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第六十二話 平凡で特別な時間

 約束した週末の休日、私達三人はオズタウンにある女性の下着やルームウェア等を取り扱う店に来ていた。

 パジャマを新調すると言うプリメラの希望で、彼女御用達のお店。現在使っている物もここのらしい。可愛いらしいけど、寮が違うから見た事無いんだよね。

 学園にある寮は三つで身分別に分けられている。あ、職員寮入れたら四つか。

 エルやケイト、貴族ではない平民の住まう『天国寮』。

 プリメラを含む伯爵や子爵、男爵の位を持つ者が住まう『王子寮』。

 私を含む公爵や侯爵、王族の者が住まう『太陽寮』。

 グレイ先生は職員寮である『女王寮』。

 見事に分かれたんだよね。夕食の時とかはちょっと寂しかったりする。部屋は在学中変わらないので高等部の生徒も同じ寮内にいるが学年ごとに階や区画を分けているし食堂や大浴場は中等部用と高等部用がある。共有スペースは無く玄関すら別なのでほとんど顔を合わせる事は無い。

 因みに寮の分け方を見て分かる通り、私は王子とツバルと同寮である。王子寮、女王寮とあるのに何故王族が入るのが『太陽寮』なのかは謎と言うか紛らわしいと言うか。

 男女きっちり分けられているし食堂もちょっと時間に気を使えばエンカウント回避楽勝だからこれに関してはそこまでダメージは無い。違ったなら最善だったけど、贅沢は言うまい。

 そう言えばルーナとツバルのルートで太陽寮に侵入するってイベントがあるけど、あれ失敗するとマリアベルが発見して教員にチクるんだよね。

 ツバルはルーナの派生で個別に入るから、このイベントでどっちのルートに進むかが決まり、もし二人共の好感度がルートに入る為の基準値を越してないと失敗になってマリアベルの出番。ヒロインにとってはエンディングの良し悪しに関わる重要な選択肢だが、どっちに転んでも基準は不幸の私にとっちゃ我関せずが望ましい。

 他の攻略対象は侵入イベントなかったはずだし、この二人と恋愛しないでいただけると助かるなぁ。

 一番最高なのは恋愛禁止のアイドル的存在になってくれるか攻略対象外と恋愛してくれるかだけど。


「ね、これどうかな?」


「あたしは可愛いと思うよ。マリアは?」


「私も、プリメラに似合うと思うわ」


 パステルピンクのパジャマワンピースを手にして笑うプリメラは可愛い、癒される。マリアベルの中にいた頃はなかった感覚、過去とは違う体験に考えていた事が溶けていく気がした。

 過去が変わった分、未来も変わってるんだと、そう思えば不安に思っても仕方ない様な気がしてくる。

 特にヒロインに関わる事は、例え起こったとしてもまだまだ先の事。芽を摘み対策を模索は出来ても決定的な対処が出来る訳じゃない。

 ならば今、私がすべき事は。

 彼女達との交流を、思い出を大切に作って行く事、それだけなのでは無いか。

 

「そっか……じゃあ、これにしようかな」


「良いの?私達の意見で決めてしまって」


「うん!折角の合宿だし、二人に決めてもらいたかったから」


 きっと、間違いない。

 少し恥ずかしそうに視線をそらしたプリメラを見て、そう確信する。


「……じゃあ、私も選んで貰おうかしら」


「え、良いの!?」


「ええ。変なのだったら却下するけど」


「大丈夫、うんと似合うのを選ぶから!」


 エルと内緒話をする様に体を寄せ合う二人を見て、私は一層合宿への期待を深めていった。



× × × ×



 三時を過ぎた頃、小腹が空いた私達はカフェで紅茶とケーキを楽しむ事にした。

 流石金持ち校と提携しているだけあって紅茶もケーキもクオリティが高い。私が頼んだのはミルクティーとチーズタルト、どちらも美味です。


「ここ美味しいな」


「見た目も可愛いし、正解だったね」


 二人も満足そうだし、初めて来たお店だけどこれは当たりだったな。買い物も予定していた分は終わったからしばらく休憩させて貰おう。

 ケーキを完食して、話題は現時点での戦利品の事に。


「それにしても、結局マリアちゃんはパジャマ買わなかったね」


「折角あたし達が似合うやつ選んだのにー」


 さっきプリメラがパジャマを買ったお店で、私も彼女達にパジャマを選んでもらった。

 元々プリメラが好むだけあって可愛らしい系統のデザインが売りの店内でどんなのを選んでくれるのかと楽しみにしていたのだが、二人が選んだ物を私は一目みて却下した。


「あんなの着れる訳ないでしょ」


 思い出さなくても記憶に焼き付いてる、パステルカラーな店内では異質な黒。

 二人が選んだのは、真っ黒なネグリジェだった。

 シルクの滑らかな質感が触らずとも分かる光沢に、Vの襟元と浅いスリット部分にあしらわれたレースのリボンが可愛らしくて、センス自体は良いんだと思う。物も可愛いと思うし、似合うと思ってくれた事には素直に感謝します。

 だがしかし、私はまだ中学生なんですよ。例え顔面が大人びて様とつい最近まで学生ですら無かった小娘なんですよ。

 あんなセクシーを全面に押し出してるのなんか着れるか。しかもあれパジャマじゃないだろ、ネグリジェだろ。言葉の意味が同じだろうと私の様な子供にはパジャマで充分。


「何であの可愛さ満点のお店で趣旨変えみたいなやつを選ぶかな」


「あれが一番マリアに似合うと思ったから。デザインは可愛かったじゃん」


「だとしても、あれのコンセプトを知ってる?大人の可愛さ際立たせるってやつなのよ?」


 セクシーな色味とか素材を使いながらデザインは可愛らしかったのはその為だろう。甘い可愛さは幼さと紙一重だけど、あれなら大人としてのセクシーを損なわず可愛さも演出出来ると思う。

 一応学校敷地内なのに何でそんな物売ってんだと思ったけど、職員も利用する街だし、元々学園外にある店の系列店だからね。

 

「子供が大人の可愛さとか、無理してるとか言うレベルじゃないでしょう」


 子供が大人を目指して背伸びをするのは微笑ましいが、今回のはただただ滑稽に見えるだけだと思う。

 身の丈って大事だよー。


「マリアちゃんは可愛らしい感じより綺麗な感じの方が似合うかと思ったし、シンプルな方が好きかと思って」


「肌触りとか品質にこだわりそうとも思ったしね。制服もあんまり凝ってないし今日の服とかもそんな感じ」


「そうかしら?」


 制服は確かに、ほとんど基準服のまま変えてるのは上着になるケープくらい。お母様が可愛いのを沢山作ってくれたから週替わりもしくは日替わりのペースで変えてるけど。

 でも私服はそんなに意識した事無かったな。今日はお出掛けだから恥ずかしくない程度には整えて、淡いグリーンのカットソーに白いミモレ丈のスカート。寒いと困るからカーディガンを持って来てるけど今日は必要なさそう。

 シンプルで、動きやすさと着心地を重要視して服を買ってたけど、それって品質にこだわってるって事でもあるか。言われて初めて気付いた。


「無意識だったみたい、全然気付かなかった」


「意外と見た目に頓着ないもんなー。パッと見だけだと派手なの好きそうなのに」


「よく言われるけど、実際は全然なのよね。お父様もお母様も必要以上に飾るのが苦手な方だったから」


 両親共にそうだが、特にお父様は貴族としての最低ラインを弁えると同時に過剰に飾るのを苦手としていた。私と同じく見た目は物凄く派手、と言うか目立つのに。自分自身が必要以上に目立つからこそ苦手になったとも考えられるが、多分正解。

 分かりやすく絢爛豪華な物よりも、見た目は簡素であっても質が良い物の方を選ぶ。もし私もそうなのだとしたら両親からの影響だろう。


「見た目が派手な分服装まで派手にすると大変なのよ、目に優しくなくて」


「確かに、相乗効果で大変な事になりそう」


 その通りです。実際過去五回のマリアベルは見た目同様派手好きで制服も私服も、持ち物全てが分かりやすく派手だった。私には一切理解出来ない趣味。

 全自動の時は何も出来ないので諦めていたが、私が選択出来る今あの感性は拒否させていただこう。


「そう言えば、生徒会の事はどうなったの?」


「へ?」


 女の子の話題は変わりやすいと言うが、これまたいきなりな展開。

 見学に行った事は二人とも知ってるからそれからどうなったか気になってたんだろう。私もわざわざ報告してなかったし、現実逃避したくて。誰かに言うと輪郭が明確になっちゃう気がしたんだよ。


「見学行ったのも一回だけだったし、返事とかしたのかなって」


「返事はまだだけど……断ろうと思ってる」


「そうなの?」


「うん。やっぱり責任のある立場だし、軽い気持ちじゃ失礼だと思うから」


 嘘じゃない、本当に思ってる。ただ面倒くさい可能性に自ら飛び込みたくないと言う気持ちの方が大きいだけで。

 

「まぁ、色々大変だろうからね。今年は特にルーナ王子も含めて身分も見た目も良い人ばっかりだから何かと注目されてるし」


「注目?」


「主に女の子から」


「あぁ、なるほど」


 皆まで言わずとも察する事が出来る。権力に加え顔面偏差値まで高いとは、肉食女子には生唾必至の物件だろう。特に令嬢は肉食と草食ががっつり分かれる。

 プリメラやお母様の様におしとやかで上品な草食タイプ。

 マリアベルの様に蝶よ花よと持て囃された結果自分に絶対の自信を持っている肉食タイプ。

 マリアベルほど極端な者がいるかは分からないが、ある程度自分に自信がある人間なら生徒会と言う楽園を見過ごす訳がない。

 うん、やっぱり断ろう。何が悲しくて興味もない連中を取り巻く獣の群れに飛び込まねばならんのだ。


「合宿が終わったら断りに行くつもりよ」


「そうだね、合宿の準備もあるし」


 多分私の準備は一日も使わず終わるだろうけどねー。

 一応ギリギリまで悩みましたって状況にしたいのと、嫌な事を先送りにしたいだけで。後は一応他に良い断り文句がないか考えたいし。


「っと……そろそろ出ようか」


「あ、そうだね。マリアちゃんも大丈夫?」


「えぇ、お腹も満たされたわ」


 エルが時計に視線を向けてそう言ったのを切っ掛けに動き始める。

 気が付いたらケーキだけじゃなくて紅茶も飲み干しテーブルの上は空っぽの食器だけになっていた。

 元々の小腹を満たす目的は達成されたし、完食したのに居座るのも申し訳ない。

 給仕さんを呼んでお金を払うと私達は店を出た。


「二人は行きたい所とかある?」


「私は一番に付き合ってもらったから、次は二人の買い物にお供するよ」


「私は特に……後は合宿で二人と食べるお菓子くらいかしら」


 服は持っている物で間に合っているし、アメニティも合宿場ので問題ない。

 後は合宿の行き道や夜に食べるおやつだけだが、それは最後の方が良いだろう。


「じゃあさ、雑貨屋見てもいい?部屋で使ってるピンが壊れそうだから買っとこうと思って」


「良いね!私も新しいの買おうかなぁ」


 元々可愛い髪飾りとかアクセサリーが好きなプリメラは楽しそうに声をあげた。

 私も一応合宿だし、食料調達のクイズは多少なりとも動くだろうからシュシュか何か買っておこうかな。


「じゃあ次は雑貨屋ね!他にも行きたいところ出来たらすぐ言ってよー」


「はーい」


 元気よく歩き出したエルを穏やかに笑うプリメラが追いかけて、私はその隣を歩く。

 プリメラもエルも私に気を使う感じが全然なくて、それが凄く心地いい。ケイトとは違うけど、ケイトと同じ安心感がある気がした。

 打算がなくて、私に余計な期待をしていないのがよく分かるからかな。

 きっと彼女達は私がどんな人間でも、例えテンペストの令嬢じゃなくなっても落胆したりはしないだろう。性格が合わないからと友人から知り合いにクラスチェンジはされるかもしれないけど。

 その時はきっと、私も彼女達から離れ様と思っているだろう。その対等な関係が嬉しかった。

 

「あ、これ良さそう」


「エルちゃん、ならこっちの色の方が似合うと思う」


「そう?じゃあそれにしようかな」


「あ、マリアちゃん!どうせなら二つ買ってツインテールにしたら?きっと可愛いよ」


「ツインテール……上手く出来ないのよ」


「マリアちゃんさえ良ければ私がやるよ?」


「あら、お願い出来る?」


「勿論!」


 雑貨屋さんで思った以上に盛り上がってしまい、結局他のお店は見ずに帰り道でお菓子を買うと帰宅時間になっていた。

 そうして、女友達との初めてのお出掛けは幕を閉じた。

 私の戦利品はシュシュが二つとお菓子だけだったけど、とても充実した一日だったと思う。

 帰り道も、一人になってからも、何だか頭と心臓の辺りが温かかったから。

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