あの人のこと、どこまで知っているか試してみた(2)
◇
日を改めて、俺たちは再度妹ちゃんに探りを入れてみることにした。
アルベスは畑の見回り中。
俺たちがうろうろしているのを見て、何か企んでいると察したのだろう。さっきからティアナ殿が眉を顰めている。
だが、今のところはまだ制止はされていない。だから現状としては問題はないだろう。
……よし、いくか!
「なあ、ちょっと聞きたいことがあるんだが。妹ちゃんは、フィルの好きな食べ物は知ってるか?」
「え、フィルさんの好きな食べ物ですか? そうだな……豆料理とか、塩味のシチューとかかな?」
箒を使った掃除の手を止めて、妹ちゃんは真面目に考えてから答えてくれた。
それを聞いて、ユリシスが目を大きく見開いてから笑いだした。
「塩味のシチュー! あの人、それ好きだよな! アルベスの野郎とよく盛り上がっていたよ! ……でも、豆はそんなに好きだったか? 俺たちの前では、そんなに執着しているようではないんだが」
「ああ、それは確かにそうだな。昔はそうでもなかったよ。食堂のご婦人に山盛りにされたからといって、半分くらい押し付けられたことがあるから、他人に渡したくない程の好物という感じでもなかったな」
……ご婦人、ね。
レンドは相変わらず女性に対して、非常に気を遣うなぁ。
食堂は基本的に男だらけで、女性はほとんど見ることはない。そんな貴重な一人で、昔から食堂で見かける女性というと……どう甘く見積もっても若いとは言えないし、体形も当時から横幅は俺たちと大差ないんだが、まぁご婦人はご婦人だな。
俺が密かに苦笑していると、妹ちゃんが首を傾げた。
「やっぱり、前はそこまで好きではなかったですよね? フィルさんは、北部では豆料理がないから食べたくなったと言ってました。産地ではないから気を遣っているみたいですけど」
「ああ、うん、確かに北部では豆は栽培していないから、料理もないんだよ。俺は別に気にならなかったんだが。でも最近はたまに出るよな?」
「へー、そうなのか。よく作っているな。あのあたりは北部人だろ。北部人は誇り高くて、よその地域の文化を入れたがらないものなんだが」
「それがな、最近はなぜか作るんだよ。俺も味見を一回したくらいだがな、不思議な味ではあるが、なかなか美味かったぞ」
「……美味しいんですか? フィルさんはあまり嬉しそうじゃなかったんですけど」
「口に合わないんだろう。生粋の王都近辺の食文化圏の人だからなぁ!」
そもそも、あの人は王子様だしな!
……とは言わない。
口にしたら、まずアルベスに殴られる。そのあと、休暇が終わったら俺は死ぬだろう。死なないまでも、死にそうな目に遭う。
あの人が直接手を下すか、激戦地送りになるか、まあ最終的な結果は似たようなもののはずだ。
そんな確信があるから、絶対に言ってはいけない言葉だと理解している。
まあ、それはそれとして。
「じゃあ、妹ちゃんはフィルの野郎の苦手なものも知ってるか? あ、これは騎士仲間の軽い戯れのためなんだがな!」
「軽い戯れ……」
ポツリとつぶやいた妹ちゃんが、笑いを堪えたような顔をした。
お、これは俺たちの「戯れ」がひたすら馬鹿なことを知っているな? こういうところが気を遣わなくていいんだよな!
俺たちがニヤニヤしていると、妹ちゃんは可愛らしく咳払いをして話題を元に戻した。
「えっと、フィルさんの苦手なもの、でしたよね? ……言っていいのかな?」
「ルシア様。少しでも疑念があるのなら、騎士たちの戯言に付き合う必要はございませんよ。王国軍の騎士たちの中でも、騎士隊の方々は特に淑女とは相入れないものでございますから」
ひえー、ついにティアナ殿が介入してきたぞ! 俺たちを見る目が冷たい。極上にいい女な分、あの視線はちょっと怖いんだ。
だが、俺たちが淑女的なものとは相入れないのは事実なので、弁明はしない。
妹ちゃんはそんな俺たちを特に気にしていないようだ。さすがアルベスの妹だな。真面目に考え、首を傾げている。
「そうですね……苦手というか、畑仕事はあまり上手ではないですね。その他は……食べ物はなんでも食べるし、お菓子も我が家で作るほとんど甘くないものも嬉しそうに食べるし、うーん、家畜小屋の掃除は苦手かな? よく鶏に突かれたとか、蹴られたとか騒いでいるんですよ。でもそれも結構楽しそうにしてくれるから、そこまで苦手ではないと思いますけど」
「へぇー……鶏にねぇ……」
あの人が?
俺たちと同じく騎士隊の野蛮な悪癖に染まっているのに、まだキラキラしているあの人が、鶏に突かれ、蹴られながら家畜小屋の掃除をするのか?
……なんだ、それ。面白そうじゃないか。
ははっ、ぜひ拝んでみたいな!
俺たちはこっそり顔を見合わせて、ニヤニヤしていた。
◇
それから、一ヶ月と少し後。
あの日のふざけた願望を、俺たちは心の底から反省した。
……俺たちは見てしまった。
軍にいる時の顔とは全く違う顔を見せるあの人を。
ひどい寝癖を直そうともせず、草まみれの姿で床に寝ているのを見た時は……俺たちは何を見ているんだろうと本気で悩んだ。
しかも。
あの用心深い人が、妹ちゃんに平気で利き手である右手を預けているなんて。
あり得ないぞ。
北部砦で、いつも隙なく武装していたあの人はどこにいったんだ。仮眠中にうっかり近寄りすぎると剣を抜かれるし、酔っ払った勢いであの人の剣に触ろうとしたら腕を折られそうになるんだぞ?
食べ物も飲み物も、信頼した相手から受け取ったもの以外絶対に口にしない人が、ふらりと台所に立ち寄って、そこにある物を何でも気楽につまみ食いしているんだが?!
……制服を着ている時の、寛大だが気力に満ちた軍団長閣下はどこに行った?
王宮やらで極上の笑顔を浮かべているのに、女たちの熱い視線をさっくり無視するクソ王子はどこに消えたんだっ!?
「ルシアちゃんの豆料理は美味しいなぁ!」
そう言って笑う姿は、どこにでもいそうな兄ちゃんのような気安さがある。そのくせキラキラしていて、それに何と言うか……。
……妹ちゃんに笑いかけるあの顔、甘すぎるだろう。よくアルベスの野郎が黙っているものだ。
俺たちが呆れているのを感じ取ったようだ。
ルシアちゃんがいなくなった途端に、あの人は俺たちに対して、王宮でよく見せるきれいすぎる笑みを向けやがった。
「君たちの口の堅さを信頼しているよ」
ははは……これは信頼というより、脅迫だよな?
透き通るような銀髪越しの青い目は、笑顔とは無縁の冷ややかなものだった。
さすがの俺たちも、少しばかり背筋が寒くなった。
だが、俺たちは王国軍の騎士だ。このくらいの脅迫で引き下がるような腰抜けではない。
……まあ、あの人に言われるまでもなく、俺たちは黙っているつもりだったけどな。アルベスの野郎まで目が怖いんだ。二人が相手となると、俺だって勝てねぇよ。
何より、妹ちゃんはいい子だ。
あの明るい笑顔は壊したくない。アルベスが騎士としての経歴や未来を投げ打って、懸命に守ってきた子なんだ。
脅しに屈したと言われようと、黙っていてやる。
その代わり、我らのフィル様が楽しみにしていた豆入りのパンは、俺たちが全部食ってやった!
はっ、ザマァみろっ!
……後日、腹を立てたあの人に本気で切りつけられたが、木剣を使った模擬戦だから命の危険に晒されたわけではない。
敢えて言えば、ちょっと打ち身が増えただけだな。だがその程度なら、剣を握る俺たちのただの日常の一幕でしかない。
ラグーレンはとても平和だ。
そして居心地がいい。
荒みがちな俺たちにも、こういうのんびりできる場所があってもいいんじゃないか?
(番外編 あの人のこと、どこまで知っているか試してみた 終)
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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