第七十八話 人生の七割くらい
生徒会への誘いを断り、私は結局帰宅部という選択をした。下手に属そうという意識を持つと録な事にならない、悪役のフラグ建築率を甘く見ていた。
それなりに図太いが、ダメージを感じないほど鈍くはない。疲れが酷いです、主に精神面で。
「マリアちゃん、食べないの……?」
「……ちょっと食欲がなくて」
「最近ずっとだよね、体調悪いんだったら部屋に戻った方がいい」
「大丈夫よ。暑くなって来たから、ちょっとバテちゃってるだけ」
嘘ではない。合宿では遭難もどきにあって、生徒会では喧嘩を売り付けて、そこに気温の変化まで。元々少ない私の体力は底をつきそう。
「急に暑くなったもんねー。学園は過ごしやすいけど、ずっと室内にいる訳にもいかないし」
学園内は、そりゃ涼しい。クーラーなんて文明は無いが室温はずっと一定で暑くも寒くもない快適仕様。
科学の理屈が全て魔法で補われている世界で、魔法学校は一種の最先端。未来の科学者改め魔法士の卵達が揃っているのだから。
何よりまず、ここは金持ちの集う財力学園なので、最先端はお金で買える。
「長期休みまでもうすぐだし、パーティー増えるんだろうなぁ……」
ため息を吐くプリメラの姿は珍しいけど、気持ちは良く分かる。唯一エルだけが首を傾げていたけれど。
もうすぐ長期休み……所謂夏休みが始まる。休みはありがたい。合法的に攻略対象と離れられるのだから願ったり叶ったり、何時何処誰であろうと休みは無条件で嬉しい。
ただ、学園が休みになると増える仕事もありまして。それがパーティー、つまりは社交界への参加。
「この時期にドレスは辛いわ」
「そうだよねぇ……」
令嬢として幼い頃から参加しているため慣れてはいる。会場は学園と同じく快適な仕様だし、一見問題ないのだが、ドレスは通気性がよろしくない物が多いのです。
それに学園に入り、今まで免除になっていた分も上乗せされたりするから……本当止めて欲しい。
「交遊関係が増えた分忙しくなりそうだなぁ」
「そうね……会場で会う事もあるかしら」
「マリアちゃんと一緒なら楽しめるんだけどね」
「お嬢様も大変だなー」
エルだけはめっちゃ他人事だな。確かに身分は平民だから令嬢では無いにしろ、エルも学園に入れてる時点で財力は一般と桁外れなんですけどね。
でも平民に変わりないからパーティーとかは無いんだよね……羨ましい。
「でも休みは長いし、パーティーが無い日は遊びにも行けるじゃん」
「それもそうね。二人はずっと家で過ごすの?」
「旅行の予定は私が帰ってから立てるけど、行くのは決定してるよー」
「あたしも、どっかには行くみたい」
「そう……家はどうなのかしら」
そういえば旅行って行った事ないなー……お母様の実家に顔を出した事はあるけど、国内だし。年がら年中忙しいお父様に旅行に行ける休みが出来るなんて稀だから、ちょっとそこまですら難しいのが実態。
お母様も旅行とかお出掛けにこだわりの無い方だし、私は私でケイトと遊んでばっかりだったし、お父様は私達にねだられない限り自主的に休みを欲しがる人じゃないし。
正直、大抵の事は敷地内で事足りちゃうから。買い物は外商を呼べば良い、公園に出向く必要の無い広すぎる庭もある、そしてホテルと同等以上の部屋と使用人。むしろお客として一時のもてなしではなく、長年仕えてくれている分生活パターン完璧に把握されてるし。
……あれ、旅行の必要ある?
「マリアの所は避暑地くらい持ってそうだけどね」
「聞いた事も行った事も無いけれど……どうなのかしら」
いや、多分あるんだろうけど。別荘的なの、何かあった時の避難所の意味も込めて持ってそう。
でも今まで行った事無いし、お父様の休みが取れるとも思えないしなぁ……昔私が一日ぶん取った時も皺寄せが大変そうだった。
「今のところ何も決まっていないし、もし良かったら遊びに来て頂戴」
「いいのっ?行きたい!」
「じゃあこっちの予定決まったら連絡するよ」
「私も、もし出掛ける事になったら知らせるわね」
この世界の連絡手段は二つ、一つは電話でもう一つは手紙。でも一般的なのは手紙の方で、電話は持っていない家も多い。高級品……って訳でもないんだけど、ほとんどの人が手紙で事足りちゃうから。我が家も置いてあるけどあんまり使ってない。
郵便システムの発達という事ではなく、むしろ郵便屋さんは廃業してます存在しません。
ただこの世界の郵便受けには簡易の転移魔法がかかっている。無属性の魔力で簡単に使えて、手書きの手紙がメールと同じ速度で届くという。個人の魔力量によって使用出来る回数は違うけど、それでも充分便利だろう。流石魔法の世界、便利さがぶっ飛んでる。
その為郵便受けは一家に二つ、受け取り用と送る用。間違って受け取り用に送る手紙を入れちゃうと二度と返って来ないからそこだけ注意。因みに住所を書く必要は無いけど、相手がどの辺に住んでるかの情報は必要です。
「マリアちゃんのお家行ってみたかったの。エルちゃんの家は何度も行った事あるから」
「それはあたしも。マリアに似合う豪邸って想像出来ない」
「二人は幼馴染みだものね。期待しているみたいだけど、珍しい物は無いわよ?」
「マリアは生まれ育ってるからそう思うだろうけど、公爵のお屋敷があたしの価値観と同じな訳ないでしょ」
まぁ……そうか、そうだな。というか私も生まれた時は思ってたし、広すぎだろって。
何だかんだで慣れちゃってたけど、普通から見ればあの大きさだけで充分珍しいに入るのか。内部は結構普通……でもないな。私基準で派手じゃない、程度で。
「だってケイトさんも住んでる訳でしょ?その時点でどんだけ広いのって話だから」
「そういえば、ケイトさんも帰るんだよね」
「聞いてはいないけれど、多分ね」
ケイトも帰るかな、帰るよね。おじさんも久し振りにケイトに会いたいだろうし、本人も心配だろう。今までずっと二人で暮らしていたのに、急に一人になったんだから。
ケイトが学園に入る事になって真っ先におじさんに謝った。
私が巻き込んで、もしかしたらケイトの属性が決まったのは私が原因かもしれない。おじさんにとって大事な一人息子、家族を奪う様な形になってしまった。
ごめんなさい、頭を下げた私に、おじさんは言ってくれた。
ありがとう、おかげでケイトの世界は素晴らしい経験と共に広がるだろう。
父親とは、息子の成長が何より嬉しく、それが自らの手で無くとも関係ないのだと。私にはまだまだ理解の及ばない親としての想い、きっと一生分からない父親の気持ち。
普段はケイトの方が大人びて見えるくらい無邪気なのに、やっぱり大人の、お父さんなんだなって思ったのを覚えている。最後に、ケイトには内緒なって笑った顔はいつもと同じ子供の様だったけれど。
「ケイトの荷物も一緒に送ってしまおうかしら」
「どうせ同じ家だし、いいんじゃない?」
正確に言えば同じ敷地内、ね。それじゃまるで同居だから。
自宅にも部屋はあるし、特に持って帰る必要がある訳じゃないけど……この数ヵ月であっても使わない物とかは自宅に仕舞いたいので。
ケイトの場合は自宅にあった服をそのまま持って来てるから荷物多そうだな……向こうには多分庭師修行で使っていたつなぎくらいしか置いてない。
ケイトと相談して、荷造りしたら一緒に送ってもらおう。
× × × ×
という訳で放課後、私は早速ケイトのいる裏庭にやって来た。
絶賛部活動の真っ最中なんですけどね。部員数が少なく、個人で育てたい物を好きにどうぞ、な方針のおかげで私が入り込んでいても誰も何も言わない。下手をしたら気付かれてない。
温室とかは立ち入り禁止だけど、何か色々繊細なんだそうで。学園内に温室とかの設備がある事については突っ込みません慣れましょう。
「ケイトー、今いいかしら?」
「あー、ちょっと待ってて」
「うん」
すでに手も服も土が付いて茶色くなってる。花壇の前にしゃがみこんでいるけど、花は咲いておらず土が入っているだけ。
いつもは何かしらの手入れをしているのに、珍しい。
近くのベンチに座って待つ事数分。ちょっと、という言葉通り、ケイトは軍手を外しながら私の隣に座った。
「ごめん、忙しかった?」
「いや、大丈夫。休み中にこの花壇使いたいって人がいるから準備してただけ」
あらタイムリー、やっぱり休みが近付くとその話題になるもんね。
「って事は、ケイトも帰るのね」
「うん。親父の事も心配だし、母さんの墓参りもしたいから」
ケイトのお母さんは、元々おじさんと一緒に我が家の庭師をしていたらしい。私が生まれる前に亡くなったらしくて写真でしか見た事がないけど、ケイトによく似た綺麗な人だった……この場合はケイトが、似てるのか。
「絶対部屋荒れてるから、帰ったらまず片付けだな」
「掃除は出来るのにね……」
小さい頃、ケイトが風邪を拗らせた時の事を思い出す。綺麗な服、食器、ほこりなんて見当たらないくらい掃除が行き届いてて、ケイトの看病も軽々こなす傍ら……何故か荒れていく床。
あんなに綺麗な庭を一人で作り上げてしまうくらい手先も器用でセンスもあるのに、実際料理も洗濯も、掃除だって出来るのに、仕舞うという動作、片付けるという行為だけが異常に出来ない。
逆に何でそれだけ出来ないのかが謎。
「じゃあ、荷物一緒に送ってくれない?私は写真とかくらいで少ないから」
「あぁ、別に良いよ。じゃあ今度の休みに寮まで持って来て」
「りょーかい!」
はい、用件終了。これ以上部活の邪魔をしない内に退散しようかなーって思ったのに。何故かケイトは私をジッと見つめていて、立ち上がる気配がない。
え、顔に何か付いてます?もしくは歯に青のりとか……食べてないけど。
「……それだけ?」
「へ……?」
「何かあっただろうなーって、俺の勘」
違う?と首を傾げてる姿は疑問形だけど、多分答えは言わなくてもバレてる。
プリメラ達には食欲減退でバレたけど、ケイトの前ではいつも通りのつもりだったのに。
何で分かるのかな、私ってそんなに分かりやすい?
それとも、人生の半分以上一緒にいたが故の幼馴染みパワー?
「……何でもないは通じる?」
「うん、言いたくないなら」
「本当に何も無かったとは思わないのね」
「俺の勘当たるから、マリアに関しては特に」
「自信過剰……」
でも、悔しいけど、大当たりだこのやろー。
内容が内容だけにケイトには言えないけど、きっとケイトは聞いてこない。私が本当にされたくない事、困る事を熟知してるから。
「……何でもない、大丈夫」
「そ、なら聞かない」
はらやっぱり、聞き出そうとしない。昔はあんなに聞きたがりだったくせに、って言ったら怒るかな。
その聞きたがりのおかげで、私の今がある。
ツバルの言葉なんて一切信じない。ケイトが私を利用する、なんて、絶対信じないしあり得ないけど、もしそうなったら。
私はきっと、喜んで協力するんだろうな。
「じゃあ、俺戻るけど」
「あ、うん、ありがと。行ってらっしゃい」
「ん」
ひらひらと片手を振って、ケイトは部活に戻っていった。
入学して数ヵ月、初めての長期休みだが、色々ありすぎて日付感覚がおかしくなっている気がする。入学式が昨日の事の様だが、あの日感じた緊張感とか、恐怖に近い圧迫感はもう思い出せない。
サーシアの事も、あんなに避けたがってたのになぁ……。
席は隣だし、一緒に肝試しまでしたなんて、赤ん坊時代の私が聞いたら卒倒しそう。そしてちょっと慣れてきてる今の自分に現在進行形で戸惑ってる。
「……まぁ、これからしばらく会わないし」
考えても、仕方がない。
部活もない私が校内に残ってする事なんてないし、部屋に戻ってケイトに頼む荷物まとめよう。
そしてこの日まとめた荷物をケイトに託した休日から約一ヶ月、長期休みという名の夏休みが始まった。




