第六十三話 開始の合図は土の感触
日数分の服と下着、お菓子と筆記用具とポーチにいれた虫除けとか日焼け止めとか。諸々詰めたキャリーバックは先に送って、今から私達中等部一年生は飛行船を使って空の旅。
本日から、二泊三日の新入生合宿です。
「合宿場ってどの辺だっけ?」
「しおりによると、リーティアの領地みたいね」
緑の国と称される『リーティア』は国土のほとんどが山と森で、手付かずの大自然がそのまま残っている場所だ。人が住む地域は限られており、住人の大半は魔物狩りのハンターか未知の植物を求める研究者で占められている。優秀なハンターや研究者は自然とリーティアに集う為、特産品は主に魔物から剥ぎ取った素材とリーティア特有の薬草やそれから作られる薬品。
その為人口の少なさや国自体の規模に比例せず特別視されている国らしい。各国は同盟を結びこの国への侵略や独占を禁じているとか何とか。
正直ゲームではほとんど登場しない国なので情報はしおりに書かれた薄っぺらい物しかないのだが。
魔物が出るど真ん中に合宿場建てるってどうなのよ。勿論防御壁に守られているし、引率の先生も属性に片寄り無く物理攻撃担当の護衛もついているんだけどさ。
「注意事項……防御壁から出ない事、か」
防御壁は基本、術者を中心にドーム状に張られる物だ。空を飛んでいれば卵みたいに前後上下左右を守ってくれる。破られる心配も無くはないが先生方が協力して張った物だ、外部からの攻撃には耐えてくれるだろう。
ただ唯一問題なのは内部からで。
防御壁は外部に対する守りに特化しているせいか、内部から外に出ようとすると簡単に出られてしまう。元々外部からの衝撃に耐える為の物だから当然と言えば当然なのだが。
そのため防御壁内外の境目には近付かない様にと勧告されていた。そんな危険地帯に近付く気など更々無いが。
「合宿場は広いし、境目まで行ってる時間はないと思うよ?」
「それもそうね」
一緒にしおりを見ていたプリメラの言葉に納得して頷く。
確かに、写真で見た限りでもかなり大きな建物だったし、まず一学年全員に一人部屋を割り振れる時点で可笑しい。他にもシアタールームとか体育館とかテニスコートとかもあるらしいし。
「エルは娯楽時間にテニスするって言ってたわね」
「広いコートがあるって聞いたからさ」
「部活で散々動いてるのに、本当に運動が好きね」
「それはプリメラに言ってよ。あたしは陸上があっても選ばないもん」
午前の娯楽時間はそれぞれ好きな物を選んだのだが、プリメラは部活と同じ手芸を選択した。
エルは元々運動が好きな子だし、陸上とテニスは同じ運動でも全く違う。でもプリメラはほとんど毎日部活で縫い物やったり編み物したりしてるのに。
「リーティアはお花も豊富だから、新しい物が作れるかと思ったんだもん」
つまり、材料が違うから同じでは無いと言う事らしい。プリメラ的には手芸の中でもかなり細かく分かれている様だ。
私にはさっぱりだけど趣味と言うのはそれぞれだし、こだわりと言うのは往々にして理解し難かったりするから。
ケイトも花の事になるとそうだもんなー……リーティアに良いのがあったらお土産にでもしようか。
「可愛いのが出来ると良いわね」
「うん!マリアちゃんは演劇観賞だよね?」
「えぇ。カトレア様と話して少し気になったから」
演劇部の王子様であるカトレア様のお芝居がシアタールームで見られると聞いて私は迷わず希望した。
何度もお話してるのに一回も見た事無かったんだよね。普段から紳士的で素敵な方だから、芝居をしている姿も見てみたい。
「私も迷ったんだけど……感想聞かせてね。」
「勿論」
「二人とも外!あれじゃない?」
窓の外を楽しそうに眺めていたエルが私達を手招きして外を指差す。その先を視線で追うと鮮やかな緑に囲まれて佇む木の建物が見えた。
「本当に周りは森なのね」
森とか山とか、上から見る景色の感想は樹海と行った所だ。所々差し色の様にピンクや白が見えるのは恐らく花畑か何かだけど、緑の範囲が広すぎてどれ程の規模なのか想像出来ない。
飛行船が着陸するためにゆっくりと降下していく。それにつれて段々と実物大になっていく合宿場は迫力満点なんですけど……合宿場の周りは事前に聞かされていた通りだけど、合宿場自体の規模が想像と違い過ぎてどうしよう。
合宿なんて名ばかりの旅行みたいな物だ、と思ってはいたが、お金持ちの旅行自体が私の常識を遥かに越えていた様だ。
「結構綺麗な所だな。合宿って聞いたからどんな物かと思ったけど」
「学園の持ち物だからね、お部屋も楽しみ」
皆さんはなれてますね、さすがです。
この中で一番身分も財力もあるはずの私が一番驚いてる不思議……あぁ、中身が平々凡々の一般人だからか。早速ケイトが恋しくなってきた。
「そろそろ先生から集合がかかる頃ね」
少しの浮遊感、エレベーターが止まった時みたいな些細な事だけど、多分着陸が完了したって事だと思う。外の景色も、高みから見下ろす物では無く地面が近い。
そこで先生が手と声を上げた。
「着陸が完了したので、皆さん集合してください!」
旅行は準備と移動が一番楽しいと聞くが、私は今が一番ドキドキしている。
初めて『私』が参加する、初めての学校行事。
高鳴る鼓動も期待に変えて、私は数時間振りの地面を堪能した。




