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第七十三話 子供らしく泣けばいい

 期待に答えたい、それはとても立派な心構えだろう。勝手に押し付けられた他人の理想を壊したくないと思うのも、優しさからくる物に違いない。

 サーシアは、正しく優しい人間だ。他者を慈しんで共感出来る、真摯に向き合う性分は好ましい。

 だからこそ、馬鹿馬鹿しいと思う。

 彼が期待だと思っているそれが、どれ程見当違いな物なのか。祖父を真に偉大だと思うなら気付くべき事。


「世界一が、血筋だけで勝ち取れるほど軽いものなはずがないでしょう」


 偉業を成し遂げると功績ばかりに目が行って、そこに至るまでの道筋は蔑ろにされやすい。魔法は一般人にも馴染みはあるが一定以上の知識を持っている者は少ない分野である為余計に。

 杖を振るえば何かが起こる魔法は一見簡単で、魔法士で無くとも使える魔法道具は町でも普通に売っているくらいに生活に馴染んだものだ。

 まだ属性の決まっていないサーシアにとっても、魔法とは幼い自分ですら楽しめる物という認識なのかもしれない。

 きっと、私の方が知っている。


「魔法はとても大きな力なの。簡単に見えるから忘れられてしまうけれど、その一振りで全てが変わってしまう事だってあるくらい。それを極め、称賛される……正しく偉業だわ」


 力の使い道を間違うとどうなるか、私は嫌という程知っている。マリアベルの末路の悲惨さがそれを物語る様に、貴族としての権力を一直線に間違った方向へ使い切った結果がありとあらゆる不幸な結末だ。

 それを正しく、間違う事無く世界一に上り詰める過程にどれ程の困難が、苦痛があった事か。


「あなたのお祖父様が何年も、何十年も努力して勝ち得た称号を、孫だというだけで背負えると思う方が烏滸がましくてよ」


 同じ血が流れていればある程度同じ物を持ってはいるだろう。私が両親から容姿の特徴を受け継いだ様に、サーシアは祖父から同じ属性を受け継いだ。


「サーシア様は、確かに生まれた時から整ったスタートラインに立っていたのかもしれない。他人よりも称号に近い位置を得ていた事も事実……でも、それだけよ」


 どこから進むかではなく、何処をどう進むか。

 そしてその全てはサーシア自身で決める事。


「他人の期待を力に変えられるのなら、それもいいでしょう。でもそうでないなら、期待が重荷になるくらいなら、捨ててしまっても良いはずだわ」


 他人が勝手に抱いた過度の期待が行く手を阻むというのなら、外堀を埋めて一ヶ所しか見えなくなるくらいなら、幼いトラウマさえも口に出来ない程苦しいなら、捨ててしまえ。

 何の価値もない拘束など引きちぎって進んでも、それはサーシアに許された権利だ。


「怖がればいいの、嫌な事も怖い事も口にすればいいの。そんな事で、あなたの価値は下がったりしないから」


 もしそれで幻滅をする様ならそれまで、文字通り幻想が滅されただけの話。サーシアの持つ長所が消えていく訳ではない。

 期待に答えられない自分が情けないと思っているのは大抵本人だけで、イメージが覆った所で周りはそこまで気にしていなかったりするものだ。


「……強いなぁ、マリアさんは」


 困った様な、眉毛がハの字になった笑顔。

 さっきまでは怖がる自分を恥じて、今度は私の言葉の様に晒け出せない自分を恥じているのだと、表情で分かった。こんなに表情に出るのに、今までよく誰も気が付かなかったな。私の事前知識が多すぎるだけ?

 ここで勝手な事をいう私に怒るのでは無く自らを不甲斐ないと思ってしまう辺り、優しいというかお人好しというか。

 息をする様に人を気遣えるのに、どうして自分に対してはそんなにも評価が低いのか。


「……それはあなたの方でしょう」


「え?」


「怖がる事と逃げ出す事はイコールではないと、あなたは体現してるじゃない」


 今この瞬間だって、暗闇に恐怖を感じるサーシアにとっては拷問の様な時間だろう。恐怖心が麻痺していようと、トラウマが綺麗さっぱり無くなる訳ではない。

 それを逃げ出さず、混乱に身を任せる事もせず、私を責める事もせず、こうして普通に話してぎこちなく笑って。

 それは、どれだけの勇気なのか。

 

「だから、同じ言葉を返すわ」


 もし私があの日々に戻ったら。

 もしまた、意思の全てを封じられたら。

 もし、また、オートモードな世界に引きずり込まれたら。

 私は、きっと笑えない。反映されないと分かっていても全力で抵抗したがる事だろう。そしてきっと、私を罪人とした全てに呪詛を吐く。例えそれがマリアベルの自業自得だとしても。

 サーシアの様に、他者を許して自分を省みるなんて出来ない。


「サーシア、貴方は強い。これは期待ではなく私が自らの目で見た事実よ」


 世界一と比べて自らを卑下する必要なんてないくらい、そんな幻想笑い飛ばしていいくらい、彼は魅力のある人物だ。客観的に見れば。

 悪役令嬢(仮)にとっては依然としてフラグの創造主の一人だけど。


「……立ち入った事を言いました、申し訳ありません」


「あ、ううん……」


 喋りすぎた……思った事を何でも口にしてしまう所は改めた方が良いとは思うのに、今さら性格を変えるのは難しい。

 面を食らった様な表情のサーシアに自分のやらかした事を反省してはみるものの意味はあんまり無いだろう。私の反省はその場限りが多いから。


 ほんの少しの沈黙。暗闇がトラウマなら少しは話したりして気を紛らわしてあげたいが、何を話せば良いのやら。

 うーん……と一人頭を悩ませていたら、視界に明るい何かがちらついた。


「あ……ねぇ、アレ」


 ゆらゆらと揺れる、蛍の様な明かりは一つ二つ三つ……明らかに犬猫の類いではない。

 私の視線の先に気付いたサーシアも、おおよその予想が付いたらしい。

 私達が滑り落ちてもうそれなりの時間が経っている。戻って来ない私達を心配した誰かが先生に相談しに行くには充分な時間だ。


「サーシャー!マリアベルー!」


 聞きなれた声、きっと担任だろう。ガサガサと音を立てて近付いてくる気配に安堵した。

 

「先生!こっち!!」


 サーシアが大きく両手を振って呼び掛けると担任と後二人の教師は私達の存在を確認し、私とサーシアはようやく合宿場まで帰る事が出来た。

 帰り道、思いがけないタイミングで知ってしまったサーシアの弱点にどうしようかと頭を悩ませていたのだが、合宿場で待ち受けていたプリメラとエルの泣きそうな顔にそれ所では無くなったのは余談である。

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