第二十話 ドナドナ
乙女ゲームには、メインヒーローと言うものがある。
漫画やアニメと言うゲーム外の媒体に時、沢山の攻略対象の中からその人物のルートが元になって話が作り上げられ、最後はヒロインを勝ち取る事の出来るリア充の極み。パッケージで大きく描かれたり、キャラクター紹介でヒロインに次いで二番目に紹介されたりする。過去も未来もスペックさえも特出しまくりな王子様。それが乙女ゲームに置けるメインヒーローである。マリアベル・テンペストの偏見参照。
そしてこの『LinaLia』のメインヒーローは、ルーナ・ビィ・レオーノヴァ。クレーネ王国王位継承権第二位、つまりガチもんの王子様でございます。
ここで思い出してほしいのは、来週私も出席する事になった第二王子の生誕パーティーの事。
第二王子の生誕パーティー。
第二王子のルーナ・ビィ・レオーノヴァ。
メインヒーロー『ルーナ・ビィ・レオーノヴァ』
嫌すぎる三角形に胃の中身がリバースしそうになったのはここだけの秘密。
× × × ×
お母様と話した後、私が使い物にならなくなった為お勉強会は終了となった。
自室のソファーに座り、さっき聞いたばかりの死刑宣告を思い出す。
「ルーナ王子生誕十周年記念パーティー……」
要するにルーナ王子の十歳になる誕生日を記念したパーティーって事ね。回りくどい言い方をしようと嫌なもんは嫌だ。何だよ十周年記念って、せめて二十歳の時にやれよ。成人こそ祝うべきだろ。
「お嬢様、そろそろ夕食のお時間ですが」
「あ、はい、今行くわ」
ぶつぶつ呟く私に何の躊躇いもなく話し掛けるアンは本当に強者だと思う。端から見たらホラーだったろうに。
まぁ彼女に恐怖を感じる感情があるのかは謎だけど。
魔法を学ぶようになって知った新事実がある。
この家にいる使用人の数は全部で二十三人。内訳はオルセーヌさん、庭師であるケイトのお父さんと言った男性が七人、リンダ先生を含む女性が五人。
そして残りの十人は皆メイドに分類されるが、皆性別と言う概念がない。
十人は、人間では無く奉仕人形と呼ばれる魔法道具だ。
一見すると人間と何も変わらないが、服を脱ぐとマネキンみたいに間接の繋ぎ目があって、初めて見た時は思わず叫び声を上げてお母様に抱き付いた。動くマネキンとか恐怖絵図でしかない。
彼女達はメイド服に身を包み、男性と変わらぬ力を持ち、眠る事なく仕事を行う事が出来る。勿論魔法道具なので魔力が尽きれば電池切れを起こしてしまうが。
そして皆、恐ろしく美しいが、恐ろしく愛想が無い。
見た目が人間だとしても内臓も無ければ筋肉も無い、つまり表情筋も無い。
昔、私が使用人に嫌われていると思っていたのを覚えているだろうか?お母様に会う機会をことごとく潰してくださった能面メイド。
その原因が、彼女達だ。
現在私に付いている三人のメイド『アン』『ドゥ』『トロワ』。ピクリとも動かない何度心を折られた事か……オルセーヌさんに奉仕人形の事を習った日の事を今でも忘れない。思い出ではなくトラウマとして。
とは言え、晴れて嫌われてなかったと証明出来た事は嬉しかった。何より多少の奇行なら見逃してくれると分かった時はもう……心の底から安心した。
彼女達、皆気配が無いんだよ。そのくせ神出鬼没。
普通の能面メイドだと思っていた時は私室であっても文句を言葉になんて出来なかったからね。
でも今なら、私室でぶつぶつ呟いたってへっちゃらさ!
……呟く内容なんて無い方が良いけどね。
「お母様、お父様、お待たせしました」
いつの間にかついていた食堂にはすでにお父様もお母様もいて、私を待ってくれていたらしい。
現実から逃避してかなり遅い足取りだったから結構待たせちゃったかも……。
「ふふ、私も今来た所ですから大丈夫よ」
「急がずとも食事は逃げんからな」
「はい、ありがとうございます」
二人に笑い返しながら席に付く。
テーブルに並べられた料理はいつも通り、どれもとても美味しそう。
「では、いただこう」
「いただきます」
「いただきます……」
両手を合わせて、いただきます。お父様とお母様が仲直りした時からの習慣はいつもなら美味しい食事に合図なのに。
今日に限っては、地獄へ誘う悪魔の声に聞こえる。
「そう言えばマリア、ルーナ王子の生誕パーティーの事はもう聞いたか?」
来よったー!
「……はい、聞きました」
そうですよねこの話になりますよね、でもお父様ごめんなさい全力で話逸らしたい……!
とは言えそんな事実行出来るわけもなく、内心泣きそうになりながら平静を装って頷いた。
「やっぱり行ったか。夕食の席で伝えると言ったんだが、早く伝えたいと聞かなくてな」
「だ、だって……早く教えてあげたかったんですもの」
何その嬉しくない心遣い。
お母様、いつも優しくしてくれてありがとう。でも今回だけは全く嬉しくない……!
「ソレイユ様の生誕パーティーの時は、マリアちゃん体調を崩して行けなかったじゃない。だから今度はと思って……」
え、ごめんなさいそれいつの話?身に覚えが……うん、無いな。体調を崩した事はあるけどソレイユ様の生誕パーティーとか初耳です。
ソレイユ様と言うのはルーナ王子の異母兄、つまり第一王子である。因みに私にとっては破滅の元凶となり得る、攻略対象と同等の要注意人物だ。
ルーナのルートで私ことマリアベルはソレイユと結託しカレンとルーナの仲を引き裂こうとする。強化魔法に目をつけてカレンを自らの花嫁にしようとしたソレイユと、ルーナ王子を自分のものにしたいマリアベル。
利害の一致が共犯を産み、共犯が計画を産み、計画が決行されると私の運命は二通り。
失敗すればソレイユと共に国外追放、成功しても最後はソレイユに裏切られ、待っているのはご臨終。どっちに転んでも私には地獄への片道切符しか用意されていない。
マリアベルになったからこそ思う、乙女ゲームって悪役に鬼畜過ぎないか。それともマリアベルが性格グズ過ぎるからか。どっちにしろ私に非はない。
「三年前にソレイユ様の生誕十周年記念パーティーがあったの。でもマリアちゃん、丁度流行り風邪にかかっちゃって……行きたくなったら可哀想だから伝えなかったのよ」
「そうだったんだ」
三年前の私グッジョブ。知らなかったとは言えナイスタイミング過ぎる。
あ、もしかしてそこで運全部使っちゃったの?だから今回はサラッと出席の方向に流れてってる?
関わりたくない順位で言えば、今回はソレイユの方がご遠慮願いたいけど、 だからと言ってルーナが許容範囲かと言えばそうじゃないから。どっちも会いたくないです。
「あの、お母様私──」
「新しいドレスはどんなのにしましょう?マリアちゃんも大きくなったし、今回は少し大人っぽい感じにしてみようかしら」
「ベールデリアに任せるよ。オルセーヌに話は通してあるから、明日打ち合わせをするといい」
「はい!」
めっちゃ楽しそうですね。行きたくないですなんて言えないですよね。言った瞬間のお母様の顔を想像するともう……心が死ぬ。
私のドレスのデザインを想像してか、いつも以上に楽しそうに笑うお母様に「ルーナ王子に会いたく無いから行きたくない!」なんて言える鋼鉄の心臓は持ち合わせていない。そもそもそんなメンタルだったらルーナ王子に会っても何とか対処出来るだろう。
私のハートは硝子では無いにしろ、プラスチックくらいの強度しかないんで。
「楽しみね、マリアちゃん!」
「……うん、そうだね」
今初めてドナドナされる子牛の気持ちが分かった気がした。




