若き騎士たちの日常
番外編『ある父親の戸惑い』の後日談的なもの。
アルベス17歳、王国軍の若き騎士だった頃のお話です。
その日、王宮は朝から異常な空気が流れていた。
王国軍騎士の制服を着たアルベスは、王宮の廊下を歩きながら首を傾げる。
何を「異常」と感じたのか、アルベス自身も言葉にすることは難しい。だが、いつもと違う空気を感じていたから、王宮中央棟へと呼びだされても特に疑問は持たなかった。
アルベスが王国軍に入ったのは約一年前。
新兵としての訓練期間を経て、今は第一軍の騎士の一人として王宮と王都の警備の任務についている。
だから、王宮の警備を増強するために呼び出されたのだろうと思っていたのだが……中央棟で待っていた上官の前に立った時、一緒に並んでいる同僚を見て首を傾げそうになった。
集められた騎士たちは、皆、若かった。アルベスと同年代か、それより少し上くらいまでの若い騎士ばかりだ。
それなりの手練れではあるが、戦力増強のためなら、もっと別の騎士が選ばれていてもいいはずだ。
なのに所属軍を問わず、若い騎士ばかりが集められている。
その上、呼び出した上官も、深刻さが欠片もない態度で警備場所の割り振りをして、最後は「あとは適当に歩き回れ」という、どう考えても投げやりな命令で終わった。
いったいどう言うことなのか、疑問ばかりだ。
「……こういう時は、やっぱりアルベスも呼ばれるよなぁ」
巡回任務として中央棟の廊下を歩いていると、一緒に組んでいるバーロイが深々とため息をつく。アルベスは同僚を振り返った。
「どういうことだ。お前は何か知っているのか?」
「まあな。今日は朝から王宮の空気がおかしくなってるだろう?」
「それで俺たちが応援に呼ばれたと思っているが……それにしては何か違和感があるんだ」
「さすがに、それはアルベスも気付いたか」
バーロイはガシガシと髪をかき乱した。
「集められたメンバーがおかしいと思ったんだろ?」
「そうだ。敢えて若い連中だけを選んだとしか思えない。新人の試験でも兼ねているのか?」
「それだったらマシだったんだがな。選んだ基準はあれだ。——顔だよ」
「……顔?」
「若くて顔がいい奴ばかりを選抜している。……うちの軍の上層部は馬鹿なのか?!」
バーロイはため息をついた。
確かに、バーロイという男は女性たちに人気があると聞いている。顔立ちがいいというだけでなく、周囲への目配りが優れていて頼り甲斐があるからだろう。
しかしアルベスは首を傾げた。
「近衛騎士の選抜のようだな。不足しているとは聞いていないが」
「ある意味では不足しているんだよ。我らの殿下のせいで」
「それは……フィルが何かやったのか?」
「我らのフィル様が、今日は一段とキラキラしていてサービス過剰な状態なんだよ! それで王宮の女性たちが落ち着かなくてな。顔のいい騎士を投入して沈静化を図るつもりなんだろう」
ため息混じりの説明に、アルベスは歩きながらしばらく考える。
その間も、周囲への警戒は怠らない。
忙しそうに歩いている文官たちの顔と身なりは全てチェックしているし、高官である貴族たちの護衛が過剰武装していないかも確認している。
だから、廊下の向こうから歩いてきた侍女たちがいつもより浮ついているのも見ていたし、アルベスとバーロイに気付いた途端にハッと我に返る瞬間も目撃した。
だが、それと自分たちの投入理由が、いまひとつ結びつかない。
アルベスが首を傾げていると、バーロイがぐいと肩をつかんで声をひそめた。
「それより、お前はフィルの野郎が無駄にキラキラしている理由を知っているんじゃないか? 休暇前に、あいつを引っ張っていく姿を何人かが見ているぞ」
「俺の実家に連れて行っただけだ」
「…………えっ? あの人をラグーレン領に連れて行ったのか?」
「俺の実家は王宮の権力闘争とは無縁だからな。のんびりできたようだぞ」
「確かにラグーレンはそういう場所だが、だからと言ってあの人を連れて行ったのか? あいつは王子様だぞ? 親父さん、腰を抜かさなかったか!?」
「一応、手紙で客を連れていくと予告はしていたから、普通の対応をしてくれたよ。……ひどく驚いていたけどな」
「そりゃあ、驚くだろ……」
バーロイは心から同情するような顔をした。
アルベスの父ラグーレン子爵は、若い騎士たちが押しかけても、若者らしい馬鹿騒ぎをしても、おおらかに迎え入れてくれる。
バーロイも穏やかな子爵のことは好きだ。だからこそ、普通の貴族の感覚しか持たない子爵の胃を本気で心配してしまった。
だが、これで今回の不穏騒動の原因は分かった。
そして侍女たちの反応を見る限り、軍上層部が思ったより馬鹿ではなかったことも分かった。解決方法がこの上もなく馬鹿だとは思うが、効果としては間違いないようだ。
ついに足を止めてしまったバーロイがため息をついていると、アルベスが急に足を早めた。
「あ、おい、アルベス?」
バーロイは、慌ててあとを追う。
しかし追いつく前に、アルベスは年配のメイドたちが二人がかりでふうふう言いながら抱えていた大きなカゴに手をかけていた。
「お持ちしよう」
「え、でも、騎士様にそんなことしてもらうわけには……!」
「巡回のついでだ。そっちのシーツも持つよ」
メイドが戸惑っている間に、アルベスは別のメイドが抱えていたシーツをまとめた袋も受け取って大股で歩いていく。
メイドたちは顔を見合わせ、それから慌ててアルベスに追いつこうと小走りになった。呆気に取られながらバーロイは見送ってしまい、それから顔に手を当ててため息をついた。
「……アルベスめ、あいつ、またやりやがったな……」
低くつぶやき、手の影からそっと周りを見る。
廊下の向こうにいた王宮付きの侍女たちが目を大きく見開いていた。反対側にいた下働きのメイドたちは手を握り合って頬を染めながらはしゃいでいる。さらに手を遠くまで見ていくと、頬を染めた女性文官たちが床に落としてしまった書類を拾っている。
予想通りの光景だ。
そして……バーロイが恐れていた光景の一つだった。
「フィルの野郎だけでも手に負えないのに、アルベスまで女性たちの心を乱すなよ……しかも無自覚にやりやがって!」
アルベスは女性に対して優しい。
態度が優しいというより、困っている女性を見過ごすことができない。手伝うことが当たり前だと思っているし、その優しさが相手にどんな感情を呼び起こすかは全く気付いていない。
バーロイから見れば、意識的に女性たちの心を翻弄するフィルよりタチが悪い。
今までアルベスは軍本部とその周辺にしかいかなかったから、無差別な優しさはごく一部にしか知られていなかった。
だが、軍の上層部はこれを狙ってアルベスを中央棟の任務に選んだはずだ。戦略は完璧だった。効果はおそらく期待していた以上だろう。そう考えると頭が痛い。
「……全く、上の連中は責任を取れよ……!」
バーロイはため息をつき、これ以上悪化させないためにアルベスの後を追うことにした。
◇
王宮内の女性たちの浮ついた空気は、数日後にはひとまず落ち着いた。
しかしバーロイをはじめとした若い騎士たちは、新たな事態に頭を抱えていた。
王国軍の本部があるのは王宮の東棟。
その東棟の周辺に、最近は女性たちが頻繁に出没する。貴族出身の女性もいれば庶民出身の女性もいる。
共通しているのは大きな荷物を抱えていること。
重そうな大荷物を持ってわざわざ中央棟から離れた場所までやって来るのだから、女性たちのたくましさに感心する。
女性たちは、若い騎士を見つけると途端に荷物を抱えてふらつく。そして駆け寄ってきた騎士を見上げては「違った」とつぶやいて、がっかりした顔をするのだ。
今日三回目のがっかり顔を見てしまったユリシスは、兵舎の食堂で頭を抱えていた。
「……なあ、もうやってられないんだが!」
「ああ、やってられないな」
一緒に食事をしていたバーロイも、虚ろな顔で苦笑しながら頷く。
しかしレンドは明るく笑った。
「なんだ、ユリシスもバーロイもなさけないな! 女性たちと知り合ういい機会なのに!」
「よくねぇよ! アルベス目当ての女性ばかりじゃねぇか!」
「それでも荷物を持ってあげれば、その間は話ができるじゃないか。そこで話が弾めばその次も話ができる。特別な存在になれなくても、女性たちのおしゃべりにお付き合いできるのは楽しいことだろ?」
「……お前はそうだろうな。だが俺はおしゃべりより、訓練で汗を流したいんだよ! みんな無駄にそわそわと歩き回りやがって、訓練場に行っても相手がいない! なあ、バーロイも困ってるだろう?!」
「俺はもう、どうでもよくなってきた。そのうち女性たちも飽きるだろう」
大袈裟なほど嘆くユリシスに同意を求められたのに、バーロイはくるくるとナイフを回しながらため息をつくばかりだ。
そんな二人を見て、レンドは眉を動かして腕組みをした。
確かに、アルベス目当ての女性は多い。
だが当初から女性たちの目標は複数だったし、おかしな流行が続くうちに、騎士たちと無差別に知り合いたいという女性の割合も圧倒的に増えている。
何事にもそつのないバーロイは、以前から根強い人気があるし、重い荷物を軽々と引き受けてくれるユリシスも実は女性たちの評価が高い。
レンドは、そういう女性たちの裏話を従姉妹たちから聞かされていて、すっかり腐っている友人たちにも教えてやるべきか、少し前から密かに悩んでいる。
だが、バーロイは軍上層部の悪辣な作戦にうんざりしているのであり、ユリシスは年上の女性にしか興味がない。
どう考えても、裏話を聞いて元気を取り戻す男たちではない。
「——まあ、いいか」
そうつぶやいて、レンドは何気なく窓の外を見る。
真冬や嵐の日以外は年中開け放っている窓の向こうに、重そうな荷物を抱えた従者を連れた老夫婦が見えた。
貴族のようだが、服装が王都近辺のものとは少し違う。南部か西部の地方貴族だろう。王宮は初めてなのか、不安そうに周囲を見ている。
レンドに釣られて窓を見たユリシスは、老夫婦たちを認めるとすぐに立ち上がった
「おい、あれは誰かが爺さんと婆さんが来る予定だとか言ってたやつじゃないのか? 荷物がずいぶん重そうだな。俺が迎えに行ってやるよ!」
「だがもう誰かが向かって……おい、あれはアルベスだ!」
慌てたレンドの言葉に、不貞腐れたように水を飲んでいたバーロイも慌てて立ち上がった。すでに顔が強張っている。
騎士たちが見ている前で、アルベスは従者が抱えていた重そうな荷物を受け取って軽々と担いだ。さらに東棟の軍本部まで案内するつもりのようだ。
気負いのない、ごく当たり前のような行動だ。
アルベスらしい。だが……。
「あいつを隠すために王女殿下のところに送り込んでいたのに、なぜもう戻ってきたんだ?!」
「そんなの知るかよ! どうせまた王女殿下が気まぐれを起こしたんだろう!」
若い騎士たちが全力で外に走り出ると、老夫婦と気軽に話をしながら荷物を抱えて兵舎へとやってくるアルベスが見えた。
……その姿を、キラキラと輝く目で見つめる女性たちも。
気のせいでなければ、「お年寄りにも親切なところが素敵」などとざわついていた。
◇ 番外編『若き騎士たちの日常』 終 ◇
最後まで読んでいただきありがとうございました。




