第六十九話 道中罪悪感
ぼんやりと光る杖の先を眺めながら暗い道を進む。帰りは別の道だから誰ともすれ違う事はない。
地図まで用意されてるから覚悟はしてたけど結構距離長いな。学生が企画したにしては本格的なものらしい。
「えっと、この先の道を左……」
地図には少し先に道が二手に分かれた場所があると書いてある。そこを左に行けば折り返し地点である花畑に出るらしい。
「後少しで半分みたいね」
「うん、そうだね……」
「……」
相変わらず人懐っこそうな笑顔を振り撒いているが、明らかに口数は少なくなったし声色も沈んでいる。足取りも随分遅い気がする。
初めは私に合わせてくれているのかと思ったがどうやら違うらしい。少し前を歩いていたのが隣になり今では少し後ろで私の後を付いてくる様な形になっている。
思っていたよりも分かりやすいな。もっと擬態の上手い印象だったけど、これからの四、五年で成長するのかね。
そんなに嫌なら適当な理由を付けて断れば良いのに、その辺の要領もまだまだ甘いらしい。
「……大丈夫?」
「へ?」
「元気が無いみたいだから、体調でも悪いのかと思って」
「いや、平気だよ。思ったより雰囲気があって驚いてるだけ」
あはは、とわざとらしく声を出して笑う姿はいつも通りのサーシアに見えるだろう。きっと私も何も知らなかったら、杞憂だったかとその笑顔に納得させられていた。
でも私は彼の抱えるものを知っている。文字通り知識として、今彼がどんな気分なのか想像するには充分な程に。
「……そう。気分が悪くなったら引き返すから、すぐに言ってちょうだい」
「ありがとう」
知っていながらそれを口にしない事に罪悪感は有る。とはいえただのクラスメイトである私が口にして良い事では無い。何故知っているのか問われればそこで終わる知識なんて、ひけらかした分己の首を絞めるだけ。
怪しまれる、それだけの事が私の様な人間には命取り、普通の人よりも簡単に下がる評価は恐ろしく上がり辛いのだから。
結局私に出来るのは、怪しまれない程度に急いでこの肝試しを終わらせる事だけ。
……あんまりにも辛そうなら、私が怖いって事にしてリタイアしよう。
「あ、ここを左ね」
Yの字の様に綺麗に分かれた道は地図の通りで、どちらの道も暗く先が見通せなくなっている。
少々不気味な気がしなくも無いが、地図に縮尺が間違っていなければすぐに花畑にでるはずだ。 ならばここで後込みしている時間の方が惜しい。
「やっと半分……」
ため息とそう変わらない小さな声は無意識に出たものだったのだろう。人に聞かせるつもりの無い声色はいつもの楽しそうな声とは真逆。
残りの半分を長いと思ったか短いと思ったか、どちらにしろやっぱり無理はしているらしい。
サーシアの気力が続いている間にさっさと終わらせてしまおうと、私は早めた足を地図通り左へと突き進めた。
× × × ×
今回の肝試しを計画したのはサーシアを中心とした生徒達で、地図も簡易的なものである所を見るとこれもサーシア達のお手製。勿論下見はしているだろうし、先生のチェックだってあったかも知れないが、ある程度の拙さは覚悟していた。
目と鼻の先かと思いきや結構遠かったんだね、くらい予想の範囲内。精々五分程度の誤差だろうと、不安なんて微塵も無かったのだ。
可笑しいと思い始めたのは、いつだろう。
いくら歩いても見えてこない花畑とか、どんどん暗く狭くなっていく道とか、過ぎていく時間とか、少しずつ降り積もって行く疑問はいつの間にか明確な不安となって目の前に立ちはだかっていた。
「ここ、だよね?」
時間の感覚が曖昧になっているからどれだけ歩いたのかは分からない。
地図の通り歩いて、歩き続けて、地図に書かれたのと同じ大きな木を見付けた。二本の木が螺旋の様に捻れ合い一本に見えるその木は絵にされても衰えない特徴があって、 まるで絞られてる雑巾みたい。
地図の通り目印になりそうな木もあって、何より地図はこれより先を示していない。元々書き込みは少ないが、それが可笑しくない程に綺麗な一本道だった。
つまり、ここが折り返し地点。
ここで花を摘んで、来た道を戻れば肝試しは終了するのに。
「……花が、ない?」




