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デイブレイク/アウタースペース  作者: ルト
第二章 同輩の条件
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第十八話:危急存亡

 マンションを飛び出して、階段を滑るように下りて表の通りに飛び出した。普段は閑静な住宅街だが、今は多くの人々がおどおどと道路に出始めている。避難が始まっているのだ。

 駅に足を向けた美空は、角を曲がったあたりで惑うように足を止める。

「しまった……電車は使えないよね。どうしよう」

 災害避難時に交通機関がのん気に動いているはずもない。

 そのとき、着たままのブレザーのポケットに入れていた携帯が、ちゃらんちゃと着メロを奏でて鳴動する。普段は鞄に入れているところを、詩緒奈に連絡した折に放り込んだのだ。通話にして耳に当てると、声を出すより先に声がかけられる。

「美空。怪しい男は大丈夫?」

「その声、玲花? そっか、ごめん。あれから連絡してなかったね」

 詩緒奈が連絡を回してくれたのだろう。無駄に心配をかける真似をしてしまったと、美空は少し顔をうつむける。どれほど動揺していたのだろう。

 電話口の向こうから、興奮した猫の声をしわがれさせたようなものが延々と続いている。バイクのエンジン音だろう。玲花は何一つ気にした素振りもなく、平然と会話を続ける。

「無事ならいい。それより」

「う、うん。これ、やっぱり?」

「そう。今回は、相手も本気みたい。総力戦になる。すぐに来て」

「それなんだけど、どうやって行こう?」

「アテナを迎えに出してるから、下りられそうで人目につかない場所に行くか、もしくはコントロールギアを使って、アテナまで飛んで」

「飛ぶ!?」

 素っ頓狂な声を上げた美空を、対向車線もない生活道路を埋める人々が驚いて横目に見る。顔を赤くして、美空は脇道に逃げながら声を潜めた。

「そう。力場の要領とおんなじ。急いでね」

「あちょっと」

 切られた。携帯の画面を見下ろして、美空は苦い顔をする。

 引きとめて、どうする気だったのだろう。電話口で義正の言ったことを確かめるのか。

 すぐ目の前を人が通り過ぎて、避けた拍子に美空は我に返った。今はそんなことをしている場合ではない。一刻を争うのだ。

 幸い避難の流れを大きく外れれば、自然、人目にはつきにくくなる。美空はまた走り出した。

 近所の小さなマンションの裏手まで来て、美空は足を止めた。駅から反対方面でコンビニや店もない、普段から人通りのない狭い道路だ。

 ひと気がまったくないことを確認して、ブレスレットに手を乗せる。

「……うわ。外でやると思うとすごい恥ずかしいな」

 腕輪の通常起動は誤作動のないようコマンドワードに設定されている。つまり合言葉だ。

 普段は玲花が恥ずかしげもなく宣言する後に続くので、とんでもなく気が楽だった。それを痛感しつつ、気持ちを落ち着けて、美空は深呼吸をする。

 ブレスレットに添えた指を、引く。腕の中で回転するブレスレットは、スタンバイ状態に移行し、独りでに手首の周りに浮かんで回転し始める。

 その回転に乗せるように、美空は口を開いた。

「――変身!」

 ブレスレットの鎖が、空気を入れられる風船を早回しに見るように一気に膨張し、はち切れた。腕輪、アームガード、胸当て、背、首。腰、膝、脛当て、ブーツ。そしてヘッドギア。

 大部分を発泡金属として再構成することで、単純な装甲では得られない耐衝撃性と軽量性を獲得する。装着を完了した美空は面を上げ、空を見据えた。

 夜の空に星は少なく、ざわめきと警報が遠いドームに反響するかのよう二響いている。

「っしゃ!」

 軽くしゃがみ、跳んだ。

 勢いよく竹とんぼを飛ばすように、舞い上がる美空の体は夜に吸い込まれていく。その四肢からは力場の残滓たる光が漏れている。上昇運動を続ける装甲に肩や足などを引き上げられて、美空は高く飛んでいく。力場が頭を覆った。気圧の急変に対応してのことだ。

 周囲のすべてが黒に飲まれて、気温が一気に下がる。星の明かりがにわかに輝きを強めた。オリハルコンのひやりとした感触が、相対的に暖かいもののように感じられる。

 美空の足元では電飾が焚かれているかのように、地上の夜景が輪郭を作る。

 そして、顔を上げる目前には。

「アテナ」

 装甲に赤いラインの塗装を飾る戦闘機が、空中に静止している。垂直推力のエンジン轟音が凄まじい勢いでうねりながら吹き降ろしていた。

 美空はすぐに乗り込もうとして、少しためらう。

 前任者と、総力戦と、クラストとの防衛戦。

 目を伏せる。外気が顔を覆い、目蓋に吹き付ける冷気がまつげを凍えさせる。しかし、不思議と寒くはなかった。コントロールギア一つで宇宙でも活動できるのだから、当然だろう。

 迷いが溶けるように、目を開く。

「私がやるべきことは、変わらない」

 強い笑みを閃かせる。

 反応して開いたキャノピーに体を落とし、美空は腹ばいになって、両手両足をセットする。しっかりと握る操縦桿は、美空に応えるように、力強い弾性を備えていた。

「行くよ! アテナ!」

 垂直推力を切ったアテナは、木の葉が落ちるように反転し、翼端から金の航跡を引きながら凄まじいスピードで夜空を切り裂いていく。

 港湾部まで、電車で数十分の距離が、数分と掛からなかった。

 水面が突然沸き立つように高層ビルが増していく夜景を、美空は不思議な気分で眺める。静かに落ち着いた街並みは、異変があるように見えない。詩緒奈や星斗の姿も見えなかった。

 コックピットの通信機が突然しわがれた声を漏らす。

「美空くん。高度を上げてくれ、みんなは成層圏で戦っている。連中、なにか始めるつもりだ」

「分かりました。でも、老原さん。その間にひとつ、いいですか」

 司令官の老原にだけは、先に話しておかなければならなかった。操縦桿を引き、機首を上げて旋回機動を取る。加速のGが響いて、軽く頭痛がしていた。

 老原は怪訝そうに通信機から聞き返す。

「なんだい?」

「聞きました。クラストももとは同じ、宇宙研究機構のオリハルコン研究部署だって。それを裏切るようにヘファイストスを奪ってきたって」

「……義正くんか」

 何も言わないうちから老原はすべてを悟ったようだった。そこで始めて、義正はどこで情報を得たのか、という疑問が美空に生まれる。その疑問を追及する前に、老原は応えた。

「その通りだ。何一つ、嘘はない。私は仲間を裏切って、一人邪魔立てをしている」


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