第二十一話 エンカウント率
風邪を引きたい。真面目にそう考えたものの、そう上手く行くはずも無く。何より私、結構体丈夫なんだよ。それこそ流行り病でも無い限り元気一杯で走り回れるくらいには。
一瞬仮病を使おうかとも考えたけど、私に医者を……その前にオルセーヌさんを騙せる訳が無い。私は顔に出やすいし、オルセーヌさんはびっくりするほど鋭いから。
そうやってうだうだしている内に話は進み、気が付くとパーティーは翌日に迫っていた。
今はお母様が中心となって選んだドレスや装飾品の最終チェックの真っ最中。
「マリアちゃん、大丈夫?」
「へ……っ?」
「最近あまり元気が無いように見えたから、ケイト君と喧嘩でもした?」
「いいえ、そんな事はないですよ」
喧嘩と言うか、私が一方的に不満をぶちまけはしたけど。
行きたくない、会いたくない、って喚いたら「行かなきゃ良いじゃん」って返って来て、ぶちまける事は出来たけど発散は出来なかった。
それが出来れば苦労しねーよ!
「なら、良いのだけど……体調が悪かったりしたらすぐに言うのよ?」
「わかりました」
体調じゃなくて精神が絶不調です!
これを実際に口に出せば、私は明日行かずに済むだろう。お母様達は私が嫌がれば、そして理由に納得すれば、それをきっと叶えてくれる。
でも、言えないのは。言ってはいけないと分かるのは、私が紛い物でも貴族だからだろう。
上位貴族として、テンペスト公爵家の娘として、王族の、それも記念となる年の誕生パーティーに出席しない訳にはいかない。しかも今回は記念の年だからと私も名指しで招待を受けているから、尚更。
私なら会った事も無い人に祝われた所で嬉しく無いけど……王族貴族って見栄っ張りで面倒臭い。
「……うん、良さそうね。苦しくないかしら?」
「大丈夫です」
髪の色を引き立たせる白に近い灰色のドレス。腰に巻かれた太いリボンが可愛らしいけど、デザイン自体は今まで着てきてドレスよりも大人びている気がする。フリルもレースも少ないし、丈の長いスカートにはボリュームも無い。
うん、これは動きやすそうだ。
「当日は髪も高めに結わえましょうね。人が沢山いるだろうから涼しい方が良いわ」
簡単に私の髪を纏めて頭頂部へ持ってくる。突然遮るものの無くなった首筋を、ひんやりとした風が撫でていった。
気温自体はまだそこまで暑くは無いが、王族の生誕パーティーであれば人が大勢来る事は簡単に予想出来る。しかも今回は十周年記念、普通の誕生パーティーよりも規模は上がるだろうし、私も招待したと言う事は他の貴族の子供達も呼ばれている可能性が高い。
…………あれ?
何か今、物凄く気付きたくない事に気付いてしまったような──
「あ……!!!」
「あ、痛かった?」
「いっ、いえ、大丈夫です」
「じゃあ、明日はこれでいいわね。お疲れ様、マリアちゃん」
「は、はい。それではお母様、私お風呂に行ってきますね」
「そうね……じゃあドレスはアンにでも」
「失礼します!!」
ドレスの裾を脇に抱え込み、お母様の言葉を最後まで聞かずに部屋を飛び出した。
向かう先はお風呂……ではなく、私の部屋。
「お嬢様、お風呂に行かれるのでは?」
「後で!」
追ってきたアンが私の行動に疑を唱えたが、今の私はお風呂どころではない。
ガッタンガッタン音を立てて、這いずるように寝室へ飛び込みベッドの隣に置かれたサイドデーブルの引き出しを引きずり出す。中身は私の大切な大切な情報ノート。
ペラペラペラと捲ったページに書いてあった名前と情報に、私は力が抜けて足から崩れ落ちた。
書いてあったのは、二人の人名と情報。
ツバル・ミリアンダ、侯爵家子息。
ネリエル・ジュリアーノ、伯爵家末子。
「やっぱり……」
記憶違いの希望が潰えた。名前と家柄は初期に書いた基本情報だ、間違いではないだろう。
何故、もっと早く気が付かなかったのか。
もっと早く気が付いていれば全力で体調を崩したのに。
王族が開く、王子が誕生して十周年を迎えたと言う記念のパーティー。
貴族の、公爵家の娘まで名指しで招待する規模のパーティーに、他の攻略対象達が呼ばれていない訳がないのに。




