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第01話 突然の婚約破棄

「リュミエール・フォンターナ嬢、申し訳ないのですがあなたとの婚約は破棄させていただきたい」


 私が来年(とつ)ぐ予定だったフィンケル・ノーランド様からの突然の宣言に、頭の中が真っ白になった。わけが分からない。何か気に障ることをしてしまったのだろうか。


「どういうことですか? 説明してください!」


 詰め寄って説明を求めるけど、フィンケル様は言いにくそうに目を逸らすばかりで一向に答えてくれそうにない。


 生まれたときからの許嫁で、今年13になる私はこの方に嫁ぐものだと思っていたのに。

 それはまぁ親が決めたことだし、家のための結婚だということは私もわかっていた。

 でも結婚ってそういうものだとずっと教えられてきたのだから、別に疑問にも思っていなかったわけで。


 愛しているという気持ちも全く知らない。でも結婚すればそのうち愛が芽生えるものだと周りから言われて、私もそう思おうとしていたのだけれど。

 それなのに大事な話があるからとお屋敷に招かれて、突然の婚約破棄。何がどうなっているのか誰か説明して欲しい。


「もしかして……他に好きな方がいらっしゃったんですか……?」


 真っ先に思いついたのがこれだった。

 殿方のことを勉強しようと読んだ恋愛小説では、大抵親が決めた相手よりも好きな相手がいたものだった。

 その、道ならぬ恋に身を焦がす姿には、恋を知らぬ自分でも心ときめくものがあった。

 なにより私みたいな9歳も年下の小娘よりも、より魅力的な大人の女性に惹かれるのは仕方のないことなのだろう。


「そ、それは違っ――!!」

「だとすれば申し訳ないことをいたしました……家同士の都合とは言え、望まぬ結婚を強いてしまったのですね……」


 このような立派な方が想いを寄せるなんて、それは素晴らしい女性に違いないのだろう。

 私は潔く身を引こうと考えていると――


「だから違うと言っています!! 他に想いを寄せた女性なんておりません!!」

「だとしたらなぜですか!」


 私の(とぼ)しい知識ではもう見当もつかない。それとも単純に、私に魅力が無いのだろうか。


「あのっ……じゃあ……私のようなちんちくりんの小娘では、やはりお嫌でしたか?」


 恐る恐る聞いてみたところ、彼は呆れたように天を仰ぐ。


「そんなことで婚約を破棄するわけがないでしょう!? それにあなたは魅力的だ! 100人が100人あなたのことを魅力的な女の子だと言うでしょう!

 まだ年はお若いが、それも年を経るにつれて花開いていくのは疑いようも無く、嫌うなんてとんでもない!」


 情熱的に褒められて結構照れる。でも、だとしたら何が原因なのだろう。

 他に好きな人もいない。私が嫌いなわけでもない。家が進めた縁談なのだから家の問題であるはずもない。となると。


「あの……では何が理由なのですか……?」

「それは……私の口からはちょっと……」


 再び尋ねても、渋るばかりで答えてくれない。


「お願いします! 教えてください! でないと帰れません!」

「ですから、その……あなたのためを思っての事なのです」


 ますますわからない。婚約破棄が私のため? でもお優しいフィンケル様が意地悪でこんなことをするはずもないというのも分かっている。


「私のため……であればなおのこと理由が知りたいです!」


 再度詰め寄ると、フィンケル様は本当に、本当に言いにくそうに切り出した。


「あなたが原因ではないのです……ええと、その」

「はい」

「………………あなたの侍女のことでして」

「えっ?」


 私の侍女……ルシールのこと!? その理由は全く考えていなかった。


 ルシールは私が子供のときからずっとそばにいてくれて、10歳年上の彼女は私の姉であり母でもあるような、かけがえのない女性だ。

 フィンケル様とお会いするときも必ず同席してもらっていたけど。でもそのルシールが何で!?


 もしかして彼女を好きになってしまった? いやでも好きな女性はいないっておっしゃっていたし……


「あ、あの……ルシールが何か失礼なことをしましたでしょうか……?」


 あの完璧超人の彼女がそんな粗相をするとは思えないけど。

 でも今日はどうしても彼女は外してほしいと言われたので、離れた部屋に控えてもらっていた。

 不思議に思ったけど、彼女の話をするためならそれも納得がいく。


「そういうわけではないのです。彼女の仕事は完璧でした」

「でしたらなぜ?」

「それは……」

「それは?」


 フィンケル様はちらりと窓の外を見た。そこからは彼女が控えている部屋が見えるはずだ。


「もし仮に私とあなたが結婚したとします」

「はい」

「そうなると、ルシール嬢はあなたと離れねばならないでしょう」

「…………はい」


 それはその通りだ。ルシールは私だけの侍女ではない。あくまでも我が家の侍女であり、家を離れて付いてくることはできない。

 優秀すぎるがゆえに、父の秘書の様な仕事まで任せられるようになった彼女を、父が手放すことは決してないだろう。


 彼女と離れるのが辛くて、何度も何度も彼女にすがりついて泣いた。今でもそのことを思うと胸が張り裂けそうになる。


「それは……そうですけど……でも、それが私との婚約破棄に何の関係が……?」


 辛い事実を思い出してしまい涙ぐんでしまう。

 すると彼は私の肩をぎゅっと掴むと、恐ろしく真剣な目をしながら問いかけてきた。


「それでいいのですか?」


 いいわけがない。いいわけはないのだ。しかし。


「これは家が決めたことですから……」


 目をそらし、力なく答えることしかできなかった。

 そう、どうしようもないことなのだ。これが私の運命なのだから。

 私がうつむいていると、彼はゆっくりと首を振る。


「私はあなたの幸せを願っております…………なので婚約を破棄しなくてはいけないのです」

「私の幸せ……? 婚約を破棄してでもルシールと共にいることが私の幸せだと?」

「そうです」


 断言された。そこまで言いきるということは、彼には確信があるのだろう。

 私が彼女と共にいるべきだと。


「それは、どうしてそう思われるのですか? 私と彼女が大の仲良しだからですか? だから離れないほうがいいと?」


 私も彼女と一緒にいたい。でもそれは私のわがままなんじゃないだろうか。


「言わないと、ダメですか? 私から言うのは野暮の極みというものでなるべくなら言いたくないのですが……」


 何か甘くて酸っぱくて苦いものを噛みしめたような顔をしている。野暮? 野暮ってなんだろう? 


「はい、お聞かせください。そうでないとわかりません」

「後悔しませんか? 私としてはここまで言った時点で気づいてほしいのですが」

「後悔も何も、わからないから聞いているのです」


 私からしつこく頼まれてもなお、彼は言ったほうがいいのか言わないほうがいいのか、うんうんと唸っていた。

 そして更にしばらく悩んで、悩んで、悩みぬいて、覚悟を決めたように口を開く。


「なぜならば、あなたとルシール嬢は…………」


 彼の真剣な様子に息をのむ。いったいどんな答えが返って来るのか。長い長いタメのあとで出てきた言葉は――


「愛し合っておられるからです!!」


 ――私が全く予想していないものだった。


「――ほえ?」


 そのあまりにも予想外の言葉に、私は思わず変な声を出してしまったのだった――



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