第八十八話 綺麗な人には刺がある
二巻本日発売です!
よろしくお願いいたします(*・ω・)
少し首を傾げて、頬に指を這わせる。
その仕草も、目の形も、口角の角度も、全てが計算され尽くした芸術品の様だ。
その美しさに見惚れて、言葉の意味を理解するのに時間がかかってしまった。
会いたかった、そう言った。私に会いたかったと。
え、シンプルになんで?
私が彼女に会いたいと思う事はあっても、彼女にとって私は赤の他人でしかないはず。良くてその他大勢の後輩の一人。村人Cと同レベルくらい。
カトレア様から何か聞いたのだろうか?彼女は何故か私を過大評価しているというか、とても可愛がってくれているから。
同じ部活で同じくらい人気のある人だろうし、多分仲良い……よね?部活の仲間って友達とは違うけど結束力があるイメージなんだけど、私の思い込み?
「あ、ごめんなさい。自己紹介もせずに不躾だったわね」
「い、いえ、こちらこそ……」
「私はクリス、クリスティン・レイシアよ。演劇部で舞台に立っているわ」
「合宿の際に赤ずきんを拝見しました。とっても素敵で……友人と一緒にのめり込んでしまったくらい」
「まぁ、ありがとう。難しい役だったから、そう言ってもらえて嬉しい」
「あの……それで、どうして私の事……」
「カトレアが手伝いを頼んだ後輩がいるって言っていたの。その前から綺麗な子がいるって話は聞いていたけれど……まさかあなただなんて、手間が省けて良かった」
「手間……?」
「私、ずっと話してみたいと思ってたのよ」
美しい口許は口角が上がっているから一見すると微笑んでいる様にも見える。ただ彼女が内に抱えている感情が私にとってあまり歓迎出来ない物である事は、予想出来た。
今までの経験からして、こう言った場面、相手からこえを掛けられると大抵良くない方向に転がっている。経験則、もしくは嫌な慣れ。
退散したい所だけど、出口はクリスティン様の背後にあるし……話したいですと面と向かって言われながらとんずら出来る度胸があったら、これまでも回避できた事一杯あったよね。しかも先輩相手に、この世界の常識云々はおいといても私の感覚は基本的に一般人だから。
「えっと……何か、ご用でしたか?」
トイレで先輩に絡まれる、少女漫画だったら確実にいじめダメ、絶対なシーンですね。やった事あるわー、オートモード時代に。
ただ、多分これはいじめとかそういう類いの物ではないだろう、恐らくきっと。
理由はクリスティン様の人格……なんて綺麗な話ではなく、これがもし私に対する何かしらの攻撃だとするならば、あまりに温いから。
私一人に対して、相手もクリスティン様一人。先輩後輩を鑑みても少ない、せめ三人は必要だ。大は小を兼ねる、多いは少ないに勝る。何事も第一印象が肝心、見た目も勿論だが何より手っ取り早く相手を威圧するなら人数を増やせば良い。
もし人が集まらなかったなら、対面しての攻撃は止めるべきだ。影でこっそり、もしくは無関係の善意を利用するのが有効だろう。仮にトイレが舞台なら、個室の上から水をかけるの定番だろうか。
何でこんなに詳しいかって?経験則に決まっているだろう、真っ黒歴史な一ページです。
「もしかして私の手伝いに何か不備でも……」
「いいえ。それに関しては部員皆とても感謝しているわ、ありがとう」
「そう、ですか……」
だったらもう理由思い浮かばないんですけど……文句言いに来たっていうならいつぞやのフランシア様みたく笑ってスルー出来るのに、こういう謎に満ちた相手が一番対応に困る。
「あの、では何故……」
「私わね、マリアベル様……あなたに戦いを申し込みに来たの」
「あぁ、何だそんな事……」
……ん?たたかい?
「戦い、って……えっ!?」
何その急展開。今日初対面なんですよね、初めましてって言ったのちゃんと覚えてるからな。
それともクリスティン様って見た目に反して好戦的な人だったの?そんなギャップ欠片も萌えないから今すぐ修正して下さい。
「あ、あの、何でそんな……っ、たたかうって何を」
「オズ・コンテスト」
「……オズコン?」
「出場する事になったの。そして出場者にあなたを推薦しておいた」
「は……っ!?」
お嬢様あるまじき声が出たけど、今回ばかりは許容されても良いと思う。むしろクリス様の胸ぐら掴んでふざけんなと詰め寄らなかっただけマシだろう。
何て余計な事をしてくれたのかと、心の底から思う。オズコンに推薦がある事は聞いた。経験上私が推薦されれば、それなりに厳しいらしい審査も通る事も予想していた。辞退とが言葉にするより難しい事も。だから友人達は気を使って推薦せず、断ってくれていたのに。
やっぱりこの人私を攻撃しに来たんですね、人数とか小細工よりもダメージが酷くて私の嫌がる事をよく心得ている。
「オズコンの場で、私と勝負してほしいの」
勝手な事を言うなと、詰ってしまえれば楽なのに。混乱で熱を持った頭は正常に機能していないけれど、それでも溶けずに残った理性が最後までこの場を上手く納める方法を探していた。
「ルーナ様の、婚約者の座をかけて」
クリスティン様の口から、その言葉を聞くまでは。
おかげで頭はすっかり冷えたけれど、同時に血の気も引きました。何を言い出すんだこの人は。




