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八十九話 宣戦布告はお断り

 勝負の場で賭ける物、一つの物を二人で取り合う時、普通ならば両者共に欲している物を賭けるのではなかろうか。

 私にギャンブルの経験はないし、何かを賭けて対決した事もない。マリアベルは如何なる物もその権力で手に入れようとして最終失敗してきた。だから知らないだけかも知れないけど、景品を求めて勝負する者の気持ちなら分かる。

 どちらにしても、勝者に与えられる賞品に何の価値も見出だせない場合、その勝負は成立するのだろうか?

 個人的には、成立しないので辞退希望。


「あの……勘違いでは?私が候補者に上がったのは随分前で、すでに解消されているはずです」


 少なくともルーナ本人は、多分他の人になると思うよーって言ってたんだけど。王子様の婚約に本人の意思がどれくらい反映されるものなのかは分からないが、その言葉を信じて私は噂を否定してきた……が、どうやらあまり広まっていないらしい。勘弁して。


「解消だなんて……大本命が何を勘違いしたらそうなるのかしら」


「…………」


 貴方こそどんな勘違いしてるのか。

 だいほんめい?私の知らない単語ですね。


「確かにルーナ様の婚約者候補は沢山いるし、中には名前が上がっただけの者もいるでしょう。でも……貴方ほどの人がそんな群衆と同列な訳がない」


 いえ全然それで構わないんですけど。確かに家柄的には最高だろうけど、私には国のために使える能力などない。そんな力があったらまず自分の破滅フラグをどうにかしているし、ルーナ自身が私の破滅フラグを大量に抱えた地雷源だ。

 自ら爆弾に突っ込んでいく様な真似、誰がするか。


「今、ルーナ様の婚約者として有力なのは二人。一人は貴方、そしてもう一人が……私」


 その言葉が、重力を纏い重く肩にのし掛かる。

 昔へし折った……というか、向こうから手放してくれたはずのフラグが実は生きていたという事実。しかもただの候補者ではなく有力候補として、何それどんな地獄。

 そして目の前にいるクリスティン様が、ルーナ王子の婚約者候補である事実に混乱もしていた。

 ゲームでそんな展開はなかった……はず。もしかしてマリアベル他の候補者捩じ伏せてあの婚約を結んだのい?出来る権力とやりそうな性格だから否定出来ないんだよ。私が知ってるのは婚約を知ったルーナに怒りの形相で怒鳴られてるところからだから。

 もしくは、ヒロインがルーナ以外を攻略したらマリアベルとも婚約しないし、別の婚約者がいても可笑しくない。なんてったって王子様、相手がヒロインでなくとも結婚は義務ですよね。血を繋ぐのも仕事の内とか言いますし。

 私が知っているのはヒロインとヒーローの未来とマリアベルに降り注ぐ不幸だけで、その他についてはほとんど何も分からないだけど。

 そしてヒロインがいない、ゲームの開始地点にも立っていない今の私では、どうする事も出来ません。悪役令嬢に理不尽だよね、五人分の働いたんだから優しくしろよ。


「驚いたわ。今までも有力だという候補者はいたけど、皆私には敵わなかった」


 クリスティン様がルーナの婚約者候補になったのは、私が候補に上がるよりも前。物心付いた時にはすでにルーナと結婚するという心構えを育てられて来た。候補者という段階ではあったもののそんなものは形式的で、九割方決定していると周囲も、そして本人達も思っていたそうで。

 ルーナが私に不合格を滲ませたのだって、クリスティン様の存在があったからだろう。

 これはやっぱり、マリアベルが強引な手段でぶん取ったに一票かな。余計な事しやがって……クリスティン様が婚約者になってくれてたら悪役の仕事だってしなくて済んだのに。国外追放って聞くのは簡単だけど身に降り掛かると命が潰えるからな!


「だから今回も、初めは気にしていなかったわ。誰が相手でも最後は私が選ばれるんだって自信があったから、私以上にルーナ様のとなりが相応しい人間はいないって……思ってたのに」


 ルーナの為に、その隣に見合う為に、ありとあらゆる努力をしてきた。容姿は勿論作法にだって気を遣い、王子様の隣に立つお姫様として、王の隣に座る未来の妃として。費やした時間も気持ちも、誰にも負けない自負があった。それが自信だった。

 その全てが一瞬にして危うくなる日が来るなんて、夢にも思わなかった。

 彗星のごとく現れた、もう一人の大本命。あらゆる噂の付きまとう、テンペスト家の華麗なご令嬢。

 マリアベル・テンペスト……私の事だ。


「貴方の事を聞いて、すぐに調べたの。家柄、容姿、能力……調べるほどに、貴方が最有力に上がった理由を思い知ったわ。確かに貴方は、ルーナと並ぶに相応しい存在だって」


 褒められて、いるんだろうな。きっとクリスティン様にとってはこれ以上ない褒め言葉なんだと思う。

 だけど私にとっては、一ミクロンも嬉しくない。一語一句が大打撃、効果は抜群過ぎて瀕死です。


「だから……勝負して欲しいの。正々堂々、ルーナ様の隣をかけて」


 その思考回路が本当に理解不能なんです。

 例えば、仮に、百歩譲って、私がルーナの婚約者に相応しいとしよう。全く認めたくないけど、そうしないと話が進まないから仕方なくね、私は欠片も思っていないから。

 だとしても、そこで勝負に発展する意味が分かりません。私がルーナと結婚するなんて死んでもない。彼との婚約は私の死因にしかなり得ません。幸せの対極にある事なんで。

 私が大本命なのは非常に残念な事だが、どんな手を使ってでも白紙にして見せる。文字通り、命がかかっているのだから。

 むしろ私からすれば、クリスティン様の存在が何よりもの救いであり、女神の降臨にすら思えているのに。

 彼女がこのままルーナと結婚してくれれば私の未来から一つ破滅の選択肢が減った事になる。半歩でも間違ったら奈落の底に真っ逆さまなヒロインよりもずっと安全でかつルーナも幸せになれる、一石二鳥とはこの事だ。例え九割私の都合であったとしても。


「オズコンでの優勝はわずかとはいえ婚約者選定を有利にさせるわ、勝負の舞台には最適でしょう」


 確かに容姿に明確な優劣はつけにくい、好みという問題がある以上誰にでも美形の可能性が存在し逆もまた然り。例え多数決の結果であっても目に見える形で順位が決まるコンテストは、容姿も問われる婚約者の選定に影響しなくもない。

 王族の婚約者がそれで良いのかおも思うが、身分や能力に差がなければどんな些細な事でも重要になってくるのだろう。何にしても、私にとっては心底どうでも良い。


「貴方なら、審査だって簡単に通るでしょうしね」


「いえ、あの……私は勝負する気なんて……」


 例え候補でも、王子様の婚約者を明確に拒否は出来ない。どこで曲解されて、王子への罵倒、不敬罪に問われるか……破滅のフルコースを体験している身だからこそ断言する、曲解に明確な理由はない。でも何故か事実よりも曲解の方が広まるのは早いし、人は初めに聞いた方を信じ易いんです。

 だから遠回しに、でもちゃんと断らないと誤解の拡散ってあっという間。ルーナとか、婚約者とか、デリケートな部分は濁して勝負だけ回避できれば最高。争いは何も生まないって事で。争いの元、ヒロインの幸せの生け贄になった私が言っても説得力ゼロだけど。


「怖いの?」


「へ?」


「私に負けて、ルーナ様を取られるのが」


 むしろ逆だわ、今すぐかっ拐って頂いて構いません。というかそれ以前に私のではない、要らない。


「そ、そうではなくて……私は婚約者候補である事も知りませんでしたし。それに結婚だなんて……私にはまだ想像も出来ませんから」


 出来る事なら今すぐ、解消しますと宣言したい。念書を書いても構いません、私はルーナと結婚しませんと世界に宣言したい。

 そんな事をすれば婚約者候補からは消えるけど、同時に私の存在も消える、マリアベルと同じ末路が待っている。

 笑って誤魔化せではないけれど、苦笑いを張り付けて何とか事態を納めようと試みる。ルーナ云々の話ではなく、私個人の考えとして婚約者とか想像出来ませんって事で。事実、私には結婚なんて影も形も想像できない。

 

「……皆、初めはそう言うのよ」


 少し沈んだ声は、悲しんでいる様にも怒っている良い様にも聞こえた。落胆……でもそれは私に対してというよりも、誰にも宛てない独白に近い。

 つるりと滑らかな眉間に深いシワが刻まれる。堂々とした佇まいにより力が込もって、私の発言が何かしらの感情に触れたらしい。


「初めは皆自分なんてって謙遜するわ、その方が心清らかに見えるから。謙遜して、謙虚に見せて、純粋な振りをする……取り繕えるのは初めだけよ」


 王子様の婚約者。その栄光に一番近い者としてクリスティン様が見てきたのは、私が嫌厭したものとよく似ているのだと思う。

 かつてマリアベルの周りにも散らばっていた嘘、打算、悪意。社交界では珍しくない負の感情だが、ありふれているからといって許容できる訳ではない。

 クリスティン様が今私に感じている不審は理解出来る、納得も出来る。言葉だけを鵜呑みにするのは危険、私も何度となく思ってきた。

 だから、疑われている事自体は怒ってもいないし悲しんでもいないんだけど。

 物凄く、困りはするよね。だって私の言葉は完全なる本心……いや、本心の方はオブラートが無い分明確過ぎる拒否と拒絶だな。お見せしたいけど二重の意味でダメだ。現実的に、後中身のヤバさ的に。


「でも、そんな事は関係ないの。貴方の言葉が嘘であろうと、婚約者候補に上がっている以上その素質がある事は事実だもの」


 止めて下さい、納得しないで話進めないで!

 そんな私の心は一切伝わる訳もなく、クリスティン様は腹を括った表情で、私に地獄への切符を叩きつける。


「貴方が誰であろうと、私は必ず勝って見せる……勝って、堂々とルーナ様の隣に立って見せるわ」


 

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