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第二十六話 雨を凌ぐ傘であれ

 この人も大概マイペースだな。キャラ設定は策士で腹黒だけどマイペースも加えた方が良いんじゃないか。それともまだ幼いから策士とか腹黒よりもマイペースが勝ってるだけ?


「…………」


 沈黙が痛い。でも喋ることがない。余計な事を言ってしまわないかが気掛かりで口が重い。

 どうしようと色々考えを巡らせてはみたものの、結局名案は浮かばず目の前の紅茶に集中することにした。

 いやー、美味しいね。すっごく美味しい。緊張しすぎで味わかんないけど。


「意外でしたね」


 元の椅子に座った私の隣に陣取ったツバルがいきなり声をかけてきた。沈黙もそれなりに痛かったけど話しかけられるのもそれはそれで嫌だ。

 とは言え無視する訳にもいかず、中味を半分程飲んだカップをソーサーに置いてツバルに向き直った。


「何が、ですか?」


「テンペスト家の令嬢であるあなたはもっと……貴族らしい方なのだと思っていました」 


 貴族らしい貴族。それが誉め言葉でないのは明白だ。言い方は丁寧だが、つまり彼は私をフランシア様側の人間だと思っていたと。

 確かに顔面的にはその通りですけど。元々そう言う設定のキャラクターだから、本家と言っても過言じゃないですし。

 

「あなたが言えば、フランシア様はただでは済まないでしょう。事実、彼女はそれだけの事をした」


 なのに何故、あんなにも簡単に許してしまったのですか。

 ツバルが言いたいのはそう言う事なのだろう。皆まで言わなくても言葉の端々にトゲが沢山、彼の言葉が具現化したらきっとウニみたいだと思う。


 ツバルの貴族に対するイメージは、底辺だ。その理由も把握しているが仕方のない事だとも思う。

 実際、貴族は大なり小なり難のある人間が多い、勿論私の両親も含めて。裏表のない純真無垢、清廉潔白な人間は貴族と言う閉鎖的かつ特殊な場所では生き辛かろう。グレイ先生の両親が良い例だ。

 人の上に立つがゆえに、人と同じものを見る事が出来ない人種。人を使う事には長けていても人を気遣う事には不得手で。

 マリアベルはあからさますぎだと思うけど、貴族として括れば彼女くらいの我儘で最低な性格の持ち主は少なくない。

 とは言え大抵の人は上手く隠すし、どれだけ残忍な事を思っていても実行に移さないだけの分別はある。マリアベルには無かったけど。


 だからツバルは、本来なら王族の『分家』相手に公爵家の私が断罪を希望しない事が不思議でならないらしい。

 普通の貴族であんな風に罵倒されて黙っていられるはずがないと、そう言いたいらしい。


 確かに悪役令嬢(マリアベル)なら、自分を罵倒した相手に情けなんてかけるはずないけど。

 確実に完膚なきまでに叩きのめすだろうけど。何も悪くないヒロインに対してですら犯罪万歳の精神で虐め抜いたような奴だからね。


 でも今の私は悪役令嬢ではない、ただのマリアベルなので。


「私は身分をひけらかす事に意味を感じません」


「……ほぅ」


 私の答えに今まで柔らかな笑顔でこっちを見ていたツバルの表情が変わった。

 口元は笑顔のままだけど目が笑ってない。不気味なのは私の先入観から来る印象だから変わらないけど。

 言ってから、ヤバイと思った。もう遅いけど、後悔は先に立っててくれないからね。


「貴族であり、公爵家の血筋に生まれた以上は勿論相応の責任はあると思います。遠い昔、この地位を得るだけの功績を残した先祖に対する尊敬の念も忘れてはなりません」


 今、私が貴族でいるのは私ではなく先祖の、そして今までその地位を護って来た歴代当主の功績だ。

 自らの物と錯覚してはならない。

 でも全く関係ないと手放してはならない。


「貴族として生きる責任と誇りを忘れてはならない。でもそれは、身分を笠に着て周りを見下す事ではありません」


 上に立つ者として、自らの下に人がいる事を忘れてはならない。自分の立つ位置が人よりも高い事を忘れてはならない。 そこに立つ者としての、責任を忘れてはならない。

 貴族の下には平民がいる。平民は操るべき存在だと思う。部下として、貴族が上に立ち使うべきだとも。

 でもそれは彼らを使い捨てるとか軽んじているとかでは無い、そうあってはならない。

 貴族は平民を使う。そして何かあった時、使う側の責任として彼らを護る。

 彼らを盾に自らを権力の笠で護るのでは無く、自らの権力を傘にして彼らが濡れない様に庇護する。

 貴族とは、本来そうあるべきだ。


「あの時、フランシア様は私の瞳が不快だと言っていました。それは彼女の個人的感想、価値観の差違です。貴族として裁くに値する事ではありません」


 あれは罵倒ではない、価値観の違い。断ずる様な事柄じゃない。身分が違うから問答無用で一刀両断なんてただの暴挙じゃないか。

 ……と言う、建前。本音は「これ以上その話題に触れてくれるな」です。

 ツバルはルーナ王子の幼馴染みだし、ルーナ王子自身はフランシア様は裁かれても仕方ないって感じだったから、この人に下手な事を考えられると困るんだよ。ストッパーでいてもらわないと。


「へぇ……」


「っ……」


 相槌を打っただけ、私の話に頷いただけ。

 なのに何故だか今一瞬……寒気がした。

 背中を這い上がるゾッとした感覚に身を固くした私だったが、その感覚が再び襲ってくる事はなかった。

 ツバルの表情も出会った時と同じ、感情は乗って無いけど愛想笑いにはなっている。

 今のは、気のせい……? 


「やはりマリアベル様は優秀でいらっしゃいますね。そのお歳でそこまで考えているなんて」


「あ……いえ、全部大人の方からの受け売りです」


「だとしても、きちんと学んでいる証拠じゃありませんか」


「あ、ありがとうございます」


 誤魔化せた……のか?わからないけどもう一度話を戻す気にはなれない。確実に墓穴を掘る。

 九歳なのに難しい事ペラペラと語っちゃったし、うっかり年齢忘れてた。


 その後は出来るだけ話さず、聞かれた事にだけ答えている内にパーティーは終了した。

 座ってただけなのに物凄く疲れた……会話の内容、ほとんど覚えてないや。

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