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デイブレイク/アウタースペース  作者: ルト
第二章 同輩の条件
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第二十話:虚虚実実

 ハサミが引き剥がされた衝撃だけで振り回される機体を立て直し、美空は顔を上げる。

 そこに白銀の鎧武者が太刀を携えて浮いていた。

「星斗くん!」

「義正あっ!」

 美空の声を星斗は聞いていなかった。

 鎧の端々から光を吹き散らして、ハサミ怪人に襲い掛かる。ハサミ怪人もその剣に応じた。

 大きく弧を描く太刀の斬撃を打ち交わし、ハサミがその太刀を手折ろうと振りかざされる。

「星斗ォ、いつまでも裏切り者の下でウジウジ戦いやがって! それでも竜斗さんの弟か!」

「お前が! 戦いから逃げたんだ! 兄貴の死を勝手に祭り上げて、大義を背負ったつもりになって、なにが仇だ! そんなことのために、兄貴は剣を教えたんじゃない!」

「竜斗さんが死んだことから逃げてんのは、お前だろうが星斗! テメェの惚れた女を戦場に立たせて、どの口で守るのほざきやがる!」

「うるさい! 詩緒奈の決断を、お前の勝手で口出しするな!」

「詩緒奈の決断にかこつけて、自分を棚に上げてんじゃねぇ!」

 太刀を取り回し、めぐり、斬撃を交わす応酬は光の破片をばら撒いていく。

 鬼神のような戦いぶりと怒号の連鎖は、互いの譲れないものを抱え、侵し、しのぎを削る。

「す、すご……」

 割り込む隙など一分たりとも見つけられず、美空は唖然と見つめていた。

 ただ、詩緒奈はその戦いを見て悲鳴を上げた。

「星斗くんやめて! そんな戦い方したら持たないよ! 死んじゃうよっ!」

 じぎん、と剣戟が二度交差する。

 星斗は完全に目の前の戦闘に集中していて、詩緒奈の声など聞こえていなかった。

 だが、もし聞こえていても反応を示す余裕はなかっただろう。義正と星斗の実力は、見事なほど完璧に、拮抗していた。詩緒奈が虚しく名前を呼び続ける。

「美空、どいて!」

「はぇ?」

 玲花の声に見上げた美空は、天井が落ちてきたような錯覚を覚えた。それは天井ではなかったが、巨大で重量があり、アテナを巻き込んで凄まじい勢いで落下していく。

「お、おごごご!?」

 衝撃とGに耐えながら、落下を押さえる方向に推力を振り向ける。巨大な塊もまた推力を噴出しているようで、もどかしいほどゆっくりと、その巨体の落下は止まる。

 やっと顔を上げて巨体から離れた美空は、高度を取って巨体を見下ろし、目を丸くした。

「な、なに、これぇ?」

「ごめん美空。これは、カンダクトデバイスのスタンドアロン形態。オリハルコン技術の本来の目的。コントロールギアは、もともと、このデバイスの統括制御をするためのもの」

 玲花はゆっくりとそのカンダクトデバイスを立たせる。

 全長が異様に短い戦艦を無理矢理立たせて、手足に見立てたブロックを取ってつけたような、不恰好極まりないロボットだった。ただ、大きさだけは一人前で、一回り小さなランドマークタワーが空を飛んでいるようにも見える。

「こ、こんなの、なんで? いくら”青藤のヘスティア”が飛べないからって、こんなの持ち出さなくたっていいんじゃない?」

「違う。美空、上!」

 上? と顔を上げた美空は、世にも面白い顔で、驚愕をありありとその表情に作る。ぽかりと口が開き、わななき、息が漏れて、息を呑んで、絶叫があふれた。

「え、ええ、えぇええええっ!?」

 宇宙の底が抜けたかのように。

 艶のある黒い甲殻に、月明かりの光沢がまとわりついて、満天の星空を貼り付けているとさえ見える。真っ黒な体を沈ませて、ゆっくりと高度を下げて下りてくる。

 大太鼓を打ち鳴らしているような声が、どよどよと波打つように響いた。

「成層圏を抜けるのに、こんなに手こずるとは思わなかったよ。ヨシマサも役に立たないね」

 その声を、美空は聞いたことがあった。その外見もまた、見覚えがある。

 ロブスターを作り変えたような、竜の形を保つ人型。竜人。あのクラストのものだ。

 ただ、大きさだけが、怪獣映画並みのスケールに豹変している。

「気をつけて。ラディカルが保持してる唯一のカンダクトデバイスを、リインフォースデバイスに適合するようリファインして、”黒紅のペルセフォネ”に蒸着してる」

「ぺ、ペルー?」

 パクパクと動揺している美空は噛んだ。

 玲花は少し黙って、ゆっくりとまた口を開いた。

「要するに、最終兵器を持ち出してきた、ってこと」

 美空がまだ理解できてないと思って、馬鹿丁寧に説明を続けている。

 そんな二人を鼻で笑って、竜人はさらに体を屈めた。

「そのまま邪魔をしないで待っててくれると嬉しいな。ちょっと基地を潰して、ヘファイストスを持ち帰るだけだから」

「そ、そんなこと見逃せるわけないでしょ!? そんな馬鹿でかい体で地上に下りたら、大変なことになるじゃん!」

「上等だよ。世界を変えようっていうデモンストレーションなんだよ? ちょっとくらい派手なくらいが、いいんじゃないか」

 軽い調子で、含み笑いに溶け込むように、竜人は言い放つ。その実現がどれほどの影響力を持っているのか、まるで考えていないかのような口ぶりだ。街一つで収まる話ではない。

 美空は顔を青ざめさせて怒鳴る。

「ちょっと、ふざけないでよっ。そんなのダメだって!」

「あいにく、ふざけてるわけでもないんだよね。僕は世界の善意を信じられるほど能天気じゃないけど、それほど世界は悪意に満ちているとも思っていない。オリハルコンに世界を変えるだけの力があることは、間違いないんだ。功罪をともに知らしめて、決断させたらいい。人類が前に進むために、どの道を選ぶことが、もっとも正しいのか」

 それがどれほど恣意的で傲慢な提案なのか、理解した上で、それでも強行しようとしている。美空とは根本から価値観が違う。あまりの隔絶の大きさに、美空はめまいがした。

「まあ、僕はそうするよ、ってだけの話。どうも、君もすべて理解した上でここに立ってるみたいだからね。ごっこ遊びじゃない、その覚悟があるなら、好きにしたらいい」

 告げて、竜人はさらに降下を始める。玲花のカンダクトデバイスが、その竜人に組み付いた。

「もう、なにもさせない。誰にも、なにも、傷つけさせない! ガイダロス!」

 呼び声に応えるように、地鳴りのような音が薄い大気をひび割れさせる。

 カンダクトデバイスは、莫大なオリハルコンのエネルギー資源を運用する総合装置に過ぎず、いわば動く独立施設だ。コントロールデバイスの制御能力を拡張するリインフォースデバイスを格納することで、始めて戦闘に耐用するだけのエネルギー制御が可能となる。

「まあ邪魔するだろうとは思ったけど……うっとうしいのは、仕方ないね!」

 竜人は拳を握って、抱きつくように巨体を押さえ込む玲花を殴りつける。ごおん、とビルが崩落するような轟音が宇宙にまで響いていく。

 竜人がたなびかせる下降するための光と、玲花が吹き降ろす上昇させるための光が、双方でよじれあって、氷山の裂けるような不気味な音を響かせていく。スケールが違いすぎた。

 美空は目を見開いて操縦桿を握り締める。

 下方では星斗と義正が、互いの魂までを削りあうような死闘を繰り広げている。すでに星斗の”白銀のヘルメス”は半分崩れかけていた。対する義正も同様に。

 上方では玲花と竜人が大気圏を切り開いてしまいそうなほどの勢いで競り合っている。巨大すぎて、普通の戦闘機であれば触れただけで粉々になってしまいそうだ。

 詩緒奈は狙撃銃を組み直して、竜人に向けて豆鉄砲のような援護射撃を再開している。

 このままジッと見ていることは、ありえない。

 その決意を試すかのように、玲花が竜人から引き剥がされた。前蹴りを食らって玲花が大きく吹き飛んでいく。竜人の手に、光を折り重ねて作ったような剣が構成されていく。

 美空は足踏桿に蹴りを入れて、操縦桿をひねり、引き上げた。親指で偏向推力を弾く。

 竜人がその長剣を振りかざす。その一振りで海が割れそうなほど大きい。

「これで終わりだ」

「終わらせて、たまるか!」

 まるで羽虫だった。くるりと回るように変形したアテナは竜人の眼前に飛び込み、その鼻面に双剣を突き刺す。

「ひぇっ」

「おおおおお!」

 竜人の情けない悲鳴と同時に鼻先が振られて、アテナはそれだけで車に撥ね飛ばされたような衝撃が走る。剣を抜いて勢いを逃がすように回転してさらに顔に迫り、一太刀。

「この、邪魔な!」

「うっわあああ!」

 軽く頭突きをするように首を伸ばしただけで、美空は肝を潰して悲鳴を上げる。変形して急上昇し、紙一重で逃げ切った。あんな大質量と衝突すれば、墜落と同程度の衝撃に襲われる。

「美空!」

「大丈夫! てか玲花危ない!」

 詩緒奈の声に応えながら、美空の戦闘機はくるくると身軽に空を滑っていく。

 大きく逆袈裟に斬り上げるような竜人の剣は、美空にかわされたままの速さと鋭さを保ち、一回転するように玲花に向けて斬り下ろされる。

 玲花はごてっとした両腕を構えて受け止めたものの、沈むように吹き飛んでいく。

「ぐううううっ!」

「玲花ちゃんっ、逃げてえ!」

「そおら!」

 詩緒奈の悲鳴を踏み潰し、竜人が剣を振り上げて追撃した。

 下降する勢いを止めようとしていた玲花は、あっという間に間合いに入る。叩き下ろされた剣をかろうじて受け止めるしか出来ない。くるくると錐揉みに回りながら落ちていく。

「玲花ぁ! づぇお!」

 美空は奇声とともに背面ロールから変形して、振り上げた足で機体を持ち上げる。アテナの足元をかすめるように、伸ばされた腕が暴走列車のように駆け抜けていった。機体を反転させて、腕をなぞるように飛び抜けながら足の推力で上昇する。

 しかし、腕との距離は離れない。竜人が巨大すぎて、至近に入ってしまうと腕を振り上げていることすら、把握が遅れるのだ。

「だあああああ!」

 自由落下の加速さえ含め、真っ逆さまに竜人の顔面に向かい、美空は空中を転がるようにしてすれ違いざまに切り裂いた。悲鳴を置き去りに、変形しながら飛び抜けた先の肘をくぐる。キャノピーの上を大樹のような影がすり抜けて行った。光の航跡を引いて距離を取る。

「美空っ、無茶しないで!」

「分かってるけどっ!」

 詩緒奈に言い返しながら振り返る美空に、振りかぶる竜人の姿が見える。美空は咄嗟に腕相撲でもするような勢いで、操縦桿を引き倒す。バレルロール。

 機体を真横に倒して飛ぶわずか横を、剣の腹が通り過ぎていく。

 背面飛行を経たロールで機体を水平に戻し、旋回機動を取る。一瞬の背面飛行で下界を見渡した美空は、苦渋の表情を隠せない。

 完全に対流圏内まで押し戻され、雲が近くさえ見える。かなり高度が下がっていた。

「デカイうえに速い!」

 バアン、と落雷を弾けさせたような音が響く。玲花の前で砲身のような光が拡散していき、竜人の剣が半ばほどで砕け散っていた。しかし、竜人はその剣を玲花に投げつける。玲花が剣を弾き飛ばした隙に間合いを詰めて、拳を強かに叩き込む。

 カンダクトデバイスは竜人と比べるまでもなく、ぼってりとしすぎていて身動きが鈍臭い。今の砲撃を見ても、本来は白兵戦ではなく後方砲撃に運用すべきものなのだろう。

 不利どころの話ではなかった。止められない。

「やだっ、もうダメだよ! 逃げてよ! みんな、死んじゃう……っ!」

 詩緒奈は半泣きになりながら、支援の狙撃を続ける。泣いていながらも狙いを定める頭の回転は寸毫の衰えもなく、その必死さに釣り合う正確さで狙いを穿っていく。

 竜人の目元すれすれで火花が散り、竜人は顔をよじらせた。

「ちっ。本当に、優秀な後方ってのは、うっとうしいな!」

 無造作に手を振り払う。その指先から、散弾のように光の砲弾が吹き飛んでいく。散弾のように見えるのは竜人の大きさに比したためで、一つひとつが人間ほどの大きさを持っていた。それが雲の上に潜んでいた”浅黄のアルテミス”を目掛けて、雨のように降り注いでいく。

「――えっ?」

 視界を埋め尽くすような巨大な流星群に、詩緒奈は、見惚れた。


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