第二十九話:国士無双
そこに真っ赤なイージス艦が宇宙を飛んでいた。強力な探査レーダーとその情報処理システム、ミサイルの代わりに各種分離独立動作子機、近接防御射撃装置の代わりに射出式加速器、艦砲の代わりに超伝導電磁石。
イージス艦の兵装をデブリ除去の宇宙作業用にまるごと換装したような、奇態な機体だ。
「あれが、アイギス……?」
「美空は、アイギスに向かって!」
玲花の声に叩かれたように、アテナは巨大な宇宙船アイギスに向かう。
「でもあれ、私たちで操縦できるの? ほら宇宙船って、映画とかだと人いっぱい」
「私たち、じゃない。美空が操縦するの。あれは船じゃなくてカンダクトデバイスだから」
「私がっ!?」
仰天した美空が声を張り上げる間にも、竜人はアテナに剣を向ける。
「させるか!」
「させない!」
呼応した玲花に合わせて、竜人の巨体が、轢かれた。丸っこいビルのような巨大なそれは、玲花が操縦していた巨大なカンダクトデバイス、宇宙ステーション定期補給船ガイダロスだ。驚く美空に、アテナの手からすり抜けた玲花がいたずらっぽく笑う。
「私、ちょうどアイギスも来てたなんて、気づかなかった」
「えっ」
「美空はアイギスに! 通信空域に入れば、コマンドワードで制御接続が始まるから!」
「コマンドワードってなに!」
玲花は、惜しげもなく大声で、伝える。
「――合体!」
「やっぱりそれ系かあああっ!」
美空の絶叫を他所に、接続可能デバイスの存在が美空のコックピットにアナウンスされる。アイギス、スタンドアロン。制御接続スタンバイ。
操縦桿を握り、キャノピーの中心に浮かぶイージス艦を見据えて、美空は吼えた。
「合体っ! アイギス、スタンドアロン!」
ぐぐ、と強力な力場が働き、金色の帯がオーロラのようにアテナのアイギスの間に渡された。磁石に引っ張られるような引力に機体が回転する。アイギスもまた、キャノピーの下でぐるりと体をねじるように変形し始めていた。
胴体が細長く伸び、発着場のような機体後部のデッキが展開して接続プラグが現れる。アテナは両手を戻し翼を広げ、両足を伸ばしたような、半変形の状態で埋まるように格納された。キャノピーにカバーが覆われて、目視観測からモニター制御に強制移行していく。
「な、なになに、どうなんの?」
動揺する美空に、びりびりとした、腕の内側がむず痒くなるような震えが伝わる。全身をじんと広がっていき、体が急にほかほかと温かくなって、顔が健康的に赤らんだ。微細な電流が筋肉をほぐし、血行をよくしている。
不意に目の前が明るくなり、星の海を見渡す映像が、美空の眼前に現れる。中折れのように体を曲げたアイギスは、体を立ち上がらせている。アルテミスの比ではない大きさの肩に、電磁石とレーザーブレードのアームをそれぞれ担ぎ、その下から垂れ下がるような小さな腕が伸びている。足には脚がない。
美空は叫んだ。
「だっさぁっ!」
「見た目なんて気にしてないで!」
叱る玲花は言葉通り、ビルに手足を生やしたような不恰好すぎる姿を気にする様子もなくガイダロスを制御している。美空とは竜人を挟んで鈍角の二等辺三角形になるような位置関係で、竜人に戦闘態勢を構えている。美空も慌てて従った。
しかし竜人はその二人を見比べて、及び腰になっていた。
「いや……これは、参ったね。損傷ありのカンダクトデバイスで、無傷のカンダクトデバイス二機の相手は、厳しいかな」
その態度を見て、美空は怪訝と憤懣が心に積もったことを感じた。鼻にしわを寄せる。
「じゃあ、抵抗を諦めたら?」
「悪くないかもね。アイギスが取られたなら、どうしようもない。……でもまあ、スタンドアロン形態じゃ、コントロールデバイスと直結したロディは、負けないか」
笑うように肩をすくめて、竜人は剣を手に、飛び掛った。壁が迫るような勢いで間合いを詰め、剣を振り下ろす。辛うじて腕を構えて受け止めた美空は、衝撃で呆気なくひっくり返る機体に悲鳴を上げた。
「なにこれ、すっとろい!」
もたつく機体を動かして、肩のレーザーブレードを起動させた。リインフォースデバイスに動力制御を移した解体用のレーザーブレードは、戦闘に耐えるだけの剣身を生み出して、竜人の追い討ちを受け止める。
「へえ。操縦型って乗ったことないけど、そんなに操縦簡単なの?」
「こっちだって必死だっつーの!」
姿勢制御のロケットが至るところから噴出している。推進剤残量が部位ごとに表示され、姿勢や距離、観測速度などが明細に巡っていく。空力がなく、純粋に推進力のみで戦わねばならない大気圏外戦闘は、航空戦とはまったく異なっていた。重力圏内から脱していないことも、戦闘の難度を上げている。竜人は俊敏に脚で美空を蹴り飛ばす。
ぱっと光が煌めいた。竜人が離れたあとを、巨大な光の砲弾が駆け抜ける。ガイダロスが光の粒子で出来た大砲を両腕の間に構えながら、美空に向かって邁進している。
「美空、近くに来て!」
「行かせない!」
しかし竜人が間に割り込み、玲花に散弾を、美空に剣を振り下ろす。
「押し通ぉる!」
美空は迷わず、機体を動かした。肩のブレードで竜人の剣を受け止め、ペンギン並みの腕で払い除けて、足でドロップキックをぶちかました。運動力が衝撃に分散されて、竜人の体が弾き飛ばされて、玲花と美空の道が開かれる。
「まずい……!」
竜人が焦ろうとも、巨体についた勢いを止めて、なおかつ離れた戻るには時間がかかった。衝突の速度減衰を補っていく二人のほうが、速い。ガイダロスは一度変形して、そのロケットのような胴体で無理矢理爆発のなかを押し通っていく。そしてアイギスも、ガイダロスに迫る。
「玲花!」
「美空っ! 美空と私の機体名に続けて、コマンドワード! 行くよ!」
唐突の要請を、美空は直感で理解していた。それこそが、逆転の一手だ。
掛け声をつける間でもなく、二人の声は重なった。
「アイギス、ガイダロス! ――合体ッ!」
噴きあがった金色の光は、オーロラなどを超えてほとんど霧や雲のなかのように、巨大な二機を包み込んだ。アイギスの肩が開き、腕になる。ガイダロスは本体が分割され、下肢になる。それぞれスタンドアロン形態への変形から、さらに進めるように、二機はまるで初めからそうであったかのような、合体に適合する姿に変わっていく。
分割面腹部に、玲花が乗る”青藤のヘスティア”があった。互いに近接し、結合していく。ちょうど背中が開いたオーバーオールのような分割で、アイギスとガイダロスは合体する。
そして上半身アイギスの頭部には、平べったいキャノピーのような黒色曲面のAESAレーダーを中心に、姿勢制御や磁気探知、光学センサ、指向性レーダーなどの集積ユニットが人面のように継ぎ合わされていく。光学センサが双眸のように輝いた。
バチリバチリ、と機体に触れるかすかな大気を電解するような小さな破裂音とともに、二機は合体と同期、制御接続をリンクし、操縦系の共有とシステムの分担再構成を完了させた。
美空は代わり映えしない操縦席のなかで、絶叫する。
「ホントに、合体しちゃったし!」
「スタンドアロン形態はマニピュレータを使うための補助独立形態。独立形態があるんだから、共立形態だって、あって当然」
「あって当然、じゃっなーいっ!」
済まし声に憤る美空には皮肉なことに、変形途中の部品で間に合わせていたスタンドアロン形態の不恰好な姿と異なって、二機合体形態は人型らしい形状になっている。首や頭といった区別を持たないアテナとヘスティアの人型形態よりも、さらに自然で洗練されている。
「これは、まずいな……」
一瞬にして身長が二倍弱になった超変形ロボットを見上げ、竜人は警戒して後退りする。
我に返った美空は、モニターに映る竜人を見下ろして、恫喝するように威嚇した。
「さぁ、どーすんのトカゲやろう。今すぐそのデバイスを捨てて地上に行ってちゃんと警察に頭下げて捕まって、洗いざらい全部話すってんなら、ボコボコにするだけで勘弁してあげる」
「それは無理だね。蒸着してるから、これを外せばコントロールデバイスまでなくなる。僕は生身で宇宙に放り出されたくはないな」
「……あんたさあ」
美空の声が一気に冷えた。冷え切った黒鉄のような、硬く、触れれば張り付いてくるような遠慮のない低い声で、竜人に問う。
「ずっと引っかかってたんだけど。あんた、なんで戦ってんの?」




