第五十一話 甘くて可愛いお友だち
次の日の朝、普通に登校するとエルメールもプリメラもまだ来ていなかった。
安心するような、ただ緊張の時間を延ばされただけのような……。
昨日やらかした事は後悔していないけど、微妙に反省はしてる。内容と言うより場所の関係で。
後で思い出したけど、食堂だったんだよ。人目バリバリありますよ。ただでさえ私噂になってるらしいのに!
周りが見えなくなるのは私の悪い癖だ。反省せねば……。
「ごきげんよう、マリアベル様」
「ごっ、きげんよう、プリメラ様……エルメール様も」
「……おはよう」
来よった……!同じクラスだから当然来るんだけど、もうちょっと心の準備期間を頂きたかった。
いやもう言っても仕方ないんだけどさ。
とりあえず私からは何も言えず、黙るしかない。言いたい事は昨日全部ぶっちゃけたし、良し悪しはともかく判定は全面的に委ねてしまっている身だ。
「今日は裏庭の方にいきませんか?」
「……はい?」
え、何がですか?主語は大事、って私もよくケイトに言われるけどあれ本当だね。
私の困惑をよそにプリメラはにこにこ楽しそうに笑ってるし……誰か説明プリーズ。
「プリメラ、ちゃんと説明しないと」
「え?」
エルメールに指摘されてもきょとんとするだけ。
もしかしてプリメラ天然疑惑です。うん、おっとりしてそうだとは思ってたけど……可愛いし良いか。
「お昼の事、今日は裏庭で食べようって……あんたの分もお弁当作ってきたから」
「え……」
今度は私がきょとんとする番ですか。
まさかの展開……エルメールの表情は固いけど、プリメラはにこにこしてるし、悪い方向では無さそうだけど。
でもごめん、ついてはいけてない。
「えっと……」
どうすればいいんだろ……この場合の返答の正解って何?
対人スキルが底辺な私には難関過ぎるんだが!
「……とにかく、今日のお昼に予定は?」
「それは無いけど」
「なら……一緒に食べよう」
私が答えに困っているのに気付いたのか、答えを簡潔化してくれた。
『はい』か『いいえ』の二択、予定が無いって先に言っちゃったから一択な気がしなくもないけど。
どちらにしろ、私の選択肢は初めから決まっている。
「勿論、喜んで」
こう言うのを、願ったり叶ったりって言うのかな?
もしくは、鴨が葱を背負って来るとか。
× × × ×
その後の授業は、ほとんど頭に入ってません。
まだ入学したてだから大丈夫だろうけど……この油断が今後の学力に大きく影響するって言う、通信教育漫画のフラグだよね。
うん、明日から頑張ります。落ちこぼれたら困るのは私だからね。
「プリメラは先に行って場所取っておいてよ、あたし達はお弁当運ぶのにゆっくり行くから」
「えぇ……それじゃあマリアベル様、先に行ってますね」
そう言うエルメールに、納得したらしいプリメラは敷物と飲み物が入った鞄だけを持って先に行ってしまった。
はい、エルメールと二人きり。急すぎて心の準備ゼロなんだけども。
多分わざとこうなる様にプリメラを先に行かせたんだろう。じゃなきゃこんなだだっ広い敷地、しかも人の少ない裏庭にわざわざ場所取りなんて必要ない。
プリメラは気付いてないのか、エルメールから前もって聞いているのか……朝の感じだと前者な気がする。
「それじゃあこっち、持って」
「えぇ、分かったわ」
渡されたのは、カントリー調のバスケット。エルメールも同じのを持ってるから、三人分の昼食を二つに分けたのか。
三人分にしては大きいけど……結構食べるのかな?昨日は頼んだだけで一緒に食べなかったから食事量までわからなかったからなぁ。
「……昨日」
「へ?」
思いっきりバスケットに気を取られてた。授業受けてお腹空いてるしな……歩き始めてずっと無言だったから他の事に意識向けたかったのもある。
「昨日の事、あの後考えた。プリメラにも言われたし」
「プリメラ……?」
「あたしが距離置こうとしてたのに気付いたんだって。で、幼馴染みなのに……身分で離れるなんて嫌だって」
「……プリメラも、あなたが大切なのよ。あなたと同じ様にね」
大事だから離れたくない、大事だから離れた方が良い。
どちらも相手を大事に想う気持ちは同じで、きっとどちらも正しいと思う。その気持ちに優劣も善悪も無くて、関係のない人間が『間違っている』と言う事こそ間違いだ。
ただ私が共感出来る、私が選ぶだろう道は一つだけど。
「プリメラにも同じ事を言われたよ」
はは、とエルメールは声を上げて笑った。
笑った顔……初めてかも。苦笑いみたいな、なんか考えてる感じのだったらあるけど、こんな屈託のない感じのは。
暗い感じの表情ばっかだったけど、笑うとちゃんと可愛いなぁ……活発な印象なまま、口を半月みたいに大きく開けて笑う感じ。
「だから……あんたの言う事には、納得させられた。貴族とか関係なく、あんたには好感も持てたよ」
ん……なんか好感度上がってる?
「でもあんたと友達になりたいかって言われたら……正直分からない」
うん、ですよね。
結構好き勝手言ったし、好感度を上げたのは所詮ただの発言だ。
言うだけはタダ、口先だけならどうとでも言える。
特に貴族の言葉は大きな意味を持つと同時に反故にされる事の方が多いから、子供だからって侮れない。
平民にとって、貴族を『言葉』だけで判断するのは自殺行為だ。もしくは馬鹿が付く程のお人好し。
過去五回の経験を経て、その辺は痛いほど身に染みている。裏切り策略、ついでに冤罪も経験しているから、正直そこいらの平和に生きてる平民よりもよっぽどシビアだと思います。死活問題ですし、実際死んだし。
「だから、これから決めていこうと思う。好きになるか嫌いになるか、あんたと話して決めていく。文句無いよね?」
エルメールの言葉は、まだ甘く可愛らしい物だ。
本当なら警戒している貴族にあんな好き勝手言われたら腹を立てるだろう、貴族相手だから仕返しは出来ないにしても関わりを絶つくらいはしても良いと思う。
実際、私はしたよ、ツバル相手に。がっつり仕返ししたし捨て台詞も残しましたよ。そして現在進行形で関わりを絶ちたくてもがいている。
それを思うと、エルメールはやっぱりまだ甘い。多分元々の性格が素直でさっぱりしてるんだろう、人を嫌うのになれてないし、言われた事をまずはきちんと受け取って考える。
甘いと思う。甘いとは思うけど、同じだけ好感も持てた。
ぼっち回避とか関係なく、友達になれたらいいな、なんて思うくらい。
「えぇ、勿論!」
お互い笑い合って、少しだけ歩みを早めた。
プリメラを待たせているし、どうせなら皆で笑ってご飯を食べたい。
まだまだ仮の友達だけど、心は思ったよりも晴れやかだった。




