(18)開戦
オーフェルス伯爵の屋敷が近付くにつれて、私は緊張してきました。
今日の私は、最高に美しく着飾ってもらいました。
……でも、無理をしているように見えないでしょうか。ネックレスとイヤリングだけ浮いていないでしょうか。お化粧が巧みすぎて別人のようになっていないでしょうか。
高価なクリームのおかげで、肌はきれいになっていますが、いろいろな作業のせいで指の形がゴツゴツしているのは隠しようがありません。
それに農作業も乗馬もなんでもやってきたので、私には結構筋肉がついています。
生粋の貴族令嬢たちの中では、この肩だってがっしりして見えるはずです。
ただでさえ、身長は男性の平均ほどには高いのです。
変に目立つだけなのでは……。
「ルシアちゃん。君、今ろくなこと考えていないだろう?」
「……はい」
私は素直に頷きました。
ごまかす余裕がないだけ、とも言います。
きっと、そう言うことまで察しているのでしょう。フィルさんはにっこりと笑いました。
「もしかして、似合わないかも、なんて思ってる?」
私は目を逸らしました。
馬車の窓の向こうには、貴族の屋敷が集まる一角の美しい街並みが流れています。
「君はティアナの有能さを疑うのか? 彼女は女性を美しくすることにかけては王宮でも名高いんだ。そのドレスは君によく似合っている。だからティアナはそのドレスを引き立てるための装いを選んだ。どれも突出することなくね」
「でも……」
ティアナさんが頑張ってくれたことはわかっています。
きっと、私は今までで一番きれいになっているでしょう。……でも。
「……まさか、背が高すぎるとか考えてる?」
私は何も答えません。
フィルさんはふうっと息を吐きました。
「あのね、君をエスコートするのは誰かな? 僕は君より背が高い。体もそれなりに鍛えている。エスコート術だって幼い頃から徹底的に仕込まれているんだ。僕がそばにいる限り、君は招待者の中で一番美しい女王になれる」
フィルさんは手を伸ばして、私の顎を軽くつまみました。
うつむくように外を見ていた顔を上げさせ、視線をまっすぐに合わせました。
「背筋を伸ばし、顔を上げて、ただ前を見なさい。それだけで君は十分に美しい。いいね?」
「……はい」
なおも迷ってしまいましたが、結局私は頷くことにしました。
馬車は減速をして、立派な門をくぐりました。
オーフェルス伯爵家の屋敷に到着したようです。
フィルさんの手が離れ、そのまま銀色の髪を改めて整えていきます。
「さあ、着いたぞ。……ついに開戦だ」
低くつぶやき、そのままスッと唇の端を吊り上げました。
フィルさんの顔はひどく好戦的で、でも思わず見惚れてしまうほど端麗で……どこかで見たような、なんだか遠い人に見えました。
馬車が止まりました。
私が立ち上がるより先に、フィルさんが私の肩を軽く叩いて先に立ち上がって扉を開けました。
フィルさんが、身軽に馬車を降りました。
気ままに歩いたり、数人で集まって話をしていた貴族たちが、ふと目を向けて足を止めていきます。
私が立ち上がった時には、なぜか馬車に視線が集まっていました。
「ね、ねえ、すごく見られている気がするんだけど」
「そうかな? あ、ルシアちゃん、僕の手につかまっていいからね」
振り返ったフィルさんは、いつも通りの笑顔を向けてきました。
馬車の段差をゆっくり降りるために手を出してくれています。いつもの癖で、ポンと飛び降りそうになっていた私は、気を引き締めてフィルさんの手につかまりました。
簡易の階段を、ゆっくりと降りていきます。
地面に足が着くと、私はこっそり息を吐きました。
ドレスの裾を踏むことなく、無事に降り立つことができました。まずは最初の関門を突破です。
次は、結婚式が行われる会場へと移動を……。
「……え?」
フィルさんに片手を預けたまま、私はつい周りを見てしまいました。
周りに立っている貴族たちが、全員、私たちを見ていました。どの顔も驚愕しきっています。
一体何があったのでしょう。
……何にそんなに驚いているのでしょうか。
「さあ、行こうか」
「え、ええ」
フィルさんは楽しそうに笑っています。
反射的に頷くと、フィルさんは私の手を取ったまま歩き出してしまいました。
なんだが、フィルさんの手がやけに温かく感じます。
急に照れ臭くなって、手を引き抜こうとしました。でもフィルさんはさり気なく私の手を握っていて、とても抜け出せそうにありません。
これも、エスコートの作法、なのでしょうか。
アルベス兄様にエスコートしてもらった時は、ここまでしてもらうことはなかった気がするのですが……。




