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デイブレイク/アウタースペース  作者: ルト
第二章 同輩の条件
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第十九話:党同伐異

 老原は認めた。それは裏切りに他ならないはずだ。

 しかし、美空はあまりショックを受けなかった。義正の語り口や、基地に感じていた違和感などに、その事実が合致しすぎていたからだろう。

 老原はどんな表情を浮かべてか、教師のように抑揚をつけて語り続ける。

「彼らを正しく表現するならば、ラディカル……つまり革新派だ。彼らは、急ぎすぎ、そして強引過ぎる。もし今、君の大切な人の前にクラストが立ったとしたら、君はどう思う?」

「どうって、なんていうか」

「危ないと、助けようと思うだろう? 我々が敵対しているのは、たったそれだけの話なんだ」

 美空は眉根を寄せて首を傾げた。

 表情は伝わらない。老原は美空に気づかず話を続ける。

「確かに世界はオリハルコンを認めていない。我々の成果を、世界を変えられる夢の物質を、称揚しようとはしない。だがそれは、まだ世界に理解されていないからだ。私も彼らと同じだが、彼らは私とは違う。たったそれだけのことで、戦いが始まってしまった」

 声に苦しそうな調子が混じる。

 黙って耳を傾ける美空の周囲が、少しずつ暗くなっていく。雲の出来る高度を抜けて、空気が薄くなり気温が低くなっていった。

「古くからいるみんなには、ある程度の事情は知られてしまっているけれど、きみには隠した。死も勝利も敗北も、私はすべての罪を背負うつもりだったからね」

「ふざけるな! なにが罪を背負うつもり、だ!」

 怒声。同時に隕石のような光が機体の上方にきらめく。

「うわっ!」

 美空は咄嗟に機体を翻すように変形し、腕を展開する動作に続けて翼の双剣を構える。光の刃があふれるのとほとんど同時に、その隕石は機体に直撃した。

 甲殻類の人面が、その黒真珠のような双眸にだけ不釣合いなほど明確に、憤怒の色をたぎらせている。美空の双剣をそれぞれのハサミで捉えて、キャノピーの鼻先にその顔を寄せる。

「責められないように、逃げてるだけじゃねえか! 戦って死ぬのは、テメェじゃねぇ! そうやって罪を背負うとか自分に都合のいいこと嘯いて、竜斗さんを見捨てたんだ!」

 その怒りに、矛先を向けられていないはずの美空が萎縮する。通信を傍受していたようだ。わざわざ美空の通信機を使って老原を怒鳴りつけるかのように、義正は怒りをぶちまける。

「竜斗さんのことだけじゃねぇ。戦いは全部、テメェの身勝手が始めたんだろうが! オリハルコンは世界に認められない? 当たり前だ! 誰も知らないんだから! テメェが武器なんか持って構えなきゃ、戦いはなかった! 自己満足の抵抗に、そのガキも星斗も、全部巻き込んで、命張らせて! 罪を背負う? 舐めたこと言ってんじゃ――ねェ!」

 両手の剣をふさがれて、がら空きの胴体を蹴り飛ばされた。美空の体が激しくつんのめり、ベルトに吊り下げられる。脳が頭に張り付くような、強烈な苦痛に苦悶する。

 美空が体勢を立て直すよりも早く、ハサミ怪人は一直線に落ちていく。

「美空、義正を止めて! 狙いは基地……ヘファイストスだから!」

 どこかで戦っているらしい詩緒奈の、絶叫じみた声が響く。美空はその声を半分聞くかどうかのうちに、機体を変形させてハサミ怪人の後を追っていた。

「地上に行かせるわけにはいかない!」

「なんで庇い立てすんだ! お前も知ってんだろ、あいつがどんなに腐ったやつなのか!」

 信じられないような声で、義正は美空に怒鳴った。加速と気圧変化でくらくらしながら、じりじりと大きくなるハサミ怪人のつま先を見つめて、美空は言い返す。

「知らないよ、興味ない! 私はただ、あんたたちみたいな危ないやつから、街を守る!」

「馬鹿かお前! 人なんかもう残らず避難してんだろ!」

「関係ないって! 街が壊れていい気持ちがする人なんか、いないんだから!」

 腕を伸ばして、ハサミ怪人の右足首を掴む。変形を続けながら両足を脇に抱えて、機体の腿で腰を押さえる。パイルドライバーを変形させたような構えで、三点推力を垂直に向けた。

 とんでもない急減速がハサミ怪人の足にかかり、その引っ張る力が膝を粉砕する。

「がっああああああああぁあ!」

「え、痛いの!? ごめん!?」

「くっそガキあああ!」

 体を上下反転させる回転から繰り出したヘッドバッドが、アテナの腹部に叩きつけられた。衝撃がコックピットを揺さぶり、美空は必死に操縦桿にしがみつく。

 機体はオリハルコン製で頑丈だとしても、壊れないだけで衝撃がなくなるわけではない。ましてコックピットに乗っているのは人間だ。激しい衝撃に揺さぶられて、どこかに頭を打ち据えでもすれば、それで意識が飛ぶ。当たり所が悪ければ、最悪死に至るだろう。

「最後の警告だ。邪魔するなら容赦しないぞ」

 だらりと足を垂らして、ハサミ怪人は厳しい声で美空に告げた。やっとのことで機体を立て直した美空は、夜空に静止するハサミ怪人の、能面のような鬼気迫る風貌を見つめる。

 無理矢理、笑みを浮かべた。

「……殺しただのなんだの言っておいて、自分はやるんだ?」

「俺は自分で手を下す。あいつとは違う。菩提は弔ってやるよ。呪えばいい。仇を討つまでは、立ち止まらないって決めたんだ」

「なにそれ。なんか、変な感じ」

 美空はトリガーを絞って操縦桿をひねる。両手に剣を構えたアテナを見て、義正もハサミを伸ばし、姿勢を低くする。

 雲が流れてきて、霧が足元を洗った。

 ぼ、と爆発するように雲を蹴って、ハサミ怪人が飛び上がる。その足元に空けられた雲の穴を閃光が穿っていく。狙撃。

「詩緒奈?」

 キャノピーから見上げて、夜空にまぎれるように浮かんでいる黄色に気づいた。”浅黄のアルテミス”だ。肩幅のやけに大きなアルテミスは、肩にアンカーを張る巨大な狙撃銃を胸に構えている。

「美空、躊躇っちゃダメ。敵は容赦なんて、してくれない。戦わなきゃ死んじゃうよ」

 泣くのをこらえているように声を震わせて、詩緒奈はうめいた。

 その詩緒奈に、ハサミ怪人が飛び掛る。

「敵に回ると、本当に厄介なもんだな」

「う、来ないで!」

 迫るハサミ怪人を狙撃銃で狙うが、距離が近すぎてたやすくかわされる。アンカーを外した途端、狙撃銃が中折れ銃のように折れる。アルテミスは逃げながら肩を展開させて、複数の銃口を覗かせた。ショットガン。ガス爆発のような重い音を、ハサミ怪人は潜り抜ける。

「虎の子もバレてちゃ意味ねぇよ!」

「くぅ」

「させるもんか!」

 アルテミスに肉薄するハサミ怪人に、アテナが変形して剣を構えながら鋭角に突き上げた。

 潰れたバツ印を描くように交差させていた双剣を、ハサミ怪人は右のハサミだけでつかみ、左手で支えながら受け止めている。

 しかし、勢いは殺せずに急上昇していき、アルテミスから離れていく。相対速度差による衝撃を殺すために、ハサミ怪人は咄嗟に飛び上がっていたのだ。

「このクソガキ、がっ!?」

 双剣を放り投げるように振り上げたハサミの勢いで、アテナは後ろに回りながらハサミ怪人の腹を蹴り上げ、サマーソルト気味に蹴り飛ばす。

「ガキガキって、だいたい似たようなもんでしょうが!」

 追撃の剣を、ハサミがぴたりと挟み止める。

「はっ! いちいちガキ呼ばわりを気にするところがガキなんだよ!」

 キャノピーをつかみ潰そうとするハサミを、腕をつかんで止める。互いの上昇推力がぶつかり合い、くるくると踊るように回る。ほとんど社交ダンスの動きだ。

「なにおう! じゃああんただってガキだ! ガキ! クソガキ!」

「その論理の使い方がガキなんだよ!」

「ほら怒った! ガキじゃん!」

 極めて低レベルな悪口雑言を交わしながら、星空のステージを巡るように、空いた足を使った膝蹴りの応酬が続く。密着しすぎていて狙撃の支援は望めない。

 しかし、背部推力の差から、わずかに高度は上がり続けていく。夜が深まり、凍てつく外装が霜を散らす。水平線が地球の稜線に変わりつつあった。

 がつん、と強烈な衝撃がハサミ怪人のわき腹を襲い、引き剥がされてアテナとハサミ怪人の応酬は突然終わった。


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