第三十一 病みたいなら一人でどうぞ
狙いは爪先、出来るだけの先の方で小指がベスト。
「い、ッ……!?」
脳内練習数回の末、私はツバルの爪先をかかとで加減無く踏んづけた。
低いけどヒールあるやつで良かった。ピンヒールが理想だったけど九歳には履けないし。代わりに全体重をかけたから痛さはいい線行ってると思う。
実際ツバルは踏まれた衝撃で数歩後ろによろめいたし、踏まれた方の足を上げて片足で立っている。理想通りのダメージを受けてくれたようで嬉しいよ。
私を追い詰めていた体が離れた事で、今度は私がツバルを追い詰めるように一歩前へと踏み出した。
「ツバル」
「っ……」
腕を組み、仁王立ちで呼び捨てにすると、ツバルも負けじと睨み返してきた。
うん、相変わらず恐ろしい表情がお似合いですね。何度も見ましたよ、あなたのルートで。心の中ではいっつもビビってた。マリアベルは気付いてなかったみたいだけど。マリアベルってある意味ヒロインよりも鈍いんじゃないかな。
そんな鈍さが移ったのか、それとも私が強くなったのか。多分後者かな、今は全く怖くないよ。
だって私、怒ってるし。面倒臭がりだしできるだけ平和に生きたいけど、別に私博愛精神に富んだ聖母様じゃないから。
「あなたが貴族に対してどんな感情を抱いているかは知っています」
「は?何を──」
「最後まで聞け口を挟むな」
あんたはついさっき好き勝手に言った所でしょ?次は私の番、邪魔すんな。
「あなたが貴族を嫌いな事も、そこに至るまでの理由も、ある程度把握しています……ですが、正直どうでもいいし興味ないです」
気の毒だなぁとは思う。ミリアンダ侯爵の仕打ちは最低だし、あの外道侯爵にはいつか天罰下れとは思う。
でもそれ、私に関係ある?無いよね?
なのに何で私があんたの八つ当たりを甘んじて受けなきゃならないの。同情と許容はイコールじゃねぇんだよふざけんな。
「っ、お前に何が分かる……!」
「そっくりそのままブーメランだボケ」
あ、つい本音が……まぁ良いや。
「あなたこそ、私の何を知っているのかしら」
公爵家の令嬢で、貴族に夢見る理想主義。
ツバルの中の私なんてそんなもんだろう。ツバルだけでなく、お父様やお母様にとっても大差は無いと思う。
公爵家の令嬢、マリアベル・テンペスト。人から見た私は普通じゃない所もあるけど普通なことだって多い、通常の人間。
公爵家と言う繭に護られて、幸せと共に眠るお姫様。
それが私の器で、殻で、一方面から見た事実でもあるけど。
「あなたは何も知らない。だから私の言葉が夢に溺れて現実を見ない理想主義の発言に聞こえるのよ」
何度やり直したと思う。
幸せの無い人生を何度経験したと思う。
何もしていないのに、何も出来ないのに、何度『お前達』に罵倒されたと思う。
「一面しか見ていないくせに全てを知った気になって、思い込んで暴走して最後は八つ当たりだなんて」
初めて目覚めた瞬間の恐怖が。
終わりがないと気付いた時の恐怖が。
待ち受ける先に、幸せが無いと知った時の恐怖が。
「無様にも程があるわね」
私を作り上げたのも歴とした真実だ。
「私の言葉をどう受けとるかはあなたの勝手よ。ただの偽善だと思いたければそうなさい」
何度も繰り返した中で培われた私の思想。
届かないなら、それでも良い。
「盲目でいる事は楽でしょう。あなたがそれを望むなら私は何も言いません、ですが……私のいないところで、お願いしますね?」
ツバルがこれからどうなろうと、私は一ミリの興味もない。ヒロインとくっつこうがフラれようが一切関わらない。
だから金輪際私を巻き込まないでください。
それを捨て台詞に、私はツバルをその場に放置して去った。
お父様とお母様と合流して、何事も無かったかのように帰宅した。ルーナ王子と話した事は報告しなかった。ツバルとのやり取りは……報告できる訳がない。




