第十一話 一難去って、十難くらい一辺に来た
予定通り一日で終わった家出から帰った後、私達の親子関係は劇的に変わった。勿論、良い方向に。
「キルア様、そろそろお仕事に行かれませんと」
「オルセーヌさんがおむかえきてますよ」
「今日は休んで──」
「さっさとしろ阿呆当主」
一番変わったのはお父様。今までの冷ややかな空気は息を潜め、甘やかな眼差しを惜しむ事がない。私に対しては正直そうでもないけどお母様に対しては天と地程の差。変わりすぎて原型が……お父様が冷徹だって思っていた使用人の間では「キルア様は壊れてしまったんじゃないか」なんて噂が流れているくらいだ。オルセーヌさんは心の底から呆れてたけど。
私が家出していた時の事は後からオルセーヌさんに教えてもらった。
不仲だ……と、思われていた原因は単なるすれ違い。お互いに相思相愛だったのだが、こじれにこじれてお互いが嫌われていると勘違いをしていたらしい。
お母様の気持ちを蔑ろにして結婚した事を悔いていたお父様。
自分に自信がなく、政略結婚だと思い込んでいたお母様。
お父様はお母様が自分を嫌っていると思い出来るだけ関わりを絶ち、お母様はそのお父様の態度に嫌われたのだと勘違いして萎縮していく。お母様と私が関わるのを嫌がっていたのは、私がお父様にそっくりだから気を回したのだとか。
見事なすれ違いっぷり。少女漫画かとツッコミたかったけど少女漫画じゃなくて乙女ゲームでしたね。
二人して悪循環を回りに回って、五周目までは離婚と言う結末を迎えてしまった。
でも今回は何も心配いらない。悪循環は取っ払ったし家族仲も夫婦仲も良好。
お父様のお母様と私に対するデレデレっぷりを見ていた使用人達もお父様への認識を改めたらしく、お父様に子育てや夫婦生活のアドバイスをしたり、お父様からも何かと相談したりと隔たりは木っ端微塵に消え失せたようだ。
お母様と遊び、使用人達に見守られ、お父様に甘やかされ、そんなお父様と一緒にお母様に叱られ……そんな日々の中で、気付いたら私は六歳の誕生日を迎えていた。
五歳で両親が離婚する、と言う『悪役令嬢マリアベル』の過去が変わった。そして私にとってもっとも重要な第一関門を突破出来た。
その事実に、私は心から歓喜した。
これで後はゲームの登場人物となるべく距離を取り、立場上無関係にはなれなくても表面上は穏やかに見えるうわべだけの付き合いをすれば良い。私がいなくともあれだけ見目麗しい美形達であればライバルには事欠かないはずだ。
私は目立たず、邪魔せず、彼らの恋愛模様を陰から見守ろう。噂を又聞くくらいの距離が理想だ。
簡単な事……なんて、思っていました。はい、過去形です。
× × × ×
この世界の学歴は少し不思議だ。貴族と平民では貧富に差があるのは珍しい事では無いとして、身分の差と学歴の差がイコールしないと言う点が。
この世界では、貴族が小学校に行く事はまず無い。小学生と呼べる期間は皆専属の家庭教師をつけ、学業から礼儀作法まであらゆる事を『自宅』で学ぶ。そして中学生の年齢になると魔法を学ぶ為、アヴァントール学園へと進学するのだ。
逆に平民や位の低い貴族は小学校に通い、 ほとんどの場合がそこが最終学歴となる。
そして私は六歳を迎え、平民であれば小学校に通い出す年齢だ。貴族の子供は学校に通う訳では無いので『六歳から七歳になるまでの期間中に専属家庭教師を雇う』と言うかなりアバウトだけど、そろそろ家庭教師を付けられてもおかしく無い。
私自身そろそろ来るだろうと覚悟はしていた。
でも、だけど、しかし!何故この人選なんですか!?
「お初にお目にかかります、マリアお嬢様」
プラチナブロンドの髪と黄金に輝く瞳。まだ年相応の幼さが目立つが、それでも十二分に美しい少年が私の前で跪き頭を垂れている。
「私はグレイアス・ファニー・サンドリア」
知ってます。私の記憶に一番新しく残る、マリアベルの、失恋した相手。
つまり、攻略対象者。
何故、この人がここにいるのか。
「本日よりマリアお嬢様の家庭教師を勤めさせて頂く事になりました。よろしくお願い致します」
「……あ、はい」
口許を歪め、何とか笑顔を浮かべはしたが内心は混沌だ。
誰か助けてください。もしくは、泣いても良いですか?




