第三十話:捲土重来
「なんで戦う、って……言っただろう? 世界が、」
「世界がどうとかじゃなくて、あんた個人の話」
かぶせるように遮って、追及する美空の声に、竜人は困ったような声色を含ませる。
「個人、って言われてもね。僕の場合はそうなんだから」
「そんなわけないでしょ。あんたの目は全地球全宇宙見分けられんの? 思想も文化も宗教も、世界中の人の心が分かるって言えんの?」
「そんなの、分かるわけがない。原理的に不可能だろう、主観は主観でしかない。君だって他人の心なんか分からないんじゃないか?」
美空は一瞬で沸騰した。
「分からないって分かってんなら、押し付けようとするのはなんでよ!」
勢い込んで怒鳴るあまり、操縦桿が動かされて巨体が水平に動き出し、竜人に迫る。見上げる大きさが迫ってくる威圧感に、距離は充分に開いているにもかかわらず、竜人には近すぎる間合いに感じられて、思わず後退していく。
後退りする竜人に、美空は立て続けにかみついた。
「理論とか理屈とか、他人の借り物なんていらないっ。何の意志が、どんな覚悟があって、あんたは私が世界で一番誇りに思ってる大事な大事な大事な人を、殺したわけ? 私に憎まれて殺されてでも、どうしてあんたは人を殺さなきゃいけなかったの!? 答えなさい人殺し!」
激しい怒りと言葉に、竜人は気圧されて顎を上げた。
「ひ、ひとごろ、でも僕は、世界を」
「他人の借り物なんていらないって言ってるでしょ!」
美空は怒鳴る。同じ機体に乗っているはずの玲花は、怒りの激しさに怯えて腕を抱き、そっと目を伏せた。その怒りはどこまでも公正で、どこまでも厳しく、どこまでも優しかった。
「義正くんなら答えられたよ! あんたのお仲間になってた義正くんなら! 義正くんはねぇ、わざわざ私に、危ないから関わるなって言ってきて、それでも関わった私と容赦なく戦ったの! それだけの覚悟をした上で、星斗くんを、老原さんを殺しに来た! それも許せるわけない、絶対に止めるべきだったけど、止めなきゃいけないくらい、まっすぐだった!」
義正のまっすぐさは、兄の遺志を背負って、守ることを誓った星斗とぶつかり合った。
「もしも星斗くんがやったとしても、きっと答えたよ! 詩緒奈だって! 悩んで苦しんで、それでも私に銃を向けた! 星斗くんが、世界の何よりも、大切だからっ!」
死にそうなほど苦しそうに、何度も何度も言葉で懇願して、それでも叶わないからと、苦しそうなまま、殺すつもりで散弾銃を美空に向けた。友達を殺す恐怖を理解し、苦しみながら、それでも星斗のために罪を背負おうとしていたのだ。
美空はそれを責めようとは思わない。思えなかった。美晴に教えられた大切なことを、玲花に思い出させてもらう前なら、きっと美空も同じことを望んでしまったはずだから。
その苦しみを、切々と感じるからこそ、美空は竜人に怒鳴りつける。
「あんたには、あんたに何の意志があって、人殺しを背負ったの! 答えてみなさい人殺し!」
己の窮地さえ他人事のようにいなしてきた竜人の、飄々とした態度は、ここで潰えた。
感電したように、目前の偉容を見上げたまま、凍り付いている。蛇に睨まれたカエルですらなく、思考停止による逃避だった。
「理想とか世界とか知らないよ! 自分のことを、他人事にして戦うな! 覚悟も信念も答えられない人間に、人を殺して理想を語る資格はないッ!」
それはただ、幸せな未来を夢想した、無邪気な行動にすぎなかった。あまりに力が強すぎ、あまりに無邪気すぎたために、竜人の剣は、決して壊してはならない地盤を傷つけた。
子どもの振りかざすプラスチックの剣が障子にぶつかって破く。その延長に過ぎない。
それに気づいてしまったから、美空は憎むことも恨むことも出来なくなった。
そうすべきではない、と感じてしまったのだ。それがどんなに辛くても苦しくても、思ってしまった以上、美空は黙って呑みこむしかない。それが美空であり、美晴だった。
涙を溢れさせて、胸を締め付ける痛みをこらえて、美空は操縦桿を動かす。
「玲花。あいつの、リインフォースデバイスはどこ?」
手のひらに巻きつくように、レーザーブレードを保持するアームが動いてマニピュレータに握りこまれる。二機のカンダクトデバイスに与えられるエネルギーと制御力で、レーザーは機体の大きさに見合った長大さに生成される。
玲花はそれを見て、静かに笑った。ハンドルに手を戻し、美空に対し、答えを与える。
「心臓部。それと、山都茉莉」
「まつり?」
「あの子の名前。腰部にガイダロスの輸送格納スペース残ってるから、確保できるよ。大丈夫」
「……ふうん」
美空はそっけなく答えて、レーザーブレードでリインフォースデバイスをくり貫いた。
えぐり出された竜人は、泡立った泥のような発泡オリハルコンがこびりついた、無残な姿になっていた。蒸着したために、分離さえできなくなったのだろう。
それを腰部の格納庫に放り込み、エアロックを掛けた瞬間、搭載されたレーダーが強大な熱源動体を検知した。美空が反射的にスラスターとアテナを再利用した推力で機体を傾かせる。肩を巨大な砲弾がかすめて、衝撃で機体にねじれが起こり、装甲が軋みを上げる。
「くおあああ、これっ、かなりきつくない? 初動が遅すぎるっ!」
「反応確認、オリハルコン……大きい? これ、まさか、アマツマラ!?」
共有しているレーダー情報を冷静に読んだ玲花が、高い声で叫ぶ。機体制御で手一杯になっていた美空は、一瞬玲花の驚いた意味が理解できなかった。
攻撃した反応をたどり、オリハルコンによるものだと判明し、攻撃を実行した敵性オリハルコンは形状質量からアマツマラと推定される。
「う、宇宙ステーションまるごと兵器に作り変えたってこと!? バッカじゃないの!」
玲花が光学センサの映像を拡大分析する。宇宙ステーションアマツマラは、空飛ぶ花弁のようだった。現れたアマツマラは、今や花弁から人型の上半身を生やしているような、あるいは下肢が蛸や蜘蛛になっているような、異形の怪物と化している。
蔓に覆われて目隠しされているような上体が、目を凝らすように首を傾げる。
「間に合わなかったんだ。山都さんと挟み撃ちにするはずだったんだけどな」
「詩緒、奈……?」
通信回線を使って言葉を届ける詩緒奈の声は、錯乱した調子は消えて、落ち着いている。冷静な声と言葉で、声をかけた。
「これが最後。美空、玲花ちゃん。お願いだから、星斗くんのブレスレットを、返して」
静かな声が、無音の宇宙に消えていく。




