三番目の記憶
しょっぱい顔をして怒っているエーリスちゃんとファミーヌさんに私はいちごパルフェを、ぱっと出してあげた。
ばくばくと苺を食べ始めるエーリスちゃんと、お上品に少しづつ苺を食べ始めるファミーヌさん。機嫌がなおったようでよかった。
「リディア、無事でよかった。シエルに何か変なことはされていないか?」
「ルシアンさん! 大丈夫です、変なこと……?」
「あぁ。欲望がなさそうな男ほど何かあった時に危ないんだ。いわゆるむっつり、というやつだな」
「何の話でしょうか、ルシアンさん……」
「いや、なんでもない。こちらの話だ。少々焦ったが、大丈夫だったようだな。……今、殿下が宝石人の王と話し合っている。ここから出よう、リディア、シエル」
ルシアンさんが真剣な表情で言う。
ルシアンさんの手の中からお父さんが降りてくると、私のそばにちょこちょこと走ってきて私を見上げた。
シエル様が頷いて、牢に入っているイルネスの前に膝をついている私の背中に、促すように手を置いた。
「……待って」
イルネスが小さな声で話しかけてくる。
「いちごぱるふぇ、甘くて美味しい。ありがとう。最後に、私に優しくしてくれて。……だからあなたに、私の記憶をあげる。お姉様たちが、そうしたように」
イルネスがそう言うと、エーリスちゃんとファミーヌさんがイルネスに寄り添うようにして、牢の隙間から牢の中に入りこむと、その体にぴったりとくっついた。
「……変ね。赤い月の牢獄では、言葉を交わすこともなかったのに。まるで本当の、姉妹になったみたい」
「かぼちゃぷりん」
「タルトタタン」
エーリスちゃんとファミーヌさんが、イルネスの体に小さな体を擦り付けた。
大丈夫だと、励ましているように見える。
私はイルネスの伸ばされた小さな手に、自分の手を重ねた。
重なった手が、眩く白く輝き始める。
真っ白な輝きは私も、シエル様も、ルシアンさんの姿も飲み込んだ。
◆◆◆
どことなく見覚えのある、屋敷の一室のような場所に私は立っている。
これで、三回目。
記憶を見せてもらうのは、三回目だ。
ただ、いつもと違う。
私の頭の上にはエーリスちゃんがいて、肩にはファミーヌさんが乗っている。
私は両手でお父さんを抱っこしていて、隣には上半身のお洋服がぼろぼろになっているシエル様と、きっちりお洋服を着ている服装の乱れとは無縁そうなルシアンさんがいた。
「エーリスちゃん、みんな……ど、どうして」
「ここは、どこだ。リディア、無事か?」
「リディアさん、体に異変はありませんか?」
ルシアンさんとシエル様が私の心配をしてくれるので、大丈夫だと答えた。
「ここは多分、イルネスの……シルフィーナの記憶の世界です。いつもは、夢の中にいるみたいに、エーリスちゃんやファミーヌさんが、記憶を見せてくれたんです。でも、今回は……」
「おそらくは、イルネスが私たちを招いたのだろう。リディア一人に見せるには残酷な記憶だと判断したのではないだろうか。イルネスは、リディアの料理を食べて最後に優しさを手に入れたようだから」
私の腕の中でお父さんが言った。
「……リディアさん。あなたは記憶を見る必要はない。僕はそれをもう、知っています」
「シエル様、大丈夫です。……シエル様は一人で、イルネスの記憶を見たのですよね。イルネスが体に、入ってきた時に」
「ええ。……あまり、よいものとは言えませんでした」
「私もそれを知りたい。シエル様は、大切なことを隠そうとするから。ちゃんと、自分の目で見たいのです」
「……すみません」
「せ、せめている訳じゃなくて……! でも、黙っていなくなってしまうのも、悩みを相談してくれないのも、嫌ですから」
「そうだぞ、シエル。リディアがどれほどお前を心配していたか。……正直、羨ましいので、私も同じ行動をしようかと思ったぐらいだ」
「ルシアンさんはもうしましたよね。もう心配しました、私」
「そうだったな。すまない」
シエル様とルシアンさんが反省をするように俯くので、大きな子供を叱るお母さんみたいな気持ちになる。
そういえば私、お母様やお父様に叱られるという経験がない。
叱るといえば、マーガレットさんに「あんた、いい加減に立ち直って、泣きながら料理をするのはやめなさい。恋でもしなさい、恋でも」と言われたぐらいだ。
「ぷりん!」
「タタン……」
私の頭の上からエーリスちゃんとファミーヌさんがシエル様に向かって飛んでいって、シエル様の頭の上に乗っかると、その頭をペシペシ叩いた。
シエル様は二人の体を掴んで両手に抱くと「あなたたちの大切なリディアさんに、迷惑をかけてしまった。すみませんでした、お二人とも」と謝った。
「そういうところですよ、シエル様! 私は迷惑なんて思っていません!」
「……ありがとうございます。……そうですね。あなたが許してくれるから、僕はあなたに、存分に甘えようかと」
「はい!」
「それはずるくないか、シエル。私も甘えたい」
不満げにルシアンさんが言ったところで、誰かが私たちの隣をふらりと横切った。
豊かな金の髪と青い瞳の、とても美しい女性だけれど──その肌は青白く、どこか全体的にやつれている。
キルシュタインの方々に多い容姿をもつ女性は、多分──。
「シルフィーナ……」
「僕たちの姿は、見えていないようですね」
「シルフィーナ。このような姿だったのか。キルシュタインの古い伝承に残っている。シルフィーナはキルシュタインの王族だった。強い魔力を持ち、とても美しい容姿をしていたと」
ルシアンさんが、どこか敬意を払うように、胸に手を当てて軽く礼をした。
シルフィーナが王族だったとしたら、同じ王族の血を引いているルシアンさんの遠いご先祖様のうちの一人ということになるものね。
「……どうして、こんなことになってしまったの……? 全ては、女神が現れたから。私の居場所は、なくなってしまった」
シルフィーナは窓の外を見つめている。
窓の外に広がる庭園には、腕を組んで楽しげに散策しているテオバルト様とアレクサンドリア様の姿があった。
「でも……この子が生まれたら、きっと。きっと……テオバルト様は、私を愛してくださる。また私を、見てくださる。昔のように」
シルフィーナはドレスの下に隠れているお腹をさする。
そのお腹には赤ちゃんがいるのだろう。大きく膨らんでいた。
何だかとても、嫌な予感がする。
私はお父さんをぎゅっと抱きしめた。
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