第九十話 理解不能、むしろ拒否
本気の想いはとても強いもので、そこに純度は関係ない。
かつて沢山の悪事に手を染め、愛する人を手に入れようとしたマリアベルも。目を覆いたくなる醜悪さではあったが、彼女は確かにいつでも本気だった。本気で傷付け本気で楽しんでいた。
そしてクリスティン様も、本気で私に勝ちたいと思っている。私の内心など関係なく、自分がルーナの隣に立つ為に障害になりそうな私を押さえつけたいと。
勝手で、ワガママで、独り善がりで。だからこそどこまでも真っ直ぐに向かっていける。本気で一直線だから、何かを成し遂げるだけの強い力に変換される。
少女漫画であったなら、クリスティン様がヒロインで私がライバルといったところか。ここは乙女ゲームの世界で、私は元悪役令嬢なので間違ってはいない。
ただ申し訳ないが、一番大切な事が食い違っている。
少女漫画でも、乙女ゲームでも、ヒロインでもライバルでも悪役令嬢でも、必ず共通していなければいけない事。
私は、ルーナを好きでもなければ、打算の婚約も望んでいないんです。
「話はそれだけよ。何も言わずに勝った後で、『負けた貴方は相応しくない』なんて糾弾する真似したくなかったから」
いっそそうして欲しかった。というか私を引きずり出さずに一人で出て優勝して欲しかった。勝手に勘違いして勝負挑むくらいなら、そこも勘違いしてくれれば良かったのに。
因みにマリアベルだったら絶対する。優勝した後相手を引きずり出して、これでもかってくらい嘲罵する。ゲームではヒロインが飛び込みで参加して優勝持ってかれるけど、もしヒロインが出なかったら絶対してた。優勝しちゃうポテンシャルだけは持ってるからね。
「それでは、ごきげんよう」
「え、ちょ……っ」
何一つよろしくないです……!待って下さい話切り上げないで!!
という言葉は喉の奥につっかえて音にならなかった。言いたかったけど、その後に続ける言葉が思い付かなくて。結局伸ばした手は何の役にも立たずに、クリスティン様の背は扉の外へと消えた。
多分何を言っても彼女は信じないだろう。
ルーナの婚約者なんて、多くの令嬢が喉から手が出るほど欲しい立場。仮にルーナがクズでゴミみたいな奴だったら違うのかもしれないけど……実際はクールで冷静で、正義感強くて、愛情深くて一途。見た目だって誰もが見惚れるイケメンで。何だあいつ完璧か。
断ろうなんて発想をする事の方があり得ない、とてつもなく名誉な事なんだろう、本来なら。私以外であればきっとクリスティン様が勝負を挑むに値する相手だったはず。
私で、なければ。
「さいあく……」
最も悪いと書いて、最悪。オートモード生活こそが最悪だけど、現状を表せる言葉を他にしらない。
今私の脳内には三つくらい最悪が回っています。最も悪い事が三つって色々崩壊してるけど、どれもこれもが最悪何だよゲシュタルトが崩壊しそう。
「あ……」
そういえばケイトを待たせてるんだったと、頭の片隅でわずかに残った理性的現実が主張した。クリスティン様と話していた時間がどれくらいなのか、体感では三時間くらいだけどそんなはずはないし……三十分だったらあり得るけど。
ケイトと土を触っていたのが随分遠く感じてしまうが、実際はついさっきの事。平和な日常が一気に地獄へ早変わりした。
とにかく今は、ケイトの所へ戻ろう。
一度洗ったはずの手を何故か再び洗って、冷たくなった指先が冷静さを取り戻してくれる様な気がした。
× × × ×
「おかえり、遅かったな」
「…………」
「……マリア?」
ケイトの声がするから、どうやらきちんと戻って来られたらしい。道筋の記憶が真っ白なので不安だったが、無意識も案外侮れない。
ケイトの声に安心してしまって足が止まる。ベンチから立ち上がったケイトが近付いてこない私を不思議がっているのが伝わってくるが、今の私は心此処に在らず。目の前の景色が遠くに感じるくらいには、さっきの出来事のダメージが残っていた。
「何があった」
私の分と自分の分、二つの鞄を肩に下げてケイトが私の顔を覗き込む。普段より近くなった顔に、相変わらず綺麗な顔してんなー、なんて場違いな事を思った。
疑問ではなく断言した口調は質問なのか尋問なのか。力強いのに全然怖くないのは、その表情が珍しく戸惑っていたから。
私自身衝撃で頭が働いていないけど、同じくらいケイトも驚いているらしい。泣きつく事はよくあるし、隠しても基本バレるけど、逆にここまで態度に出ている事も少ないから。今の私はケイトでなくても何かあったとすぐに分かるだろう。
「ねぇ、ケイト」
「ん、なに」
「文化祭当日に風邪を引いて四日くらい寝込む方法は無いかしら」
「……はい?」
これまた珍しいきょとん顔、驚いたり呆れられたりはよくあるけど、こんな風に予想外の更に斜め上いかれたみたいな顔はかなり貴重だ。
言った内容は十割本気だけど。突拍子のない事だとしても、本気で何とか体調を崩したい。
「……無理、だと思う。日付指定もそうだけど、まずマリア風邪引かないし」
「だよ、ねぇ……」
「流行り風邪でもあれば別だろうけど……一回しかかかった事ないだろ。それも俺からうったせいだし」
あれは確か六歳の時。熱が高かったから記憶は朧気だけど、先にケイトが寝込んでたのは覚えてる。毎日一緒にいたからうつったのねー、なんてお医者様に言われたそうで、わざわざ謝りに来てくれたっけ。
私としては、全く気にしていなかった……というか気にすべき事だと思っていなかった。ケイト自身も初等部で流行っていたから誰かのを貰ってしまったのだろうし、もしかしたら別の所からうつったのかもしれない。そもそも私が勝手にかかったのかもしれない。
何より、あの時体調を崩していたおかげでソレイユ様の生誕祭には出なくて済んだ訳で……結局ルーナの生誕祭で最悪のエンカウントをしてしまった訳ですが。
そしてその一回以降、私は病気と無縁の健康体である。人との関わりが少なかったせいか、初等部に通うケイトの方がよく風邪を引いていた。そして一度うつしてしまったからか、そういう時のケイトは私を徹底的に近近付けようとしない。
「……仮病使うか」
「そんな器用な事はもっと無理だろ」
「うあああ……」
なすすべがない、解決策が一個も出てこない。休めないなら、やっぱり辞退するべきか……もっと厄介になって後々問題になりそう。
何より、学園の行事は生徒会が主体。各出し物で責任者はいるが、その情報が全て集まるわけで。文化祭の目玉であるコンテストの出場者は確実に筒抜けだ。ならばそこにいる私の天敵が、こんな面白い展開をみすみす逃しはしないだろう。
仮に出たくないなんて態度を見せたら嬉々として出場が決定する様に策を練ってくる。あいつはそういう男だ、底辺を知っている人間は人の嫌がる事も熟知している。痛みを知ってる人間は優しくなれるって、つまりそれだけ人が嫌がる事も分かってるって事だから。
だから下手に嫌がる素振りは見せられない、だからと言ってこのまま放っておいたら確実に出場が決定する。八方塞がりで逃げ道なし、ダウト。
「本当にどうしたの、何があった」
「……オズコンに、出る事になりそう」
口にすると絶望感が増すわぁ……断定しなかったのはせめてもの抵抗ね。わずかでも出ないで済む可能性があるならそれに賭けたいと思っている。因みに私は運がよろしくありません。
私の言葉の意味が上手く理解出来ないのか、ケイトは怪訝そうな顔で。ほっぺにはくっきり意味不明の文字が見える。私も同じ気持ちですマジで意味分からない。
「えっと……何で?」
「私が聞きたい」




