、そっと頬を緩ませる美空の笑顔が、この世にもう一つ刻まれた。


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