第三十六話 可愛いは正義
始まった『お茶会』は初めこそネリエルの緊張で空気が重たかったけど、次第になれてきたのか言葉数は少なくとも雰囲気自体は柔らかくなってきたと思う。
と言うより私とケイトのやり取りに驚いてそれどころじゃなくなったって感じかな。
「マリア、溢してる」
「ん?」
「こーこ。あぁその手で拭かないで」
シュークリームに夢中にはなっていたら口の端にクリームがついていたらしい。ケイトが自分の口元をとんとんとして教えてくれたけど、私が拭く前にケイトの指がクリームを拭っていった。
ケイトの言葉に両手を見たら、パウダーとクリームで白くなっていた。
うん、ありがとうケイト。
「ネリエルは、おかわりいる?」
「あ、いえ、僕は自分で……っ」
「ついでだから、遠慮しなくていい」
「あ……ありがとう、ございます」
「ん、どういたしまして」
……何か、いい傾向?
ケイトのマイペースさに振り回されている感じがしなくもないけど、少なくとも前よりはちゃんと話せてる気がするし。
何よりちゃんと目を見て……いるように見える。頭が揺れてないから挙動不審にも見えないし!
「マリア、ぼーっとしてたらまた溢すよ」
「え、あ、うん!」
二人を観察しすぎてカップを口につける前に傾けてた……危ない危ない。
「……あの」
「ん?」
「お二人、は……出会ってから、長いんですか?」
言いづらそうにもごもごしてるから何かと思ったけど、予想外の質問。まぁ言い方がしどろもどろなのは元からだけど。
思わずケイトと二人してきょとんとしてしまった。
「うーん……四歳の時から、だから六年くらいかな」
「長いと言えば長いかもね」
年数的にはそうでもないけど私達の年齢を考えると長い。人生の半分はケイトと一緒、って事だもんね。
そう思うとケイトにはお世話になりっぱなしな気がする。今回の事も含めて。
「六年、ですか……」
「どうしてですか?」
「お二人は、とても仲良しで……やっぱり、過ごした時間なのかな、と」
言葉と共に段々と頭が下がっていく。落ち込んでいる……のかな?落ち込んでるのがデフォルトみたいな人だから判断に困るけど。
「うーん……それは、どうかしら」
「え……」
「俺達会った時からこんな感じだよ」
うん、そうなんだよ。幼馴染み歴六年の間で増えたのは私達の親密さではなくただの時間だった気がする。勿論信頼感は今の方がずっと強いけど。
と言うか、サラッと答えてるけどさ。
「元々ケイトは私を敬う気なんてないもの。気を遣うだけ損だわ」
なんせ頑張って被ってた猫を気持ち悪いと両断した奴だからな。その前にボロ出したのは私だけど。
「そ、そうなん、ですか……」
「だからあんたも、あんまり気にしなくていい」
「それ私の台詞」
でも確かにその通りだ。
「友達になったから気安くなるのも事実だけど、友達になるために気安く接するのも事実よ」
私とケイトを見て、六年の歴史を知って、自分には無理だとでも思ったのか。確かに私達の関係性は六年と言う月日が作ったものだけど、それとネリエルは別だ。
「だからあまり気を張らないで。まずは楽にして、ネリエルの思う通りを言葉にすればいいの。それで怒られたり悲しませたりしたら謝ればいいし、どうしても合わなければ離れたらいい」
……何で私、こんな友達作りのアドバイスみたいな事してんだろ。本来の目的と離れていってる?
確かにネリエルと友達なろうって言う計画ではあるけど、何だかずれていってると思うのは気のせいだろうか……うん、気のせいだと思おう。他に案がある訳じゃないし。
「とりあえず、私の事はマリアと呼んでね」
「え……えぇっ!?」
「諦めろネリエル、マリアは言い出したら聞かないから」
まずは形から。呼び方が変わると一気に親近感出たりするし、大事な事ですよ!
「え、っと……マリア、様……?」
「惜しい、様は要らないわ」
「い、いえ、それは……っ」
「私もネリエルと呼ぶから、ね?」
「うぅ……」
めっちゃ困ってらっしゃいますね。
だからって引きはしませんが。
にらめっこの様に二人して目を反らす事なく見つめ合う。先に笑ったら負けではなく、先に折れた方が負け。
決着は数秒で決まった。勝者は勿論、私。
「…………マリア、ちゃん」
ネリエルは顔を真っ赤にさせて、恥ずかしそうに小さな声で私の名を呼んだ。
どうしよう……めちゃくちゃ可愛い。元々可愛い分類のキャラクターだしな。髪と眼鏡で隠れた素顔を知ってるから余計に。
何よりあのツバルの後だ。あいつの後にこの可愛さは荒んだ心を癒してくれる。逆にツバルに対する苦手意識は倍増だけど、それはあいつの自業自得だ。
そう言えば、私歳下と関わる事ほとんど無いからなぁ……今まで出会った攻略対象は皆歳上だし、一番傍にいるケイトも一応歳上だ。
そう思うとさらに可愛さが増してくる気がする……同時に、ちょっとした欲求も。
「ネリエル……ちょっとお姉ちゃんって呼んでみてくれない?」
「やめろアホ」




