第二十七話 恐怖の後だから余計に嬉しい
恐ろしく精神を磨耗したルーナ王子の誕生パーティーから数ヵ月。
ツバルとルーナ王子と関わった事が心配だったけど、特に現状が変わることもなかった。ただ私宛に薔薇の花束がツバル名義で贈られてきた時は戦慄したけど、どうやらフランシア様の件に対する物らしい。
ルーナ王子からじゃなかったのは不思議だったが、王子から花束なんて余計な詮索を招きかねない。それを考えたらまだ侯爵家のツバルからで良かったと思うべきだろう。
贈り主に関係なく薔薇は綺麗だし、ケイトのお父さんに任せたら綺麗に花瓶に生けてくれた。
部屋に飾ろう……と思ったけど相手が相手で怖かったから、私の入り浸り先である薔薇園に置くことにした。
「……すっごい大きさ」
「おじさんが数えたら九十本あったって」
「そこって普通は百本じゃないの?」
それは私も思ったけど、薔薇は送る本数にも意味があるから百本は困る。ツバルがそれを知っているかどうかは知らないけど……知ってそうだなあいつなら。
中性的で綺麗な顔をしてるから、薔薇とか花が似合いそうだし。
「でも良かったじゃん、こんなのもらえるって事は楽しかったんでしょ?」
「……思い出させないで」
ケイトの言葉に思い出したくない恐怖体験が脳内に再放送されだした。一回思い出すと中々頭から消えてくれないんだよ。
「よしケイト、何か面白いこと言って」
「どんな無茶振り」
「思い出させたのはケイトじゃない」
「知らないよ」
呆れたようにため息をつかれた。
本気でケイトに面白い事期待してるわけじゃないけど……せめて少しは慰める素振りくらいしようよ。幼馴染みが冷たくて悲しい。
「……はぁ」
しょんぼりと肩を落としていたら、二回目のため息が聞こえた。それに私が反応するより先に、頭に何か乗った感触がした後ぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜられた。
「っ……!?」
「お疲れさま、頑張ったね」
わしゃわしゃわしゃ。犬を撫でる時みたいに加減無くかき混ぜられた髪は、元々の私の髪質もあってぐっしゃぐしゃだ。
口調はぶっきらぼうだし、行動は突発的で力任せだし、女の子の慰め方としては赤点だけど。
気心の知れた幼馴染みに対してなら高得点だ。普段全く慰めたりしてくれないから余計に。
「……ケイト、成長したね」
「うるさい」
「あたっ」
感慨深いなぁなんて思って染々と頷いたら、最後にぺしっと叩かれて頭から離れていった。暴力反対。
「良いから、今日もするんでしょ!」
珍しく声のボリュームがいつもより大きかったケイトだけど、私は見た。
髪の隙間から見えてケイトの耳が赤かった事。
「ふふっ」
「……何?」
「何でもなーい。よし!今日こそ成功して見せる!」
追求したら怒られそうだから話を変えた。
持ってきたの水晶玉を両手に深呼吸。何か今日は行けそうな気がするんだよね!根拠無いけど!
いつものようにギュッと両手に力を込めると水晶玉が光始める。
中心から溢れ出た光は段々と大きくなっていって、手の中では水晶玉が小刻みに揺れていた。
あれ、これは……いけるんじゃない?
「っ……!」
今までよりずっと大きな反応に期待が高まる。
指先が白くなるくらい手に力を込めて、私は念じた。
来い、私の模擬杖……!もう九歳だし、そろそろ魔法の使い方を実技で学びたい!
座学は良好、後は実技を学んで中等部に備えるだけ。
それにはこの模擬杖が必要不可欠なんです。
「───っ!?」
「マリア……ッ」
突然、水晶玉が熱をもった。
突然すぎて思わず水晶玉を放り出してしまう。
ゴトリと音を立てて床に落ちた水晶玉は割れること無く、それどころか光を放ったまま震えている。
ケイトが心配そうに駆け寄って来てくれたけど、私はその光景から目が離せなかった。
この光景は、あの時に似てる。
グレイ先生の属性が発覚したあの一件に。
「ケイト危な……っ」
「っ……!」
危ない、そう言うつもりだった。
言い切る事は出来なかったけどちゃんと伝わったと思う。私の声にケイトの表情が変わったから、きっと。
ただケイトがとった行動は私の考えとは真逆だった。
危ないから離れてほしかったのに、あろうことかケイトは私を抱き締めるとそのまま光に背を向けた。
あの時の、グレイ先生みたいに。
「ケイト……!?」
「黙って」
ケイトが私の顔を自分の胸に押し付ける。私の視界を埋め尽くした、ケイトの服の青色。
でも分かる。感じる魔力が増している事、光が強くなっている事。
あの時と同じように。
違うのは意識を失ってしまったあの時と違って、今私の五感は正常に機能している事。
だから感じる、膨らんだエネルギーの大きさ。
風船みたいに、限界を迎えたら破裂しちゃう。
「───」
もう駄目、限界だ。
直感的にそう感じて、押し付けられていただけの顔を自分からもケイトに埋めた。
二人してぎゅうぎゅう抱き締め合って、衝撃を待っていた……のに。
「………あれ?」
何にも、来ない。
膨らんでいた魔力は濃度を保ったまま小さくなっていって、そこにあるのは分かるのにさっきまでの攻撃力はどこにもなくて。
ケイトも気付いたのか、手に込めていた力が段々と抜けていって、最後にはその手は私の背中と頭から外れていた。
「マリア、さっきの……」
「う、うん……」
何が起こったのか、二人して顔を見合わせて疑問符を浮かべた。しばらく二人でそうしていたけど、じっとしていても解決しない。
手を繋いで、ゆっくりと立ち上がる。
音を立ててはいけない訳でもないのに忍び足で足音を消して、そろりそろりと原因である水晶玉に近付いた。
でもそこにあったのは、水晶玉ではなくて。
「っ、これ……!」
「……あぁ」
水晶玉が落ちていた場所にあったのは、紺色で先に水晶の欠片がついた棒。
つまり、魔法の杖。
「やった……やった!これって成功だよね!?」
「うん、おめでとう、マリア」
「ありがとう、ケイト!」
約一年の苦労がやっと実を結んだ瞬間だった。
これで実技が始められる!




