心残り
「うわあああああああん!! よかったでございますです!! 私、あのままギルドマスターになってしまうかと思いましたでございます!!」
うれし涙に顔を濡らす戦士姿のドロテアに、
「はぁあ……これで、冒険者としての再出発は、お預けか……短い夢じゃったな」
ドロテアがその身体の中身だった時に流した涙の跡を拭くギルドマスターのゴライオス――
階下からも歓声と――ほんの一部……本当にほんの一部、落胆の声が響いてくる――
「元に戻った……元の身体に戻れたぞ~~!! う、うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
Bランク冒険者の身体に戻ったシックが号泣しながらその身を抱きしめる――
「よかったざます! よかったざます!! もちろん、パメラちゃまも元に戻ったざますね!!」
貴族夫人の身体に戻ったクララが、娘パメラの幼い身体を抱きしめる――
「ああ、戻れてよかったざます、戻れなかったらパメラちゃまと他人になってしまうところだったざます!」
「待ってくれ! クララ!! 我の娘の中身ははまだ我、ジェイソルだ!! 戻っていない!!」
「私もまだお父さんのままだよ! お母さん」
「ええ!!?」
自身は、戻れたというのに入れ替わっている家族が戻れていない事にショックを受けるクララ―――――
「ど、どうしてざます!? 皆、元に戻ったのではないざますか!?」
「個人差でもあるんじゃないの? ま、呪いに巻き込まれていない俺には関係のない話だが」
「お、お嬢様! 御領主様! 何か、こころあたりはありますか!? 何かしたことで呪いが解けなくなっているのかも!!」
他人の身体でいることがどれほど精神的苦痛なのかわからないエイトが適当なことを言い、同じく入れ替わった経験のないラッセルがどうにか原因を突き止めようとする――
「何たることだ!! パメラちゃまとジェイソル様だけが戻れないなんて!!」
シックは悲劇の少女を慰めようとその身にだきつこうとする!!
「さっきまで我が妻だった男よ、我に、娘に、パメラに近づくな!! てか!! おい!! それはなんだ!?」
少女は顔を真っ青にしてシックのある部分を指す!!
「これは俺様が原因じゃない!! 俺様の身体を使っていた時に勝手にこうなってたんだ!!」
「ああ、それは……ずっと窮屈だったざます……」
「だから!! 嫌わないでくれ!! パメラちゃま!!」
「ごっめ~~ん! よくわかんない~~」
「ジェイソル様の身体のパメラちゃま、必ずこの俺様、Bランク冒険者、シックがもとに戻して見せます!!」
「というかお前……貴族令嬢とそんなに親しかったのか?」
エイトがシックの奇行を見ながら冷静に突っ込む――
「なにぃ! パメラ、お前はこんな男と付き合っていたのか?」
「え、私そんな人、知らないよ」
本来の自分からの質問に、領主貴族の顔と身体で疑問符を浮かべる少女――
「じゃあ、何でシックはこの少女の事を知ってたんだ?」
シックの言動にその場のほとんどの者が疑問を覚える――
「やっぱりお前はEランク堕ち確実な犯罪者なんだろ!? 幼い少女の事を調べて調べて調べ上げ、自分の物にしたいと思っているんだろう!!」
「違うわぁ!!」
エイトの言葉に否定の言葉をあげるシック――
「俺様のパメラちゃまへの感情は何というか……親が子に向ける父性愛……というか、ぼ……母性愛というか……」
「母性愛!? お前、女だったのか!?」
「そんなわけあるか!!」
わけのわからない主張をして、それに突っ込まれると叫んで否定する事しかできないシック――
「も、もしかしたら……わたくしの心がまだその身体に残っているのかもしれないざます……」
そんな大混乱中のシックに対し、先ほどまでそのBランク冒険者の身体を使っていた貴婦人が声をかける――
「……? 貴婦人の心がまだ体に残ってるって? どういう意味?」
「さっきまでのわたくし……Bランク冒険者のシック、さん……あなたのフルネーム……は……シック・リークール、であっているざますか?」
「あ、え? うん? あってるけど……なんで俺様のフルネームを知ってんの?」
「まさか……前々からこの男を知っていたのか、クララ!」
シックに向いていた奇異の目が、今度はクララに向けられる――
「ち、違うざます!! ――この名前はわたくしの中で叫んでいる……あなたから教えていただいたざます……まだわたくしの中に残って――うるさく騒いでいる、あなたの心の一かけらに!!」
「はぁ!?」
「……あなたの心の中にも、わたくしの心が一かけらが……残っていませんか?」
さっきまでの自分と見つめあうシックとクララ―――――
「俺様の中に貴婦人の心が……」
信じられないという感じで目の前の相手と自分を交互に見る――
「い、言われてみれば俺様の中に本来の俺様ではありえないほど気高く、教養深く、そして家族に深い愛情を持つ高貴な心を感じる――こ、このままでは俺様が高貴な心に塗りつぶされる!?」
「……おいおい、入れ替わって元に戻れても、心残りがあるのか? ……ほかの連中は大丈夫なのか?」
エイトはそんな二人から目をそらし、もう一組の入れ替わっていた男女――ギルドマスターのゴライオスと受付嬢のドナテラの方に視線を変える――
「今ギルド内にいるすべての者に伝達!! 今の状況をこのゴライオスに伝えろ!! 呪いに巻き込まれていないという者は町中での状況を調べてくれ!!」
元の身体に戻ったゴライオスが、ギルド全体に声を届けられる拡声装置に手をかけそう言い放っている!
「そう言えば、入れ替わっていた町の連中も全員元に戻ったのか……?」
そう思って聞耳をたてるが、階下からは何の感情かはわからない叫び声しか聞こえない。
しかし、
「安心しろ!! 今、ギルド総本山と話はついた。勇者ハロルドがこちらに来てくれるそうだ!!」
ゴライアスがそう伝え終わると、叫び声は歓声に変わる! そして、階下から一斉に人が飛び出していく!! 町中に勇者来訪を伝えに行くために!!
「……なんかすげえな……勇者ハロルドって……」
「そうだよ! なんたって世界中で様々な事件を解決しまくっている最強勇者様だもん!! きっとこの事件だって解決してくれるよ!!」
「……だと、いいがな」
いくら皮肉屋のエイトでも、父親の身体に閉じ込められた哀れな少女の願いを否定する言葉を持ってはいなかった――
「楽しみ~~! どんなかっこいい勇者様なんだろう! ああん、お父さんの身体じゃなかったら、私が勇者様のお相手をするのに~~」
貴族領主の顔を赤らめるパメラ――
「知ってる? 勇者ハロルドって、古の賢者の知を現代まで引き継いでいるんだって!」
「俺様は、とある貴族の嫡男だったが、その貴族家の不正を是正した後冒険者になったって聞いているぞ」
「わたくしは、勇者ハロルドには実は過去に戻る力があり、失敗しても再チャレンジができるため、必ず成功を収めることができる、言う噂を聞いたことがあるざます――」
「結構無茶苦茶な噂ばかりだな……しかも、信憑性のないものばかり……」
「そう言えば、元の身体に戻ったのだから私がその噂に高い勇者様のお相手をするべきなのでしょうか?」
「っま、そこはおいおい考えておこう。さて、勇者ハロルドを迎える準備をしなければ――」
ドオオオオオン!!!!!
突然、外から大きな衝突音が轟く!! それと同時に、
「勇者様が到着したぞ!!」
という大きな歓声が聞こえてきた!!
「え? もう!?」
歓声を聞いた者たちはいっせいに外へ飛び出して行く――――――
――町の救護院――
いつもの日常ならば怪我や病気など体に不調のある人々が訪れる場所だが、今は先日のドラゴン騒動で生き残った冒険者たちが搬送されており、彼らの治療を優先するのために、他の人たちの利用を断ってるくらいだ。
そこにも冒険者ギルドから勇者来訪の知らせを持った職員がやってきていた。
「勇者ハロルド!?」
ドラゴンと戦った勇者たちに本物の勇者の到来が告げられる――
「そうだ。あのトロル解体業で有名な勇者ハロルドだ!」
「え!? あちこちに病気をばらまいていた、病魔を打ち倒したというあの勇者ハロルド!?」
「ノムラダマスの大予言に書かれていたという恐怖の帝王を説得して元いた場所に返したという勇者ハロルド!?」
ここでも信憑性のない勇者の噂話が流れているようだ――
幸運な事に――ここに運び込まれていた冒険者や医療魔法の使い手たちに心の入れ替わりが起こっているということはなかった。
……全員がそう自己申告している、だけだが――
「勇者ハロルド……?」
「おう! お前も知っているだろ!? 勇者ハロルド!! 欲を言えば、ドラゴンがこの町に向かって来ていた時に来ておいてもらいたかったぜ!」
折れた腕をつり、体中に包帯を巻いた負傷冒険者が、隣のベットに横たわる女性の負傷冒険者に声をかける――
「ほらほら……あまり興奮しないでください。傷に障りますよ」
妙齢の治癒術師が負傷冒険者をなだめる――
「ああ、クソ! いてててて……こんな怪我をしてなきゃ勇者を一目見に行けたのに……」
「ドラゴンと戦って命があっただけ儲けものなんですから、おとなしくしていてください!」
「そうだ。何人も死んでるってことを忘れるな」
ギルドの職員もそう言う――ここにいる負傷冒険者たちは、ドラゴンと戦った者たちのほんの一部でしかない。
――後の者たちは……エイトを除いて、全員死んでいる――
それを知っている人間には、テンションがあげられる冒険者の心情を理解できなかった――
と、
「あ、おい! イルダ! お前どこへ行くんだ!?」
寝ていた女性冒険者がふらりと立ち上がり、救護院を出ていこうとする――
「勇者……その肉体こそ、オレにふさわしいのかもしれない……」
その女性冒険者はふらふらと足を引きずりながら歩いていく――彼女の身体はまだ、完全回復をしていないはずだ――
「ちょ、ちょっと! イルダ!!」
治療術師が慌ててその負傷冒険者を止めようとする――
「うるさい……」
そのイルダと呼ばれた女性冒険者が胸元から何か黒い石のようなものを取り出す――そして、それを指でつつくと――
ポラリン♪
「「「「「――――――!!!!!?????」」」」」
「痛い!! 痛い!! 痛い!!」
「なんだこれは!!」
「どうなってるんだ!?」
そこにいた人々の心が入れ替わり、救護院は大混乱に陥った――
リンポラ♪
「あ、あら? ここはどこかしら?」
「うん? どうした?」
エプロン姿の主婦が突然、キョロキョロとあたりを見る――
「あ、君は……いつも息子がお世話になっています」
そして、目の前にいる若い門番を見つけると、ペコリと頭を下げる――
「あ、ああ、ええっと……もしかしなくてもあいつの母ちゃん? 元に戻ったのか?」
「元に戻った……いいえ、まだ中に息子がいるようね……かすかだけど息子の心を感じるわ――」
エプロン姿の女性は自分の置かれている状況を理解しようとする。
「もしかしら、今町でおこっている人々の心の入れ替わり現象、心全てが完全に入れ替わっちゃうとかそういうものではなくて、多少なりとも元の身体の心が残っているようね……そして元に戻った時にも同じように入れ替わった者の心が少し残ってしまう……」
「うお、さすがは町の学校の先生をやっているだけあって理解が速い!! そんで、それって結局どういう事!?」
「入れ替わった者は完全に戻らない、って事――まあ、この一例だけでは何とも言えないけどね――と……」
事態解決の糸口を考えていた、元に戻った主婦がそばで固まっていたメイド姿の少女に気づく――
「あらあら、あなたはリエットちゃん――こんな場所で何をやっているのかしら?」
「知っている子?」
「ええ、この間まで私の教え子だった子よ――今は御領主様のお屋敷でメイドとして働いていいるわ」
「――ええっと、ワシは……」
声をかけられたメイド少女はどういっていいのかわからず右往左往している――
……老齢の門番、ラーズの心はメイド少女、リエットの身体から解放されていない……だってもう、心が帰るべき肉体はリエットの心と共に死んでいるのだから……
「……もしかして、ローダン君の事を調べに来たの?」
ズキン……
「え? ローダン……?」
ラーズの心にはまったく覚えのない言葉だ――が、その言葉を聞いた瞬間、どこかに肉体的ではない痛みを感じる――
「ローダンって、このあいだ新人のⅮランク冒険者になったってはしゃいでいたあいつか? あ、そう言えばあいつ……今回のAランク冒険者の大型採取クエストに、ついていってたんじゃ……!」
ズキン……ズキン……
ラーズの心は、少女の身体からではない痛みに、困惑する――
「ワ、ワシ……ど、どうなって……」
そんなつもりないのに、瞳から涙があふれる……
「でも、ローダンって生きて帰ってきた冒険者たちの中に――含まれていなかったよな!!」
「ええ、ローダン君は……」
トサ……
「――!? え、あ、おい!! 嬢ちゃん!? しっかりしろ!!」
「リエットちゃん!! だいじょうぶ!?」
ラーズの心とは関係なくリエットの身体は力なく倒れてしまう。
それは、そこから先を知りたくないという自己防衛のための気絶、だった―――――
………誰の?




