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第三十九話 嬉しいとか絶対言わない

 着々と過ぎていく時間の中で、入学の準備は順調に進んでいた。

 元々制服の採寸が済んでしまえば後必要なのは三つ。

 教科書、送られてくるので問題無し。

 模擬杖(モデル)、持ってるので問題無し。

 筆記用具、今持ってるので問題無し。

 因みに鞄やお財布等の布物は今制服と共に仕立屋さんに頼んである。お金の無駄遣いな気もするが、実は今まで鞄や財布などを必要としなかった為一つも持っていなかったのだ。

 パーティー用の小さいやつならあるけど……あれは鞄ではない飾りだ。あんなの日常では使えない。機能性ゼロなんだもん。

 仕立屋さんに頼んだのが出来上がり、教材類が届いたら入学準備は完璧。


 続いては引っ越し準備の方。

 アヴァントール学園の寮は入ると、特別な理由でも無い限り高等部卒業まで部屋が変わる事はない。貴族の集う金持ち学園故か、新入生だろうと一人部屋が与えられる。

 内装は自由。ほとんどの人が各々好みの物を揃えているが私は希望して学園側に丸投げした。他にもやらなきゃいけない事は沢山あるので家具にまでこだわってられない。派手すぎなければ特に文句は無いし。

 そう言えばマリアベルはすっごい絢爛豪華な成金趣味だったなぁ……一ミリたりとも安らげなかった。目がチカチカして、マリアベルの趣味を心から疑った。


 ともかく、家具については問題無し。一つ手間が省けて助かった。

 学園に進学しても……いや、したからこそ貴族の令嬢に相応しい姿が要求される。礼儀作法は勿論、着る物も重要だ。

 そうなると、必然的に持っていかなければならない洋服が……かさ張る上に量も多い。週末や長期休みに帰って来た時のため、ある程度家にも残していかなければならないし、最終手段は『新しく作る』事になってしまう。

 何でこう、普段着れないドレスほどかさ張るわ繊細だわで場所を取るのか。型を気にして畳めなかったり、引っ掛かるといけないから他と一緒にはまとめられなかったり、装飾品だって数が多いしドレスよりも気を使うし……年に一度着るか着ないかの物になんでこんな振り回されなきゃならんのか。

 普段着の方が量多いはずなのに纏めるとドレスの方が多く見えるってなんなの?どんだけかさ張ってんの?私の普段着もそれなりに良いものばっかりだよ?デザインは私の希望でシンプルにしてもらった……はずだけど。少なくとも前のマリアベルよりは。


 荷造りを終える頃には、入学まで一ヶ月を切っていた。



× × × ×



「はぁ……」


「幸せ逃げるよ」


「えぇ、これから逃げる一方よ」


「そういう事じゃ無いんだけど……」


 準備をしている時は良かった。現実を直視させられはするが、なんだかんだで作業に集中していられたから。

 する事が無いとより実感してしまう、一分一秒地獄へと近付いている感じがして辛い。


「一応俺、仕事中なんですけど?」


「おじさんのお手伝いじゃない」


「見習いと言え」


 私より一つ上のケイトは小学校を卒業するとすぐおじさんの仕事を手伝うようになった。

 いつかはお父さんと同じ我が家の庭師になるらしいが、今はまだ見習いの期間中。それもつい最近座学を終えたばかりなので実技はまだまだド新人。


「お昼休憩なさい。おじさんから一時間ならって聞いてるわ」


「余計な事を……」


「ご飯の用意は出来てるわよ」


「はいはい……」


 ため息を吐きながら用意した、なんとも縁起の悪い昼食だが私の運勢はこれ以上下がりようがないので気にしない。

 因みにここはいつもの薔薇園ではなく、沢山の花が咲き誇る庭園の一角。白い丸みをおびた屋根の下にカフェスペースが設けられた、所謂ガゼボ。

 用意したのは軽食、サンドウィッチとデザートが三種類。デザートの方に力をいれたのは私の希望です。女の子は甘いものと可愛いもので出来てるって、誰かも言ってたしさ!


「ん、うまい」


「でしょ?今日のは私が手伝ったのよ」


「珍しい。コックがよく許したな」


「だって……もうすぐこんな風に一緒に食べたり出来なくなるんだもの」


 後一月(ひとつき)もしない内に私はアヴァントール学園へ旅立つ。そうなればこうして共にご飯を食べたり、薔薇園でのお茶会も簡単には出来なくなる。

 愚痴とかも、聞いてもらえなくなるんだよなぁ……ストレスで胃に穴があいたらどうしよう。


「にしても、マリア料理出来たんだ?」


「コックにも手伝ってもらったし、サンドウィッチくらいなら作れるわよ」


「普通の貴族はサンドウィッチすら作れないもんだけどな」


 普通に話しているこの時間も後少しだと思うと感慨深い。サンドウィッチの減る速度も遅くなる。

 寂しい……のもあるし、心細いのもあるか。馬鹿にされそうだから言わないけど。

 そんな事を考えながら私が一つのサンドウィッチをちみちみ食べ進める間に、ケイトは四つも平らげていた。休憩は一時間だから、私と話したりする時間も含めるとゆっくりもしていられないのだろう。

 どうでもいいけど、食べるようになったなぁ。前は同じくらいの量を同じ時間をかけて食べてたのに。


「ごっそーさん。美味かった」


「お粗末様です。ケイト最近よく食べるね」


「そうか?マリアが少ないんだろ」


「私は変わってないよ」


 成長期?でも身長とかは特に変わってない気がするし……顔立ちはちょっと大人びてきたけど。

 いつまでも同じではいられない、それを突き付けられているみたいだ。私にケイトが成長して見えるように、ケイトにも私が少しずつ変わっていっているように見えるだろう。

 学園に入れば帰ってこられる期間は限られてるし……次に会う時には『誰だこいつ』みたいになるのかなぁ、お互い。

 そう思うと何となく離れがたくて、空っぽになったお皿を片付ける気になれなかった。


「マリア様、こちらにいらしたんですね」


「リンダ先生!」


 その気になろうがならまいが、時間は平等なんですけどね。

 私がぐずぐずしている内に、ケイトの仕事ではなく私の家庭教師の時間になってしまったらしい。

 ゆっくりとした足取りで屋敷から出てきたリンダ先生の口振りからして、部屋にいない私を探してくれていたらしい。


「ごめんなさい、時間を確認していませんでした」


「いいえ、私が早く来すぎてしまっただけですわ」


 足取りと同じく、ゆっくりとした口調でそう言ったリンダ先生は怒っている様子はなく。先生が探しにくるまで誰も呼びに来なかった事を考えても、どうやら私が時間に遅れたわけではないらしい。


「今日は魔法の実技ですし、中庭の方に参りましょう。杖はお持ちですか?」


「はい」


「ではこのまま中庭に向かいましょうか」


 本当はケイトの仕事を眺めているだけは暇だし、ちょっと自習でもしようと思って持ったきたんだけど、結局ため息をついていただけで終わっちゃった。

 もうすぐ中等部に上がるし、今の内に学べるものは学んでおきたい。


「それじゃあケイト、またね!」


 出来るだけ明るく、笑顔を心がけて立ち上がった。

 私が家を出る時には見送りに来てくれる、と言うか来いと言ってあるからこれが別れにはならないけど。もうあんまり時間はないから、どうせならしんみりせず笑っていたい。しんみりとか、私にもケイトにも似合わないし。

 今生の別れにはならない……はず。私が向かうのは死亡フラグの所在地だから断言できない。いや、全力で回避はするつもりだけどさ。


「あ、おい、杖忘れてる!」


「え?」


 リンダ先生に小走りで向かっていると、さっき背を向けたばかりのケイトから声をかけられた。

 言葉に急いで振り返り、杖を持っていた……はずの手には何も握られていなかった。

 ケイトに『いつも通り』を心掛けるのに必死で杖を持ってくるのを忘れるとは……不覚。


「さっき話してたばっかなのになんで忘れるの」


 言葉と一緒にと思いっきり呆れてますって主張したため息を吐かれた。

 うぅ……言い返せないのが辛い。表情作るのに必死すぎて今から使う道具忘れるなんて、自分でもびっくりだわ。


「ほら、気を付けなよ」


「ごめん、ありがと──」


 う、が出なかった。出せなかったとも言える。

 杖を取ってくれたケイトが私に渡そうと腕をこちらに向けて出した、時。

 突然杖が光って、次の瞬間には杖が見えないほどの花束がケイトの手にあった。

 ピンクと黄色の薔薇を真ん中にスターチス、マーガレット、ライラック、金盞花(キンセンカ)。統一性ゼロだな。花だけでなく(つる)みたいなのもあって、多分アイビーだと思う。庭師のお父さんの影響で花に詳しいケイトと一緒にいる内に私も多少は花の知識がある。ケイトに比べたら大したこと無いから自信はないけど。

 思わず花に意識を向けて逃避してみたけど……そろそろ限界だ。ケイトは花束を私に突き出す形で固まっている。

 杖の先から花を出すのは私も学んだ、魔法実技の基礎の一つである。属性魔法にも通じる、文字通り基礎。

 でもそれは、杖の先に花を一つ咲かせるだけであってこんな花束を形成する程ではない。


「な、に……これ」


「……これって」


 ケイトは呆然として事態を飲み込めていないみたいだが……私は、一つ心当たりがあった。

 リンダ先生との授業で学んだ、植物に通ずる力。『それ』を極めれば未知の植物すら産み出せると言う。

 でも、それをケイトが持っているはず無いのに。


 思い出す。こんな出来事、前にもあったよね。

 そう、グレイ先生がいた頃に。


「……リンダ先生、あの」

「ご当主様と、彼のお父様を呼んできますね」


 さすが、ただ驚いて現実を逃避していた私と違ってリンダ先生は冷静だ。多分、呆然としている私達を置いていけなかったんだろう。

 私が復活したのを見て、いつも通りの笑顔と口調を崩すことなく一礼すると屋敷の中へ去っていった。


 ……え、ケイトの事は丸投げ?

 まぁ良いんだけどさ。


「……ケイト、腕平気?」


「……ちょっと辛い、重い」


「でしょうね。とりあえず座りましょう」


 ケイトの手から花束と杖を一度受け取って、花束だけ再びケイトに渡した。

 ケイトから杖を離しても、そして杖から花束を離しても枯れないと言うことは、私の予想はほぼ的中していると言うことだろう。

 まだ混乱が残っているケイトをガゼボに押し込んで、花束はテーブルに置いた。


「大丈夫?気分とかは平気?」


「あぁ、それは全然……ちょっと、混乱してるだけ」


「無理もないわ、私も驚いたもの」


「……これって、さ」


「多分、ケイトの思っている通りよ」


 ケイトはグレイ先生の事を知っていて、私に付き合わされていた事で魔法の知識もある。だからさっき起こった事がどこにイコールするのかが想像できたのだろう。


「リンダ先生がお父様達を呼びにいっているわ。検査をしてみないと断定は出来ないけど……多分、間違いない」


「……だよな」


「大丈夫……じゃない、わよね」


「いや、驚いたけど……それだけ」


 肝座りすぎじゃない?

 強がっているだけかとも思ったけど……ケイトの目は不安どころか疑問の色もない。


「なるようになる……って所かな。考え込んでも良いこと無いのはマリア見てたら学ぶよ」


「私の心配を返せ」


 さらっとディスりやがったなこいつ。私の優しさを踏みにじったな。いつも通りを装ったケイトの優しさだとか思ってやらないぞ絶対に。


「大丈夫、悪いようにはならないから」


「何その自信」


「衝撃よりも、マリアと同じ所に行けるって方が重要」


「っ……まだ、確実じゃないんだからね」


「わかってるよ」


 腹立つ笑い方だ。絶対私の反応を楽しんでるって笑い方。仕返ししてやりたいけど、それすらも笑って流されそうだから止めた。


 その後、お父様とケイトのお父さんが来て、ケイトは検査に連れていかれた。私はリンダ先生と授業があったから置いて行かれた。一緒に行きたいって主張したのに……お父様でもおじさんでもなく、ケイトに「いらない」って言われたら行けないよね。


 検査の結果が出たのは夜になってからだった。

 翌日から大急ぎで入学入寮を準備に取り掛かったのは、言うまでもないだろう。

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