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第六十六話 落とし穴気分

 次の日も、変わらず平和で楽しい時間が流れていた。

 プリメラとエルと三人で見た劇は楽しかったし、夕食の食材は昨日よりも良い物が手に入って前菜からデザートまであるフルコースを堪能出来た。

 二泊三日、この夕食を終えてしまえばもう合宿も終わったと変わらない。帰るまでが遠足と言うが、楽しみがあるからこその遠足であり学園敷地内にて広い意味では住居を共にする私達にとっては、しおりの予定を消化してしまえば遠足マジックは終了だ。まず遠足じゃなくて合宿だし。

 どうせ終わるのなら最後は夜更かししよう、女子会だ!

 そう言い出したのはエルだったか。プリメラもすぐに同意したから前々から二人で計画していたのかもしれない。私の部屋にお菓子を持ち込んだ二人の顔はよく似ていたから。

 かく言う私も、同じような笑顔を浮かべていたのだろうけど。パジャマで女子会なんて楽しそうだし、学園に戻れば全員寮が違うからこう言った機会は限られる。せっかくのイベント事は目一杯楽しまないと損じゃないか。


「思った通り、凄く可愛いわね」


「やっぱりプリメラは淡い色が似合うなー」


 プリメラが着ているのは三人で出掛けた時に買った可愛らしいワンピースのパジャマ。想像していた時から似合うと思ってたけど、実際に着ている姿は想像よりもずっと可愛らしい。

 

「あたしは着ないタイプだなー。ワンピースのやつって寝てる間にずり上がってくるから」


「……分からなくはないわ」


 そう言うエルの姿は上下の揃ったタンクトップと短パンにロングのカーディガン。

 活発な印象のまま、動きやすさと寝やすさを兼ね備えている。私もそんな感じが理想だったなー……お母様が用意してくれるパジャマはプリメラ寄りだから今はもうなれちゃったけど。だから自分で選べる様になってからは中間見たいなやつを選ぶ様になった。


「あぁ、だからマリアもワンピースじゃないんだ」


「快適な睡眠を求めた結果、こうなったの」


 私の着ているパジャマはシンプルながらも襟元とか袖のリボンが可愛らしい、一見ワンピースにもなりそうな丈だけどちゃんズボンがついているタイプ。デザインはお母様の名残で女の子趣味だがワンピースは寝起きの見苦しさを回避するためには必須だから……そこまで寝相が悪い訳じゃないけど、一応お嬢様なので。下着を晒して寝転けるのは遠慮したい。


「可愛いと思う!普段はしっかりしてそうなマリアちゃんとはギャップがあって」


「ありがとう」


 しっかりと言うか、見た目が大人びてるだけなんですけどね。物は言い様だ。


「折角だし、髪もいじっていい?」


「えぇ、構わないわ」


 緩くサイドに纏めていた髪をほどくとプリメラは楽しげにブラシとシュシュを持って私の背に回った。見た事無いシュシュだったから、恐らく合宿中の作品。

 優しく触れる指先が気持ちいい。髪触られるのが嫌って女の子も多いらしいけど、私は好きだなぁ。


「マリアちゃんの髪ってやっぱり柔らかくて綺麗だね。ふわふわしてる」


「絡まりやすいから大変なの」


 緩いウェーブがかかった髪は必死に乾かしても真っ直ぐになってくれない。細いから絡まりやすいし広がるし、何より湿気に滅法弱いのだ。髪質で天気予報が出来そうなくらいに繊細で、朝の格闘を思うと腹立たしい。

 まぁアン達にヘアアイロンを使って貰っていた事を思うとハーフアップに纏めるだけなんて楽な方だけど。


「それって地毛なんだなー。毎朝セットしてるんだと思ってた」


「むしろ二人の真っ直ぐな髪が羨ましいくらいよ」


 プリメラもエルも綺麗な髪質をしている。エルは毛先が少し跳ねてるけど、それも可愛らしい演出だ。プリメラは普段三つ編みをしているから分かりづらいけど元は癖の無いストレートだし、本当に羨ましい。因みにこれは初対面からケイトにも常々思ってる。


「出来た!」

 

 お菓子を摘まむエルと話している内に終わったらしい。プリメラの声は嬉しそうに弾んでいるし、何だか首元が涼しい。


「お団子にしてみたの。マリアちゃん髪が長いから上の方だと重くなるかと思ってアップにはしなかったんだけど」


 あぁ、だからなんか耳の裏に布の感触があるのか。

 ぼこぼこと編まれた髪を辿っていくとシュシュで結われた髪の固まりがあって、片側でお団子にしてくれたらしい。


「簡単だから寝る時にはすぐ外せるよ」


「嬉しい、ありがとう」


 鏡でちゃんと見たいと思って二人に断り席を立つと、タイミング良くコンコンと控え目なノックの音がした。 

 時刻はそれなりだけど特別深い訳でもない普通の夜で、就寝時間もあって無い様な物だから先生の見回りも無い。悲しいかな、私が友人と呼べる相手はここにいる二人だけ。

 訪ねてくる人に心当たりは無いんだけど……。


「はい?」


 不思議に思ったのは友人二人もなのか、三人で目を合わせて首を傾げてしまった。勿論そんな事をしてばかりもいられないし、この合宿場内に居留守を使うべき相手もいないから、疑問符を浮かべてはいるけど特に考えもせずに扉を開けた。

 数分後には心底後悔する事になるんだけどね、居留守を使うか寝たフリしてれば良かったって。

 本当に、私の危機回避能力は降り掛かる危険に比べてポンコツ過ぎる気がするんだけど。


「マリアベル様、ごきげんよう。今よろしいでしょうか……?」


 でもまさか、申し訳なさそうに視線を下げた可愛い女の子がそんな危険を引っ提げてるなんて思わないじゃないか。

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