石のなかの宇宙
「寒くなると、星の光がまたたくだろう?」
白い息が流れていく。わたしは寒さに身ぶるいをして、おずおずとうなずいてから、夜空を見上げた。
「宇宙はとても広くて遠くて何光年も離れているから、地球に届くのは、ずっと前の光なんだ」
「昔の、ってこと?」
「そう。ぼくらの目には今、星が輝いてるように見える。でもその光が地球に届くまでに、とても時間がかかる」
おじさんはそう言うと、自転車のカゴに無造作に入れていた石をわたしに見せた。
「家に帰ったら、開いてみてごらん。星の光が集まってできた結晶が、中に詰まっているから」
わたしはずっしりとした石を受け取って、そんなことあるのかなと心の中で首をひねった。
おじさんはときどき、ふしぎな話をする。お母さんに言わせると、ロマンチストなんだそうだ。
最初に聞いたときはピンと来なかった。おじさんは石の研究をする学者さんだから、ロマンチストというお母さんの言葉とは、イメージが結びつかなかった。どちらかというと、科学や実験のイメージだった。
「ただいま! 寒かった!」
「おかえり」
家に帰ってから、そっと石を開いてみた。中には小さな宇宙があった。
リビングから玄関にほんのりと差しこむ明かりがあたって、石の中は星の光のようにきらきらと輝いていた。
わたしは急いでクツをぬぐと、台所でお皿を洗っていたお母さんに石を見せた。
「ねえ! 見て! 宇宙!」
「またおじさん? いつもそういう、ボヤッとした話をするのよ」
***
おじさんは魔法使いのように、そこらへんにあるものに何気なく魔法をかけてしまう。
おじさんの目と言葉を通すと、星のまたたきが結晶を作り、石は小さな宇宙になり、寒さで白くなった息はわたしたちの身体から生まれるふわふわの綿になるのだった。
子供の頃は、よくそんなおじさんの言葉に目を輝かせたものだけれど、わたしはすっかり大人になってしまった。
「またそんな、口から出まかせばかり言って」
反抗期に差しかかったわたしがうっかり口にした言葉に、おじさんは少し目を丸くしてから、気落ちしたように笑った。
言ってから後悔した。まるでお母さんみたいだった。
***
おじさんが山の事故で亡くなって、お葬式に出た。
お葬式から帰ってきたわたしは、ベッドの上に呆然と座って、子供の頃のままになっているわたしの部屋を見渡した。
大学生になって実家から出たときと、大きく変わっていなかった。
わたしは、おじさんがくれた石をそっと開いた。薄くホコリが積もった石の中に、小さな宇宙が変わらずにあった。
──星の光が集まってできた結晶が、中に詰まっているから。
ふと涙がこぼれ落ちて、わたしはようやくおじさんの言ったことを理解した。
中に詰まっていたのは、何光年も先の、とても遠くから届いた星の光……時間そのものだった。
<おわり>




