第十三話 ただのへたれってだけ
ケイトと話した三日後、私はグレイ先生と対峙していた。
と言っても、大した事ではなく新たに教わる科目の話をしているだけだけど。
「魔法学、ですか」
「はい……あの、ダメですか?」
私が提示したのは『魔法学』。
専門的な事はアヴァントール学園の高等部で属性にあった専門教員が教えてくれるが、中等部で教わる程度の事なら家庭教師でも教えられる。魔法の歴史だったり、実技でなく書面でならば魔法の使い方、媒体となる魔法道具について等々。
それにグレイ先生はこの先、アヴァントールを卒業して教師にまでなる予定。今の年齢でもある程度は魔法の知識があるのでは、と思ったんだけど。
「ダメではありませんが……私は魔法については素人です。マリア様に教鞭を執るだけの知識がありません」
「え……」
まさかの期待全否定。嘘ん。
ぽかんと呆ける私に「すみません」と申し訳なさそうに苦笑を浮かべるグレイ先生に、嘘では無いのだと痛感した。
「普通の家庭教師なら魔法学くらい教えられないといけないんですけど……私は昔のよしみで任せて貰っているだけで、本来なら貴族の令嬢であるマリア様に物を教えられる立場では無いんです」
その言葉の真意は、ルートを進めていくと明らかになる彼の過去にある。
攻略対象としてのグレイアスは平民……と言う事になっているが、実は彼『グレイアス・ファニー・サンドリア』は元公爵家の子息、つまり元上位貴族の人間だ。
そして『昔のよしみ』とは、公爵家時代、テンペスト家とサンドリア家は血縁関係こそ無かったものの同じ公爵家として深い繋がりがあったそうだ。
詳しい事はゲームの中でも明記されて無いけど、その昔のよしみを使ってマリアベルはグレイアスと婚約する。家を人質に政略結婚……性格の悪さに天井が無い。自分ながらドン引きだ。
うん、まぁそんな私の悲しい死亡へのカウントダウンな思い出はどうでも良くて。
どうしよう、魔法学。グレイ先生なら大丈夫だろう、なんて思ってたから第二希望教科考えて無かったなー。
「そうですか……なら、何か他の──」
「他の家庭教師に来て頂きましょう」
「……へ?」
他の教科を考えます、って言おうと思ったんですけど。別にそこまで魔法学に熱心でも無いですし、学園に進学した時に落ちこぼれたくないなーってだけで。
「いえ、たかが一教科の為に家庭教師を増やす必要は……」
「増やすのではなく、私を解雇して新しい方を雇うんです」
ん?何でそうなった?
「元々私では貴族の事は教えられませんし、勉学であれば誰でも……私でなくとも教えられます。マリア様は飲み込みも早いですし、私では無くもっとレベルの高い方に来て頂いた方が良いと思うのです」
「…………」
正直、願ってもない話だと思う。
元々グレイ先生との関わりについて思う所はあったし、ケイトにはああ言われたが関わらずに済むならそれに越した事は無い。
無い……ん、だけど。
「……グレイ先生は、どうなるのですか?」
「私は……ここの様に縁がなければ家庭教師なんて仕事にはつけませんし、他の仕事を探します」
家庭教師を雇うのは貴族なので、必然的に家庭教師と言う職業は高給取りになる。
それだけでなく、グレイ先生はただの平民では無く元上位貴族の平民だ。元貴族が平民として仕事を探すのがどれ程大変か……貴族をして過去五回の高校生と六年の人生を歩んだだけの私でも理解出来る。
貴族に対して印象が悪い者も少なく無いし、何より『元、貴族』と言う事は何らかの原因があって没落したと言う事だ。
そんな人材、特別な人手不足でもなければ欲しがらないだろう。
「……あの、グレイ先生」
「はい?」
「私は、グレイ先生に教えて頂きたいです」
「……マリア様、お気を使わせてしまい──」
「いいえ、本心です」
いや確かに多少は気ぃ使ったけど。でもグレイ先生に教えて欲しいと言うのも嘘ではない。心からの本心だ。
「魔法学の事は良いのです、中等部に行くまでに予習出来ればと思っただけですから。もし今後本気で勉強したいと思ったら別の先生を頼みます。だから……辞めるなんて、言わないで下さい」
「マリア様……」
「……勿論、グレイ先生が魔法学とか関係なく辞めたいと言うなら、止められませんけど」
我儘を言った後と言うのは気まずい。六歳児なのだから開き直っても許されるかもしれないけど、精神年齢的にはどうしても相手の顔が見ていられなくなってしまう。
俯いて、両手の指をごにょごにょしていると感情の乗った声が聞こえた。
嬉しそうに、でも少し抑えた様な声。
「……いいえ」
声に顔を上げるより先に、グレイ先生が膝をついて私の顔を覗き込んでいた。
ごにょごにょしていた両手を片手で包み込んで、笑っている。
「ありがとうございます、マリア様。そう言って頂けてとても光栄に思います」
「っ、なら……!」
「魔法学の事は申し訳ないですけど……私も、辞めたくありません」
「あ……ありがとうございます!」
「こちらこそ」
ふふ、と笑うグレイ先生に私も釣られ、最後は二人してケラケラ笑っていた。
その日の授業は結局新しい教科では無く普通に『こくご』をした。レベルは少し上がってたらしいけど……私には大差なく簡単な物だった。
× × × ×
夜、一人になると私は引き出しからノートを取り出した。言わずもがな、登場人物の情報ノートだ。
グレイ先生に出会ってからは日記みたいな役割も担っている。
「今日は、疲れた……」
勿論そんな事を書く為にノートを開いた訳ではない。
滑らせたペン先は声とは別の言葉を連ねていく。
『グレイ先生と関わらないのは無理。腹を括るべし』
これも大概な気がするが、これ以外に書きようがない。実際関わらない選択をするなら、あそこで引き留めるのは真逆だ。
グレイ先生が辞めると言った時、このまま辞めても貰って関係を絶つと言う選択肢はあった。
でもそれを選択する度胸は無かった。
元貴族現平民の就職率を知っていて尚彼を無職にする度胸など無い。彼には全く落ち度か無いのだから。
魔法を学ぶ事と、彼の職。天秤にかけたらどちらに傾くかなんて分かりきっている。十年後の立つかも分からない死亡フラグでも、同様だ。
後は今のうちに友好的な関係を作っておけばフラグも少しは減らせるんじゃないかって言う打算も少しある。
「ケイトの言った通りだったなぁ……」
やっぱり私には行き当たりばったりが一番合っているらしい。
ケイトの的中率凄いな。エスパーかなんかか何かあいつは。




