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【番外編】クリスマス

 世はクリスマス、赤と白と緑に溢れる季節となりました。そして私は……現在冬休み真っ最中です。


「配慮が凄い」


「は?」


「こっちの話、気にしないで」


 今日も今日とて薔薇園での、お茶会ならぬ暇潰しにケイトを付き合わせ、ぐでーんとテーブルに突っ伏している私は本当にお嬢様なのだろうか。残念正真正銘ご令嬢だ。


「クリスマスに合わせて実家に帰れるとは思わなかった……」


「そう?初等部の大体この時期からだよ、冬休み」


 マジか……そういえば国によってはクリスマスって祝日の類いなんだっけ。元日本人的感覚だと普通に平日で土日ならラッキーな行事なんだけど。

 あれ、でもこの世界の元になったゲームは日本製だし、私の感覚とそう差はないはずでないの……?


「学園でクリスマスパーティーとかするもんだと思ってた」


「あぁ、なんか個人やってる人はいるみたいだけど。クラス単位とか」


「え、そうなの?」


「俺も誘われたけど、面倒だったから断った」


「いや、それは行こうよ」


 付き合いって物を知らんのか……いや、知ってて無視してんだろうな、ケイトの場合。もう少し関心持っても良いと思うよ。

 ケイトがパーティーに嬉々として参加してる様子は……想像したら気持ち悪いけどさ。


「お前今なんか失礼な事想像したろ」


「なんのことかなー」


「目線、口調。もう少し誤魔化し方考えましょうねー」


「ケイトも大概だけどな!」


 口調が馬鹿にしてますってバレバレですけど。隠す気ないだろこいつ。もう慣れたけど。


「俺だって考えなしに断った訳じゃないから。参加する奴ほとんど知らない奴だったし、行く意味無いと思ったから断っただけ」


「ケイトってそんなフレンドリーな感じだったっけ?」


 基本的に平等で、誰に対しても同じ対応を崩さないから交遊関係は私が思うよりもずっと広いとは思うけど。それでも、フレンドリーな人気者とはまた別物だと思う。

 サーシアならフレンドリーだし人気者だし、想定内って感じだけど、ケイトはむしろ知らない相手から見ればそれなりに話し掛けづらいと思う。表情無さすぎて。


「何か女子が多い集まりだったけど……知らない子が多くてよく分からん」


「あー……うん、分かった、理解した」


「いや勝手に納得しないでよ」


 説明しろ、って顔に書いてあるけど、むしろ私が聞きたい。ケイト、お前マジで気付いてないんかい、と。ケイトの女の子基準が私だって自覚はあるけど、それを含めた上でこの男は色々と鈍いと思う。決して私のせいとかではなく。


「その子達は、ケイトと……仲良くなりたかったんじゃない?クリスマスだし、こういう機会があると勇気出たりするから」


 物は言い様って奴で、言葉選びって大切だよねぇ。九割正解だと自負していても、私の口から勝手にケイトへの想いを暴露するのは申し訳なさすぎる。その子達の本気度も分からんし。行事に託つけてお近付きになれたらラッキー程度なのか、クリスマスという特別な機会に勇気を振り絞ったのか。

 どっちにしろ今現在ここにいるのだから、その気持ちは実らなかった訳だけど。


「そんなもんかねぇ……俺には分からん」


「だろうね。そもそもクリスマスに興味薄いし」


「そもそも俺の中で、クリスマスはマリアと過ごす日って位置付けだしなぁ」


「毎年一緒だからねぇ」


 大々的なクリスマスパーティーを開催する貴族がいない訳ではないけれど、大抵がイブの前日に行われるか、大人だけが参加するか……どっちにしても子供はイブもクリスマスも自由。

 まぁ、実際クリスマスに楽しみが待っているは子供の方だし。サンタクロースへの信仰の有無に関わらず、プレゼントは子供の特権な所……いや、うちの両親は毎年プレゼント交換してるけど、万年新婚みたいな二人だし、例外って事で。


「と、いう事は……今年も用意してるわよね?」


「そりゃ、恒例だし」


「よし、じゃあせーので出すわよ?」 

 

「ん」


「じゃあ……せーのっ」


 突っ伏していた体を起こして、空いたテーブルの上にお互い持ってきた荷物を乗せる。

 私のは両腕に抱えられる大きさで、ケイトの方は手のひらサイズの箱。どちらも綺麗にラッピングされていて中身は分からない。


 私とケイトのクリスマス恒例、俗に言うプレゼント交換というやつである。

 

「随分デカいね」


「そういうケイトのは小さいのね」


「振らないの」


「え、壊れ物?」


「微妙に?包んでもらったから大丈夫だろうけど、どっちにしても分かんないでしょ」


 お互いの荷物を交換して、私の手にはケイトが持ってきた箱がある。

 薄い紫の箱に白いリボンと赤い飾りが可愛いし上品で、中学生のプレゼントにしては大人びている感じがするけど、私の好みにはストライク。ラッピングから熟知されてる感が凄い。


「じゃ、ケイト先に開けてみて」


 ケイトの手に渡った、平袋ラッピングされたプレゼント。オレンジの袋と緑のリボンがケイトっぽいなー、って個人的に思ってる。あんまり飾りっ気があるのは得意じゃないから、可愛らしい感じにはしなかったけど。

 ゆっくりとリボンがほどかれて、包装が解かれるこの瞬間が、毎年一番緊張する。包みを破かない様にしているからか、指の動きも丁寧な分時間がかかる。大雑把なのにこういう所は繊細なのか……もしくは私がドキドキしてるせいで勝手に焦ってるせいなのか。

 袋状になった包装紙から引き出されたそれは、果たして気に入ってもらえるだろうか。


「……作業着?」


 黄色みがかった薄茶色……亜麻色の作業着。形は普段ケイトが使っている物と同じ、長袖のつなぎになっている。

 ただサイズだけ、今ケイトが使っている物より二つ大きい物を選んだ。


「前に小さくなったって言ってたでしょ?後そろそろ穴が空いてる頃だなって」


「よく分かったな……膝がそろそろ危うかった」


「買い替える周期、もう少し早めたら?」


「膝に穴くらいだと、縫えばなんとかなるしなぁ……」


「縫うの私なんだけど」


「俺がやるって言っても、マリアが却下するからだろ」


「ケイトのやるは“いつかやる”で、私がやらなきゃずーっとほったらかしじゃない」


 最終的には買い替えるからいいか、って放置するんだから、気にしてる私がやった方が早い。時には穴空いても放置な事あるし、ほんと雑というかなんというか……園芸に対する繊細な気遣いをもっと自分にも回して欲しい。

 私だって裁縫が特別出来る訳じゃない。元々は平凡な一般人で、今は貴族のご令嬢、どちらも女子力が高い事もないむしろ低い自覚がある。

 それでも、元一般人として基本的な事は出来る。小学校の家庭科で習うレベルなら女子力以前の問題だ。


「今回はサイズ変えるし、買い替えようかと思ってたから助かった……ありがとう、大事に使う」


「それは嬉しいけど……まだ買い替えてなかったのは、複雑」


「買いに行くの面倒なんだよなぁ……」


「サイズ変わるなら着替え分も買っとかないとダメじゃない」


「だな。これ、すぐに使い潰すのも嫌だし」


「大きめを買ったから暫く使えるし、寒い時中に着込んでも窮屈じゃないはず」


 基本的に作業中はつなぎ一枚で、窮屈で動きづらいって寒くても防寒しないから。体温低いくせに、私よりよっぽど心配になる。


「了解……じゃ、次はマリアの番ね」


 すでにラッピングの片付けに入っているケイトは、緊張した私と違っていつもと変わらない。これも毎年の事だからいいけど。

 リボンをほどいて、箱を開ける。ケイトの片手に乗っていた時よりも大きく感じるのは、私の手がケイトよりも小さいからだろう。手のひらサイズかと思ったら、両手におさまるサイズだった。

 包装紙だったら私も慎重になって時間がかかっただろうけど、今回のプレゼントは箱にリボンだったからあっという間だ。だからこそ短時間でわくわくが濃縮されちゃった感じもあるけど。


 少し固めの蓋がパコ、っと空気の抜ける様な音を立てて。つるりとした光沢が真っ白な綿に柔らかく沈んでいた。


「これ……鏡?」


 丸いフォルムの、コンパクトミラー。青の濃淡で描かれた夜空に、真っ白な三日月が浮かんでいる。絵柄を何枚も重ねているのか一見すると奥行きがある様に見えるのに、触ると表面は滑らかだ。


「ずっと使ってたの割ったって言ってたろ」


「それは、そうだけど……」


 長年愛用していた鏡を落として粉々にしてしまったとケイトに溢したのは、冬休みに入る少し前。社交界に出るなら持っておいた方が良いと、幼少期に買って貰った物で、ずっと使っていたから表面には細かい傷もついていた。留め金も緩くなっていたし、寿命も近かっただろう。

 幸い他にも手鏡は持っているから、壊してしまった後も困る事は無かったのだけど。


「マリア、あれ意外と気に入ってただろ。割ってからちょっと落ち込んでたし」


「そう……なの?」


「俺が勝手にそう思っただけだから、本当の所は知らんけど」


 確かにちょっとだけ悲しかったけど、それは両親に買って貰った物を壊してしまったからと解釈していた。

 ても……今考えると、確かに私はあの手鏡が好きだった様に思う。他にも持っているのに、あれだけを劣化が目に見えるまで使い続けていたのが何よりの証拠だ。そもそも、両親に買って貰ったからって、気に入らない物を使い続ける殊勝な人間ではない。そして手鏡を割ったくらいで悲しむほど、繊細な人間でもない。


「……うん、ケイトの言う通りみたい」


 言われるまで気付かないとは、何とも情けない……いや、この場合私自身すら気付いてない気持ちを言い当てるケイトがおかしいのか。私に関する考察が完璧過ぎてどうしよう、マリアベルの公式は私のはずなんだが。


「ありがとう、大事に使うわ」


「一応前のと似たの探した」


「そうなの?でも、こっちの方がもっと好き」


 言われてみれば、色味とか前のと似てるかも。でもこっちの方が更に私の好みに寄ってる気がする。


「色味もだけど、派手で豪華なのは苦手だからね」


「……よくご存じで」


 割ってしまったのも含めて、私が持っている手鏡はどうしてもパーティーにも持って行けるデザインになっている。派手な色味と豪華なデザインは可愛いけれど、私が使うにはちょっと使いづらい。割ってしまったのはまだシンプルな方だったから、無意識にそこが気に入っていたんだろう。


「ライトストーンとかは取れるの怖がるし、ごてごてした装飾はすぐ爪引っ掻けるから」


「…………」


 何その一言一句完璧な私の説明書は。爪引っ掻けて流血はケイトの前でもした事あるけど、ライトストーンは誰にも言ってない……というか、言う必要無いくらいどうでもいい情報だと思ってた。

 まさか察してる人がいるとは思わなかったけど、ケイトだしな……慣れって怖い。


「強度も前のよりあるはずだから、そう簡単に割れないと思う。開いたまま落としたりしない限りは」


「これ割ったら、落ち込むだけじゃ済まない気がする……」


 想像だけでちょっと辛くなったから、実際割ったらガチ凹み所じゃなさそうだなぁ。多分、絶対、泣く。


「もし割ったら、その年のクリスマスに新しいのプレゼントするよ」


「縁起でもない事言わないでよね。大事にするんだから!」


「分かってるよ。俺も、大事にする」


「……うん」


 ケーキも無いしパーティーをする訳でもない。日が沈む前にお互いに家に帰って家族で過ごす、それまでの暇潰し。 

 クリスマスツリーはケイトのお父さんが大きくて綺麗なのを庭に用意してくれるけど、その完成品を一緒に見る訳でもない。

 ただプレゼントを送り合って、目が合えば笑って。


「メリークリスマス」

「メリークリスマス」


 ただ、そう言うだけ。

 これが私達の、私達だけのクリスマス。

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