ある元メイドの含み笑い(3)
「私ね、さっき見ちゃったの。アルベス様、馬の世話をしながら急に笑ってたよ」
「ふーん?」
「その前まで、少し怖い顔でフィル様を見ていたんだけどね、馬にブラシをかけながら『あいつ、本当に馬鹿だよな』ってつぶやいて笑ったの。今日は喧嘩したのかな?と思ってたから、ちょっと安心しちゃった」
「そうね。あのお二人は、ずっとあんな感じで仲がいいのよ」
私がそう言うと、娘は安心したように笑いました。
アルベス様とフィル様は、昔から本当に仲がいいんです。
でも、ルシア様のことで険悪になりかけたこともありました。
ルシア様には全く悟らせなかったようですが、アルベス様はフィル様のことでいろいろとお悩みになっていました。「あいつ、どうするべきかな」とか「ルシアはどう思っているんだろう」などと、子供時代のように、私の前で独り言のような愚痴をこぼしたこともありました。
でも、フィル様はいろいろ問題がありますがとても一途なお方ですし、何よりルシア様がとても楽しそうに笑っていましたからね。
アルベス様には「どんなことになろうと、私はルシア様の味方です」と、はっきりと申し上げたものです。
さて、そろそろお茶のお代わりをお持ちする口実で、お二人の様子を見に行ってみようかしら。
お湯の残り具合を確かめていた時、外を見ていた娘が息を呑みました。
「お母さん! 騎士様がいっぱい来たみたい!」
娘が大きな声をあげました。
慌てて窓辺へ行くと、道の向こうからもうもうと砂煙が近付いてくるのが見えました。
「……あれが追手なのかしら。それにしては、ずいぶんたくさんいらっしゃるのね」
「すごい! あれ、全部王国軍の騎士様なの? 二十人以上いるんじゃないかしら!」
すっかり騎士様に慣れてしまった娘は、目を輝かせています。
私はため息をつきました。
「アルベス様に、何かお手伝いすることがないか、聞いていらっしゃい」
「うん、わかった!」
娘は走っていきました。
アルベス様は馬から離れ、騎士様たちを迎えるために進み出ていました。外に出た娘が何か話しかけていましたが、また水汲みを頼まれたのでしょう。すぐに離れていきました。
居間のお二人にも、お知らせするべきでしょうか。
でも外の様子は居間からでもわかるはず。お菓子をお包みして渡す準備をする方が良いでしょう。
アルベス様や騎士様たちがよくお弁当用に使っている、蓋付きの籠にお菓子を詰め込んで台所を出たところで、ちょうどフィル様とルシア様が玄関へと向かっているのが見えました。
急いで追いかけていくと、ラグーレン家の前庭に驚くほどたくさんの馬と騎士様がいました。
「これはなかなか壮観だな。ラグーレンは意外に騎士が似合うじゃないか」
「……おい、フィル。全部お前の迎えだぞ。わかっているのか?」
「わかっているよ。ああ、荷物を下ろしてくれたのか。馬のブラシかけもしてもらっているな。ありがとう」
アルベス様とフィル様が、どこか緊張感のない会話をしているのが聞こえました。
フィル様はルシア様の手を握ったままです。
でも、その向こうには騎乗したままの騎士様がずらりと並んでいて、馬から降りた騎士様も十人ほどがとり囲むように立っていました。
全員が王国軍の制服を着た方々ですから、華やかであると同時にとても威圧的です。フィル様に近付く騎士様は、特に不機嫌そうな顔をしていました。
これは、すぐに出発することになりそうですね。
「ルシア様。これをフィル様に……」
そっと声をかけると、ルシア様は笑顔で受け取ろうとしました。でも、その右手はフィル様が離してくれないようです。なんとか離してもらおうとしていたようですが、すぐに諦めたのか、困ったように片手で受け取りました。
「フィルさん、これ、お土産よ」
「もしかしてルシアちゃんの手作りのお菓子?」
「そうみたい。だから、その……がんばってね?」
「君がそう言ってくれるなら、どんなことでもやり遂げてみせるよ!」
笑顔のフィル様はやっと手を離し、かわりに大切そうに籠を受け取りました。
アルベス様がため息をつき、荷物をまた馬に積み始めました。
近くの騎士が手伝っていますから、準備はすぐに終わってしまうでしょう。
フィル様もお顔が明るいようですし、今回はこれで無事に終わりそうですね。
……と、その時はほっとしていたのですが。
娘は、騎士様の数は二十人くらいだろうと言っていました。
でもあとで羊飼いの少年に聞いたところ、ラグーレンのお屋敷近辺に来ていたのは、その倍以上という大変な状況だったそうです。
なんというか……ルシア様は、本当に大変なお方に好かれてしまったのですね。お嬢様が幼い頃から、母のように、姉のようにお育てしてきた身としては、ため息しかでませんよ。
なのに、娘は私が嬉しそうに笑っていると言うのです。
そんなはずは、ないのですが。
(番外編 元メイドの含み笑い 終)




