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第百一話 甘やかし

 オズ・フェスティバルの開催を彩る一日目の演劇は、控えめに言っても最高だった。初めて見る生の演劇は迫力が凄まじく、お手伝いをしていた事もあって色々と胸に来るものがあった。

 ヒーローはカトレア様で、ヒロインは勿論クリスティン様。

 二人が並ぶ姿は勿論美しかったけれど……今広まっている噂が気になってしまったのは仕方ないと思う。

 カトレア様に可愛がられていた自覚はあったけれど、そんな後輩が大切な部活仲間、友人を傷付けたと言われたら、あの優しい先輩はどんな顔をするのか。

 申し訳ないのと、もう仲良く出来ない可能性に、ちょっとだけ気まずくなった。


 拍手喝采の一日目は前菜であり始まりを彩る重要な催し。そして二日目三日目は、文化祭のメインとも言うべきだろう。


 賑わうオズの雰囲気は、カーニバルと例えるのが分かりやすいだろうか。 学園の文化祭を学園外でやるのはどうかと思ったけど、だからオズ・フェスティバルなのかと今さら納得した。


「やっぱいつもと雰囲気全然違うのな」


「お祭りだからね」


「何か店増えてるけど」


「既存の店舗だとイメージに合わないとか、広さが足りないとかで新しく建てたんだって」


「資源の無駄過ぎねぇ?」


「同感だけど、今さらね」


 両側から聞こえる賑やかな声をBGMに、ケイトと二人で案内を見てゆっくりと進んでいく。

 クラス別、部活別、時には友人同士など、あらゆるグループが出店しているせいか数は膨大。店を見るの時間は二日間しかないのに、回れる気が全くしない。

 エルとプリメラは部の方を手伝うとか言っていたし、出来れば見に行きたいけれど。因みにケイト達園芸部の仕事は祭りを彩る飾り用の花を育てる事で、当日はずっと暇らしい。高等部に上がれば魔法で作り出した新種の種とか売ったりするんだけどね。


「まずはプリメラの方から行こうかしら」


「何してんの?」


「作品の展示と販売って言ってたから、ケイトにはつまらないかもしれないけど」


「髪紐売ってたら買う」


「そう……?なら行きましょうか」


 出店案内でありこの二日間限定地図を広げると、大きすぎて前が見えない。下を向くから余計に視界は狭まるし、両手で持たないと見えないから私の荷物はケイトの腕にある。


「んー……?」


「ほら、こっちじゃない?」


「結構遠いかな」


「店が増えたから見辛いけど、この道行けばそうでもないよ」


「あ、ほんとだ」


 ……進み出してから気付いたけど、私よりもケイトの方が地図とか得意だし逆の方が良かったんじゃない?

 あまりに自然に私の荷物持っていくから、地図だけでも私がと思ったのに。


「地図って難しいのよね」


「マリアが方向音痴なだけだろ」


「そんな事ないわ!合宿で肝試しした時は普通に読めたもの」


「それ、一本道って言ってなかった?」


「地図は地図よ」


「はいはい……建物の中では平気なのにな」


「室内だと自分のいる場所が把握しやすいから」


「違いが分かんない」


 実家がとんでもなく広いから、大抵の建物は間取りを覚えられるんだよね……所謂慣れで。学園は規模が違いすぎるけど、中等部は高等部より狭いから。

 いつもと雰囲気の違うオズを歩き、しばらくすると目的の場所が見えてきた。元々あった店を活用しているのか、見た目は文化祭感ゼロ。


「失礼します」


「マリアちゃんっ、来てくれたの」


「えぇ、お邪魔していいかしら?」


「勿論!あ、ケイトさんも、いらっしゃいませ」


「こんにちは」


 何となく珍しいメンバーだが、一応面識は全員ある。ケイトに二人を紹介したのは随分と前になるが、今でも『ケイトさん』って呼び方なれないんだよなー。


「何か欲しいものとかある?全部一点物だからなくなり次第終了です」


「どこで覚えたのその言葉」  


「このお店を貸してくれた店主さん」


 和やかな会話を繰り広げているが、刺さる視線と空気は茨っぽい。針のむしろって言うのかな、空気に殺傷能力があったら三回は死んでると思う。

 留まる事を知らない噂はもう把握していないけど、この様子ではロクな展開はしてないんだろうな。

 ちょっとだけプリメラとケイトから距離を取る。ケイトはともかく、私と親しくしてるのを見てプリメラの部内での立場がどうなるか心配だ。


「髪紐とかってある?」


「ありますよ!あ、でもケイトさんが使うには可愛すぎるかも……」


 二人が話す姿を、後ろから眺める。そういえばケイトが私以外の女の子と並んでるのって初めて見るなぁ……男の子とはたまに見かけてたし、楽しそうに話してたりするけど。

 こうして見ると、やっぱりケイトって綺麗な顔してるし、絶対モテるよね。無愛想だけど話してる感じは物腰柔らかな感じするし……何だかんだ優しいし、甘やかすのも得意だ。

 改めて考えると、ケイトってめっちゃ優良男子だっりする……?


「マリア……?何してんの」


「あ……ううん、ぼーっとしてただけ」


「大丈夫……?」


「えぇ、大丈夫よ」


 プリメラも、この空気に気付いているのだろう。伺うような視線が心配と不安で揺れていた。

 安心させたくて出来るだけ分かりやすく笑顔を作ると、プリメラも笑みを返してくれたけど、悲しそうに見えたのは気のせいかな。


「良いのあった?」


「髪紐はあったけど……流石につけらんない」


「え?」


「レースとリボンで出来てるやつだった」


「……似合うかもよ?」


「笑いたいだけだろ」


 ぺちんと間抜けな音を立てて額が叩かれる。痛みなんてないけれど、恨みがましい視線を送ればスルーされた。

 プリメラだけは、そんな私たちのやり取りに肩を撫で下ろしていたけれど。



× × × ×



「それじゃ、頑張って」


「うん、また後でね」


「ばいばい」


 ひらひらと手を振って、プリメラのお店を後にした。結局私もケイトも何も買わずに見て回るだけだったけど、正直あの状況で買い物は難易度高い。全体的に売ってもらえなさそうだったし。


「次はどうする?エルちゃんのところ?」


「そうね……どうしようかしら」


 プリメラの所であれなら、エルの方も似たような感じだろう。私だけが何かしら悪感情を抱かれる分にはどうでもいいが、エルやケイトに飛び火するのはご遠慮したい。

 そう思うと、自然と足取りは遅くなる。先を歩くケイトの背をぼんやりと見詰めている内に、さっきの事が再び脳内に浮かんだ。

 ケイトの良いところは、きっと私が一番よく知っている。口は悪いしたまに意地悪だけど、その何倍も優しいし頼りになるし、誰に自慢しても恥ずかしくない良く出来た幼馴染みだ。

 そんなケイトの足を、もしかしたら私が引っ張ったりしているのだろうか。

 私はケイトに対して、欠片の警戒心を持たない。だから何があっても平気で話し掛けるし近付くし、いつも通りを崩さずにいられる。

 でも、今回プリメラやエルに感じた不安は、ケイトに対しても当てはまるのだ。


 私のせいで、ケイトが悪く言われたりするのだろうか。


「マリア」


「っ……!」


 いつの間にか俯いていた顔が、腕を引かれた弾みで上がる。その先にいたのは勿論ケイトで、少しの距離はわずかな力によって無くなった。


「離れないで。人が多いから迷子になっても見つけられない」


「……この歳で迷子はキツいんだけど」


「いつもふらふらしてる人に言われたくない。俺の後ろ歩くならここ持ってて」


 手首に触れていたケイトの手が私の手に重なって、その先はケイトのシャツの裾だった。シワがよるくらい握らせると、満足げに頷いてまた歩き出した。

 何も聞かず、何も問わず、当たり前みたいに近くにいる。

 離れる可能性が過るだけで、側に引き寄せられるのは偶然なのか。それとも何かを察知するのか。ケイトならあり得る、私の事を知り尽くしている人だから。


「エルちゃんの所なら道分かるし、このまま行くけど」


「いつの間に」


「マリアと違って地図得意だから」


 出来るだけケイトの背に重なる様にすれば、刺さる視線が和らいだように思った。まるで盾の様に、守られている自覚は勿論あって、言葉にしなくても通ずるのはお互い様。


「ありがと」


「どういたしまして。マリアに任せて迷うより早いでしょ」


「私だって迷わないわよ」


 分かっているくせに、気付かない振りをするのだって。

 ほら、やっぱり、私の方がずっとケイトに甘えてる。



× × × ×



 エルのところは、まぁ文化祭では定番と言うかなんと言うか。正直私は回れ右をして帰りたい。


「いらっしゃーい、マリアにケイトさん」


「こんにちは」


「エル……これって、まさか」


「ん?言ってなかったっけ」


 首を傾げるエルの背後には、真っ黒な館が黒雲を背負って建っている。こんなおどろおどろしい建物はオズにはなかったと思うけど、既存の建物の趣を変えたのか新しく建てたのか、私は欠片も興味がない。なので今すぐ帰りたい。


「うちの部はホラーハウスなんだー!本格派だからすっごく怖いよ!」


「そう、頑張ってね、さようなら」


「はい、待った」


「離しなさいケイト、私は帰る」


「入る前から逃げないの」


「あなた気付いてたわね!」


「地図に書いてあったからね。ちゃんと見てないマリアが悪い」


 いけしゃあしゃあと……さっきの感謝を返せ。

 この反応でお分かりだと思うが、私はホラーハウスの類いがとてつもなく苦手だ。暗い森も遭難も、牢屋や処刑を経験している身でも苦手なものはある。というか、作り物だからこそ苦手なのだ。

 もし現実に魔物だお化けだ幽霊だに出会った場合だって恐ろしくは思うだろうけど、ホラーハウス……所謂お化け屋敷や怖い話なんかとは種類が違う。現実だからこそ冷静に対処できる、人が作っているからこそ恐ろしい。

 というか、この世界のお化け屋敷ってクオリティヤバいんだよ!オートモード時代のトラウマだわ!

 高等部は中等部より魔法の使い方が上手いからより怖かったけど、中等部でも魔法道具なら使えるし、動くマネキンが現実にあり得るって恐怖以外のなんですか。


「ぜっっっったい!入らない!」


「分かってるよ。無理に引き込んだりしないから」


 エルには申し訳ないけど、こればかりは譲れない。下手をしたら出し物を物理的に破壊してしまうかもしれない。


「……マリアってこういうの苦手だったんだ、ちょっと以外」


「平気なものと駄目なものが極端なんだよね」


 なんとでも言え。ホラー嫌いにお化け屋敷やホラー映画を無理強いする奴ら地獄に落ちればいいんだ。何事にも地雷と棲み分けは大切に。


「折角来てもらっておいて、もてなせなくてごめんなー」


「ううん、これは全面的に私の問題だから……頑張ってね」


「うん、ありがと」


 残念だけど、こればかりは誰が悪いとかではない。私はこの店の客になれなかった、ならなかったというだけ。需要と供給が一致しなかっただけの話だ。


「んじゃ、次はどこ行くかなー」


「平和なところがいい」


「はいはい、じゃあ何か食べ物でも買いに行くか」


 すっかりむすくれてしまった私に、食べ物で釣る作戦か。子供騙しな……と鼻で笑う前に示された案内図には、マカロンの文字。

 

「早く行くわよ今すぐに」


「変わり身すご」


「切り替えが早いと言いなさい」


「物は言い様ってやつな」


 地図を埋め尽くす出し物達。結局二日間で回れた数は高が知れているけれど、それでも凄く楽しかったから。


 素晴らしい思い出と共に、私は四日目を迎えた。



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