第十九話 後の祭りってこれか
グレイ先生との爽やかなお別れから、私は平穏な日々を取り戻していた。
グレイ先生が属性に目覚めるきっかけとなった一件は、使用した模擬杖や私の魔力をどれだけ調べても確実な原因は分からなかった。
ただ私の魔力を検査した結果、普通とは異なる変質な魔力であった事から、それが制約魔法に何らかの影響を与えたのではないか、と言う推論が一番濃厚な線らしい。
実際魔力に何らかの変異を持った者は稀にいるらしく、その場合魔力のコントロールが普通よりも難しいのだとか。そう言った者を『異質魔力保持者』と言うらしい。
私自身は、オートモードが切れた事に原因があるのではと思ったけど……そんな事言える訳無い。
結局、明確な理由は分からぬまま、私はまずは模擬杖を使わず専用の魔法道具で魔力のコントロールを身に付ける事から始める事になった。
グレイ先生の代わりに雇った家庭教師は、リンダ・ワークスと言うそれなりに年齢を重ねた女性だった。
太陽に照らされた稲穂の髪色と柔らかな芝生の瞳をしたおば様で、経験からくる寛容さと女性特有の母性を兼ね備えていた。勉学だけでなく魔法学にも深い知識を持った人らしく、『異質な魔力』を持った私に魔法を教えるには持ってこいの人材らしい。
実際授業を受けてみても、教え方も上手だし性格も素晴らしい人だった。
ただ一つ難点を上げるとするなら、ものすっごく……ほめちぎってくれる事、だろうか。
一問正解する事に身振り手振りを加えて絶賛するものだから……いたたまれない。だって私の解いているのは全て小学生の問題なのだ。
何度も言うが、私の中身は高校生五回分なんです。
二桁の計算ができたり、小説を読んだり、国の歴史を覚えただけで褒め称えられても……喜び難い。むしろ辛い。
いい人なんだけどなぁ……何か、姪っ子に甘い叔母さんみたい。孫に甘いお祖母ちゃんとも言えるけど、そこまで歳は取ってないかな。
でも、そんな事些細な事だ。
死亡フラグに怯える事を思えば、おば様からの大袈裟な賛辞くらい甘んじて受け入れよう。
グレイ先生と離れた今、私に死亡フラグが立つ恐れはほとんど無い。
取り戻した平穏を噛み締め、過ぎた年月を数えて幾年。
気が付けば、私は九歳を向かえていた。
× × × ×
「平和過ぎて怖いわー……」
「意味わかん無い事言ってないで、さっさとやりなよ」
「はーい」
ケイトににべもなく一蹴されて、もう一度ノートに向き直る。
私達がいるのは、毎度お馴染み薔薇園。いつかのグレイ先生と私みたいに筆記用具を広げてお勉強会の真っ最中だ。
と言っても呼んだのは私で、ケイトはそれに付き合わされているだけなんだけど。
「何でいっつも俺を呼ぶかな……」
「だって、一人でやってたら集中切れちゃったんだもの」
「俺がいても続かないじゃん」
「ケイトがいれば小言がついてくるじゃない」
「帰るよ」
何て、ぶつくさ文句を言いながらも私に付き合って予習復習をしてくれるんだから優しい奴だ。顔も綺麗だし、もう少し分かりやすく優しい言葉をかけられるようになればモテると思うのになぁ。
おっと、いけない。下手な事を考えてるとまた叱られる。
最近ケイトの奴私の考えを読み取れる様になって来たからなぁ。エスパー的な意味では無く、私がすぐ態度に出るから分かりやすいらしい。
いくら分かりやすいからってまだ十歳の子供に考えてる事筒抜けってどうよ?
「……マリア、手ぇ止まってる」
「あ……ごめんなさい」
「飽きたなら他のでもしたら?持って来てるんでしょ?」
「……そうする」
別に飽きた訳じゃないけど……下手に勘繰られても余計な事言っちゃいそうだし、合わせておこう。
筆記用具を片付けて、取り出したのは私の両手に納まるくらいの水晶玉。
勿論ただの水晶玉じゃなくて、魔法道具の一つ。
「……あ、台座忘れた」
「アホ」
「うるさい!」
顔に出して呆れているケイトは腹が立つけど、別に無くても出来るから気にしない。子供にアホ呼ばわりされたけど、一応私より歳上だし、全然大丈夫気にしない!
フーと大きく息を吐いて、水晶玉を持つ両手に力を込める。台座がある時は水晶玉に両手を翳してやるんだけど、今は無いし、正直こっちの方がやり易い。
力を込めて数秒、水晶玉の中心が鈍く輝き始める。
よし、今日こそ成功する!
「ッ……!」
さらに力を込めると、それに伴って輝きも大きくなっていく。
もうちょっと……!
「って……あれ?」
成功を確信してラストスパートだと思った時、急に光は弱まっていき、最後には消えてしまった。
「……失敗、だな。ドンマイ」
「いけると思ったのにー!!」
足をじたばたさせて抵抗するも、結果は変わらない。かれこれ半年続けているこの儀式は今日も失敗に終わった。
異質な魔力を持つのだと知ってから、私は魔法学を力を入れて学ぶようになった。オルセーヌさんが教えてくれた基礎を学び直す所から始まり、私の持つ『異質な魔力』についても。
そして半年前、リンダ先生から最終試験だと渡されたのがこの水晶玉。
この水晶玉は私の様な異質な魔力を持った人間……異質魔力保持者がコントロールを学ぶ為に使う魔法道具……魔法教材と言った方が正しいか。
この水晶玉に魔力を込める事で異質魔力保持者は少しずつコントロールを身に付けていく。
そして完璧にコントロールを身に付けると、その証にこの水晶玉が模擬杖に変形するのだ。そうなればコントロールの勉強は卒業、晴れて模擬杖を使った実技に取りかかる事が出来る。
「今日は成功すると思ったのになぁ……」
「うん、惜しかったね」
「中等部に上がるまでには成功したい……」
「大丈夫じゃない?リンダ先生もマリアは筋が良いって言ってたし」
「そうだけど……無属性魔法ならケイトと練習出来るじゃない。一人でやるのはつまらないわ」
「……今現在俺を巻き込んでる人間の言う?」
「それはそれ、これはこれ」
「アホバカ間抜け、猫かぶり令嬢」
「ちょっと待て、どこで覚えたそんな言葉」
こいつ年々口悪くなってない?男の子ってこんなもんなの?いやでもグレイ先生は優しかったぞ。八歳も歳下の女の子にこんな暴言吐いてたらドン引くけどさ。
売り言葉に買い言葉。私も同じ様にアホだのバカだの言うけれど、こんなのただのじゃれあいで二人共本気で相手を傷付ける気は無い。
適当な所で終わって、また普通に話し出すのが常だったが。
「マリアちゃん、いるかしらー?」
今日は珍しくお客さんが来たらしい。
「……お母様?」
「デリア様?」
「やっぱり、ケイト君と一緒だったのね」
いつも通り癒される笑みを浮かべて現れたお客様は、お母様だった。デリア様、って言うのはケイトが私のお母様を呼ぶ時の愛称。初めは奥様って呼んでたけどお母様が「おばさんとかで良いのよ」って言った事から色々あって、結局今のデリア様に落ち着いた。
「この時間ならここだと思ったの。お勉強の邪魔をしてしまってごめんなさいね」
「いいえ、もう終わった所だから」
「マリアの集中が切れたからね」
「ケイト!」
余計な事を言うな!お口にチャック!
「ふふっ、二人は本当に仲良しね。マリアちゃんに少しお話があったのだけど」
「私に、ですか?」
それはまた珍しい。
私に話がある事でなく、お母様が態々薔薇園まで赴く事が、珍しい。
ここは我が家の薔薇園で、管理者はケイトのお父さんだし、持ち主はお父様だけど、お母様はここよりも中庭がお気に入りらしく薔薇園には誰かと一緒の時にしか来ない。
私に用があったとしても、どうせこの後夕食を一緒にとるのだからその時にでも言えば済むのではと思う。
余程の急用?にしては急いでいる様子はないし……なんだろう?
「何でしょう?」
「実はね、第二王子様の生誕パーティーの日取りが決まったの」
「え……」
第二王子……その単語に血の気が引いたのが分かった。
第二王子、二番目の王子、王位継承権第二位。そんな人、我が国には一人しかいません。よーく知ってます、覚えてます、出来れ忘れたい人ですけど。
お母様の言葉に耳を塞ぎたくて仕方がない。先に続く言葉を聞きたくない。
聞いたら最後、取り戻した平穏が脅かされる。
分かってます、分かってるけど……聞かない訳にはいかないのですよ。
「来週なんだけど、ご招待頂いたからマリアちゃんも一緒に行きましょうね!」
「ソウ、デスカ……」
口元にだけ笑みを作りながら私がその時考えていたのは、どうにかして来週までに体調を崩す方法だった。
怖いとか言ってごめんなさい。謝るからカムバック平穏……!




