第五十九話 ノーと言えない悪役もどき
「書記の仕事は記録が主です。後はイベント時のプリントやしおりの作成、会議があれば議事録も取ります」
見学と言う名目上、ツバルやルーナへの警戒ばかりしていられない。入る入らないはともかく……いや、全力で入らない方向を突き進むつもりだが、それでも今日は見学をしに来たのだ。
折角説明をしてくれているトーマ様にも失礼だし、出来れば集中して他の事に思考を割かないようにしたい。
「ほとんどが手書きですが、量が多かったり等難しい場合はタイプライターを使います。タイプライターを使ったことは?」
「いえ、一度も……でも使い方は分かりますよ」
タイプライター……お父様やオルセーヌさんが使っているのは見た事あるけど、私は一度も使ったことがない。タイプライターが必要なほどの書き物はしないし。
なら何故使い方を知っているかと言われれば、過去五周で培った知識ゆえだ。とは言えそこまで頻繁に使っていたわけではないから使いこなせる気はしないけど。
「今日はこの間の議事録を清書するくらいで、大した仕事はないんです。詰まらないかもしれませんが……この椅子に掛けて見ていてください」
そう言ったトーマ様は自分の机に簡易な椅子を引き寄せると、私にそこへ座るよう促した。
簡易と言っても光沢のある木の質感とかふかふかのクッションとか、高級感が漂っている。少なくとも学校の生徒会室には似つかわしくない程度には。
本当、金のかけ方一回見直した方が良いんじゃない?
「あぁ、お茶のおかわりなんかはそのベルを鳴らせば給仕の者が来ますので」
至れり尽くせりですね。ここは実家か。
それだけ言うとトーマ様は仕事の没頭し、タイプライターを叩く音だけが耳に届く。
見学と言ったって、私は断る気満々だしな。機密云々で外堀を埋められない様に出来るだけ視線をトーマ様の手元に集中させるくらいで、やる事がないと言うのは暇だ。
それに天敵が同じ空間にいるから一々動作に気を使わなきゃいけないし。弱味を欠片でも見せたら、どんな仕打ちをされるか……私の中での扱いが犯罪者みたくなってきたな。改める気は毛頭無いが。
あ、私の天敵が誰だかは、皆さん分かってますよね?
水色で腹黒で闇に包まれし病んでる方ですよ?
顔面だけならユリウス様のが圧倒的に怖そうなのに……本当、人は見た目だけじゃないよね!
そんな事を考えながら見学する事……一時間、くらい。天敵を意識しすぎてか、短時間ジッとしていただけなのに筋肉痛みたいな鈍い痛みを感じ始めた頃。
集中と言うよりはぼんやりしていて周囲に意識が向いていなかった私の肩に大きな手が乗った。
「テンペスト嬢、そろそろ帰っていいぞ」
「ユリウス様」
「見学はもう充分だろ。書記の仕事は単純作業だし、後は入る事になってから教えっから」
「はい、分かりました」
やっと帰れる……たかが一時間とはいえ、何もせずにただ見ているだけと言うのは作業をするよりも疲れると思う。主に精神が。
「入るかどうかはじっくり考えてくれていいが……今月末には役員名簿が作られるから、それまでに頼む」
名簿……あぁ、作ってたな。冊子にプラスして歴代の校長先生みたいに写真飾られたり。
今月末……一ヶ月くらいか。断る口実を考えるには充分な時間……今の所何にも思い付いていないけど。
「じゃ、今日はありがとな。カトレアには俺から話しとくから……ちゃんと断れよ」
「え……?」
最後の一言だけ周りに聞こえない様に小声だったけど、すぐ目の前にいた私にはしっかり聞こえていた。
断るって……いや断るつもりではいたんだけど、何でバレてるの!?顔に出てた?でも顔に出るほど入りたくないって思ったのはツバルがいるって知ってからだし……!
もしかして、相当嫌そうな顔をしていたんだろうか。だとしたら確実に本人にバレてると思う。病んでる所が大放出されてるけど、一応キャラ設定『策士』な奴だから。
そんな奴に啖呵と喧嘩を叩き付けた事実に胃痛が振り返しそう……。
「……えっと、考えておきます」
結局ツバルへの対応とか諸々を思い出すのに必死で、カスカスに乾いた声で苦し紛れの返答する事しか出来なかった。
ツバルへの印象が悪くなる事に興味はないが、下手に嫌われてヒロイン関係無く死亡フラグにご案内されるのは勘弁願いたい。
……もう遅い気は、ちょっとしてるけど。




