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第八十話 子供は成長するものです

 生い茂る木々、爽やかな風、プール付きの別荘。

 只今私マリアベルは、絵に書いたような避暑地にいる。といってもテンペスト家の持ち物ではなく、お父様もお母様も来ていない。

 ここはジュリアーノ家長男レイヴ様の所有する別荘。ジュリアーノ家の、ではなくレイヴ様個人の持ち家だそう。


 始まりは数日前、私宛に届いたネリエルからのお手紙だった。


 色々前置きはあったが、簡単に言うと『別荘に遊びに来ませんか』というお誘い。

 両親といれば精神をすり減らすだけのネリエルを心配した兄達は、この時期になると弟を自らの持ち家に匿うらしい。親相手に匿うという表現はどうなのかと思うが、気付かれない様に連れ出し行き先も教えないのだから『匿う』で正解なのだろう。

 ただ両親の意識を反らす為に兄達は両親のご機嫌取りに駆り出され、別荘にはネリエルと信用の出来る世話係と護衛しかいないのだという。

 ならば折角私もケイトも寮から帰ってきているのだし、共に過ごしてはどうかと。必要な物はこちらで手配するから身一つで来て下さいと、レイヴ様は弟の為に色々手を回し過ぎじゃないか……あぁでもここの兄コンビは弟の為なら冤罪も作れる人だったな。あれはマリアベルの自業自得もあったけど、貴族らしくぶっ飛んではいたっけ。


 そんなこんなで、私とケイトはネリエルを訪ねて別荘に遊びに来ております。

 ネリエルと会うのも結構久しぶりだなー……入学の準備が始まってからは忙しくて、お茶会も開けずじまいだったし。


「お二人とも、いらっしゃいませ……!」


「……ネリエル?」


「あ……はい、お久しぶりです」


 うん、その癒しオーラを放つ笑みはネリエルですね。でも私の記憶にあるネリエルとは印象が違い過ぎて、つい。

 分厚かった前髪は少し短くなって、まだ目にかかってはいるけれどこのくらいならば問題ないだろう。むしろケイトの方が長い。眼鏡に前髪のコンボが暗く見せていたが、前髪がちょっと短くなっただけでも大分雰囲気が変わるものだ。


「髪を切ったのね、似合ってる」


「あ……ありがとうございます。少しですけど、印象が変わるかなって」


「えぇ、前よりも目が見えて嬉しいわ」


 女子みたいな会話だなー……ネリエルの見た目が可愛いから違和感はないけど。

 最終的には前髪が目にかからないくらいまで短くなるんだけど……まだ中等部にも入学してないのに、イメチェンの決意早くないかな?


「二人とも、話すなら中行こ。扉開けっぱなしだと虫が入る」


「あ……そうですね。どうぞ、荷物はそれぞれのお部屋に用意してありますので」


 自然が多いという事は虫にとって天国ですからね。

 ネリエルに促され中に入ると、たった一歩なのに心地よいひんやり感が体を包み込んだ。

 風があっても太陽は輝いているから、やっぱり室内の方が随分と涼しい。


「僕はリビングで待ってますね」


 私とケイトは世話係さんの案内で用意された部屋へ。 一人一室にはもはや驚くまい……でもケイトと隣同士なのは少し新鮮。寮も違うし、学年が違うから行事でも一緒にならないし。


「待ってるから、着替えてきなよ」


「うん、ありがとう」


 移動の為の服は可愛いけど寛ぐには向かない。室内に入ってすぐ、部屋の広さよりクローゼットを開けての感想の方が先だった。

 ぎっしり詰まった服の数は、ここで暮らして行けるとさえ思う。壁一面に備え付けられたそれの端から端まで、勿論全部女物。

 ジュリアーノ家は息子しかいなはず何だけど……女物こんなにあってどうするの?


「……ま、いいか」


 どうせお金には欠片も困っていないだろうし、下手に考えると罪悪感に苛まれそう。思考のド壺にはまってケイトを待たせるのも申し訳ない。

 適当に、装飾が少なく上品なワンピースとロングカーディガンを選択して、部屋を出た。



× × × ×



「ネリエル、お待たせ」


「いいえ。あ、服……気に入って頂けましたか?」


「えぇ、沢山あって迷ってしまったくらい」


「家は母以外女性がいないので……お兄様達が張り切ってしまって」


「どれもとても可愛かったわ」


「あ……気に入ったものは持って帰って頂けると……家では使い道もありませんし、兄も喜びますから」


「あら嬉しい。後でちゃんと吟味しなくちゃ」


 少しは遠慮した方がいい?男系家族に女の子の服なんて無用だし、レイヴ様達の恋人にあげようにも他の女のために選んだ物なんて嫌だろう。例え相手が十代前半の小娘だとしても、幾つであろうと女は生まれながらに女だ。

 

「ケイト君の方にも色々と用意してますので、よかったら後で見てみてください」


「俺の?」


「ケイト君、僕とはタイプが違うから……楽しかったみたいで」


「あー……まぁな」


 ネリエルとはまた違った弟が出来たみたいだったのか。女性は子供を着飾るのが好きだと思うけど、男性もそう変わらないらしい。

 彼らの場合は元々ネリエルという大切な弟がいる。ケイトは私達からは歳上でも兄等から見れば変わらず子供、ネリエルの友人ともなれば甘やかしたくなる……のか?きょうだいがいない時点で私には分からない類の話だ。


「後で私も見たいわ。ケイトってつなぎとかばっかりなんだもの」


「動きやすい方がいいから」


「つまんない」


「男の服に面白味求められても困る」


「あはは、女性と比べちゃうとね」


 ネリエルの表情は晴れやかで、特に戸惑う様子は無い。よかった、印象が変わった事もあるけど基本的に人見知りだから……仲良しだとは思っているが半年の空白により挙動不審が再発していたらどうしようかと。

 でも、どうやらその心配は杞憂だったらしい。出迎えの時こそ緊張の欠片が見えていた気もにするけど、私の勘違いだったのかも。

 心配といいつつネリエルを信用出来ていなかった……反省しよう。私が思うよりもずっとネリエルはしっかりしている、かもしれない。


「でも、ケイト君まで学園に行ったと聞いた時は驚きました」


「それは……俺も」


「私もよ。何がなんでも私のお見送りに来させる気だったのに、まさか一緒に行く事になるとは」


 残っていてもケイトには修行があったからネリエルとのお茶会は開催出来なかっただろうけれど。 まさか一緒に学園へ行くから中断になるとは……本当、人生何があるか分からない。この台詞を私より説得力を持って言える人はいないな絶対。


「僕は来年からですが……二人がいると思うと不安が楽しみに変わりますね」


「あら嬉しい。私もネリエルが来るのが今から楽しみよ」


 本心から、楽しみですよ。学年は違えど友達が同じ学園に来るのだから。

 ただ……複雑ではあるよね、攻略対象が同じ敷地内に勢揃いって。グレイ先生が高等部なのが唯一の救い。

 でも今さらネリエルが増えた所で私の危険度は変わらない気もする。ツバルがいれば他が揃う揃わない関係なしに地雷が散乱しているので。


「ネリエルが入学したら、私の友人を紹介するわ。ケイトの事も知っているから」


「あぁ、エルちゃんとプリメラちゃんだっけ」


「そ。共通の知人はいた方がいいでしょう?」


 私にとっての友人を知ってくれれば何かあった時に便利だから……具体的に問われると難しいけど。緊急の連絡とか、友人にはならずとも共通の知人はいて損はないはず。

 ケイトの事は私を訪ねて来た時に紹介したし、ネリエルの事もその内機会があれば。


「そういえば、ケイトの友達には会った事が無いわね」


「人聞き悪いんだけど」


「だって、私と会う時はいつも一人じゃない」


「部活だからね。クラスでは普通に話したりしてるから」


 そうだったのか。勝手にぼっちだと思ってたけど……そういえばケイトは初等部経験者だから友達作りは私より断然慣れてるわな。


「まぁ俺の個人行動が多いのは否定しないけど」


「知ってるわよ、よーくね」


 何年一緒にいると思っているのか。そして私も人の事は言えないくらいに個人行動しますし……もしかしたらケイトのは私の影響か?いや、素質は元々あった。


「だとしても、男なんて特定っていうより大勢で騒いでる事の方が多いもんだよ」


 男女の違いに関しては私に言える事はないので何とも言えないが……ケイトの学年は私にとって魔境なので関わらないで済むならそれでいいです。共通の知人はエルとプリメラで間に合ってます。


「お二人とも、新しい友達が出来たんですね」


「えぇ。プリメラは男爵家だし、パーティーで顔を合わせてるかもしれないわね」


 最近はパーティーを欠席する事も少なくなったと、レイヴ様から聞いている。物凄く畏まった手紙が届いた、綴られた感謝が大きすぎて受け取りに困ったのは内緒で。

 といってもまだ積極的に話しかけたりは出来ないらしく、話しかけられてようやく会話が出来る程度だそうだが。かつての引きこもりを思えば充分進歩しているだろう。


「そう、ですか……」


「……?」


「お友達、どんな方なんですか?」


「……二人とも、とても良い子よ」


 一瞬、ネリエルの顔が曇った気がしたんだけど……すぐに笑顔に戻った。自ら話題を振れる様にもなったなんて成長を感じる。

 わずかに感じた暗い雰囲気は、私の勘違いだったのだろう。

 プリメラとエルの自慢話を嫌な顔せず聞いてくれるネリエルに私は話し続けて、気が付けば窓から見える景色は真っ暗になっていた。

 ……私のマシンガントークだけではなく、ケイトやネリエルもちゃんと話してたからね。一方的に喋りまくったわけではないと、念のため主張しておきます。

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