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アイリス・アウト

 ……。


 ……。


 子供の声が聞こえる。

 虚ろだった意識が、その声をキッカケとして、次第に活性化していく。


 ベッドから体を起こし、窓際に移動する。

 遮光カーテンをわずかに開けると、その隙間から温かい日差しが飛び込んできて、慣れるまでの数秒間だけ世界が真っ白になった。


 もう、朝か……。

 

 窓の外には、ボール遊びをしている数人の子供たちの姿がある。

 ベースボールキャップをかぶった少年。動きやすいように長い髪をまとめた少女。背の高い子に、低い子。それに……スポーツ用のゴーグルを掛けている子もいれば、何もかけていない子もいる。


「ふ……」

 (るい)は、思わず声を出して笑ってしまった。



 こんな光景は、これまでならあり得なかったものだ。人間が「ただの装飾品」に支配されていた時代には、絶対に許されなかったことだ。

 しかし、今ではいたって普通のことだ。

「これが、当たり前なんだよな……。だってアタシらは、人間なんだから……」

 泪はそうつぶやいて、平和の象徴とでも言うべき窓の外の景色に、微笑みを浮かべていた。



「もおう……また外してる」

 背後から、湿り気を帯びたそんな声が聞こえてくる。泪の体に腕が回され、背中に他人の体の感触が伝わる。

 余分な肉がなく、花の茎のように華奢で儚い体。ただし……だからこそ余計に愛おしく、愛らしい。泪にとって、何よりも大事な人の体。

 さっきまで、同じベッドの上で感じていた感触だ。

「お、おい……」

 ロングヘアーが揺れ、蠱惑的な香水の香りが、泪の鼻孔をつく。

 鼓動が高まっていくのが伝わってしまう気がして……泪は、自分に覆いかぶさる彼女から、逃げ出そうとする。

 だがその彼女――眼子(まなこ)は、なかなか泪を逃してくれない。

「私と一緒のときはずっと掛けてて……って、言ったじゃないの」

 後ろから抱きついた態勢のまま、眼子はチタン製のスクエアフレームを取り出して、泪の顔に掛けた。

「ふふ……あなたはやっぱり、この方がかわいいわね」

 眼子の指が、泪の顔の輪郭をそうっと撫でる。

「バ、バカ、やめろっ! そ、外の子供たちがこっち向いたら……ど、どうすんだよっ……」

 そう言いながらも全力で抵抗しないのは……泪も、本気で嫌がっているわけではないからだ。


 その証拠に、

「だ、だいたい……眼子こそ、アタシの前ではずっとコンタクトしてろって、言っただろがっ」

 そう言って、眼子の着けていたプラスチックフレームの「矯正器具」を、乱暴に奪い取った。


「あーあ。せっかくのあなたのかわいい顔が、ぼやけて分からなくなっちゃったわ」

「ふんっ……必要ねーだろ」

 体を回して、眼子と向き合う泪。


 そして、

「どうせ……アタシはいつも、眼子のそばにいるんだからな」

 と言って、眼子の体に自分の手を回した。

「ええ、そうね……」

 二人はお互いの体をしっかりと抱き寄せて、その存在を確かめあう。


 抱きしめ合う恋人たち。

 今の彼女たちには、もう余分なものはいらないのだろう。

 言葉も、視力も、そしてメガネも……必要ないのだ。


 そして彼女たちは静かに目を閉じて……唇を近づけていった。


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