18 王都へ
冒険者ギルドにはランクがあり、Fから始まってAまであります。
Fが最低ランクで、わたしとリリーはFランク冒険者です。
Sランクというのもあるそうですが、こちらは国を救ったりの大偉業を成し遂げると与えられるそうです。
「リリーさん、もっとランクが上のクエスト受けてくださいよ~」
「興味ないです」
ギルドに来ると、リリーは受付のお姉さんとお決まりのやり取りをします。
一般人のわたしはFランクの仕事もやっとですが、リリーは違います。
リリーが強いことは『通過儀礼』の一件で知れ渡っているので、Fランク以上の仕事も受けるようにいつも催促されています。
「リリーさん、この前Dランク以上の冒険者が行くような奥地にあるハーブを買い取りに出してましたよね?」
「ええ。あのハーブで防虫剤を作っていたのですが、余ったので買い取りに……」
「あのハーブ、魔物避けのお香の材料になるのに防虫剤ですか……」
リリーがタンスに入れてたサシェ、虫除けかと思ったら魔物避けになるんですね。虫と魔物ではかなり違う気がしますが……。
「まあそれは置いといて、採取の依頼は頻繁に出ているので、該当する素材を持ってたら依頼を受注してもらえますか? こちらも助かりますので」
「わかりました」
話は済んだようなので帰ろうとすると、受付のお姉さんに呼び止められます。
「あなたたちをご指名で依頼がきてるんですけど……」
リリーならいざ知らず、わたしも指名されているのが不思議です。わたしが依頼主を聞くと、受付のお姉さんは取り出した書類を読みます。
「ここの領主の娘の……ロザリーさんって知ってます?」
依頼は以前、悪魔の鏡の騒動の時に出会った女の子でした。
指定された日に屋敷に行くと、大きな馬車と馬に乗った数人の護衛、それにロザリーちゃんとノエルちゃんが待っていました。
「おねえちゃんたち、おひさしぶりです!」
「以前はお世話になりました」
すっかり元気になったらしいロザリーちゃんとノエルちゃんとあいさつを済ませると、いっしょに馬車に乗ります。
馬車はわたしたちを乗せて、目的地の王都へと向かいます。
「依頼は護衛ということでしたが、護衛はしなくてもいいのですか」
リリーは馬車にぴったり付いてくる護衛の馬を見ています。
「街を離れる前におねえちゃんたちにあいさつをしたいとお父様に言ったら、お父様が依頼を出したんです」
「ロザリーちゃん、街を出るの?」おどろいて聞きます。
「はい。これから行く王都の学校の寮に入りますので」
「ノエルちゃんも?」
ロザリーちゃんとノエルちゃんは、おそろいの制服を着ています。
「はい。……本当はわたしなんかが行ける学校じゃないのに……」
ノエルちゃんがちょっと落ち込んだ顔をします。
「どういうこと?」
「王都のその学校は、普通だと王族とか貴族とか大商人の子息が通うようなところなんです……」
「ノエルちゃん、お父様もノエルちゃんなら大丈夫って言ってましたから、自信持ってください」
「ありがとう……。ロザリーといっしょにいるためなんだから、がんばるよ」
事情がよくわからず頭に?を浮かべていると、二人が事情を話してくれました。
「わたしとロザリーは家がおとなり同士で幼なじみなんですが、領主と職人の家で身分差があるんです。なので、鏡の一件の後は、周りに交際を反対されると思ったんですが……」
「お父様も最初は反対してたんですよ? でもわたしたちの意志が固いから折れたのか、将来ノエルちゃんが養子に入ることと、学校に通うことを条件に交際を了承してもらいました」
「うーん……」わたしは腕を組むと少し考えてから、疑問を口にします。「それ、交際じゃなくて結婚の条件じゃないですか?」
「ですよねー! どう考えても婿養子ならぬ嫁養子の話ですよね!」
ノエルちゃんは頭を抱えてつっぷすと震えだしました。
「そうなんですか? そういえばお父様と口論になって『ノエルちゃんと結婚できないなら鏡に頭を打ちつけて死にます!』って言ったらあの条件を出された気がします」
「ロザリーが原因だったのね……。うちの両親とおじ様で話がどんどん決まって、何が起こったのかと思ったわ……」
「…………イヤでした?」ロザリーちゃんが瞳をうるませます。
「イヤなんかじゃない! わたしがんばるから大人になったら結婚しようねロザリー!」
「ノエルちゃん!」
二人が熱い抱擁を交わす向かいで、わたしはこちらをチラチラ見てるリリーの瞳から精一杯逃げます。
「クロ様、わたしたちも」
リリーが両手を広げて待ち構えます。
「そ、そういうのはわたしには早いと思います」
「ロザリーたちは七才ですよ?」
「お二人みたいに情熱的ではありませんから……」
抱き合ったままのロザリーちゃんがこちらを見ます。
「わたしたちなんて、おねえちゃんたちに比べたらまだまだですよ?」
ノエルちゃんもこちらを不思議そうに見ます。
「うわさで聞きましたがお二人は駆け落ちなんですよね? わたしたちより情熱的だと思いますが」
「駆け落ち?」リリーの目が輝くと、二人の横を陣取ります。「その話、くわしく」
そういえば、わたしとリリーが駆け落ちしたカップルだといううわさがあるの、リリーに教えていませんでした……。
なんとなく馬車の外を見ると、先頭を走っていた護衛の人が後ろにやって来て他の人と何か話すと、護衛の人たちがあわただしくなった気がしました。
「どうしました?」
リリーに後ろから抱きしめられます。
「護衛の人たちがあわただしくなったような……」
リリーといっしょになって馬車の外を見ていると、リリーが「どうやらお仕事ですね」と言いました。
「クロ様、わたしは降りて護衛の人と向かいますので、クロ様は王都で待っていてください」
「え、向かうってどこに?」
リリーは馬車の窓を開けると、横を走っていた護衛の人を呼びます。
「お客人、どうされました?」
「敵が現れましたか」
「はい。ですが対応は他の者に任せて、わたしたちは迂回しますので……」
「その敵はわたしを出せと言いませんでしたか?」
「……いいえ」
「敵はわたしに気付いてあなた方に接触してきたと思われます。今、わたしが敵に気付いたのも察知されたので、わたしを逃がすとロクなことになりませんよ」
リリーが言うと、護衛の人が困ったように目を伏せました。
「最近、この周辺に強そうな人間を見ると勝負を挑んでくる奇妙な男がいまして、今日は出没する場所は避けたはずなんですが……」
「相手は気配を追えますからね」
「とにかく、あなたは客人なので、気になさらないでください」
「あなたたちが優先すべきはロザリーたちでしょう。相手はわたしが目当てですから、わたしが行けば巻き込むこともありません」
リリーは馬車の扉を開けると、馬の背に飛び乗ります。
「はやく行ってください、じゃないと馬から降りてもらいますよ」
護衛の人はあきらめたのか、手綱を握り直すと、馬車とは別の方向に行ってしまいました。
わたしはリリーを見送ると馬車の扉を閉めて、座席に座り直します。
「すみません、こんなことになってしまって……」ロザリーが謝ります。
「巻き込んだのはこちらなので、謝らないでください」
ロザリーが馬車の外、リリーが向かった先を見ます。
「心配ですね」
「わたしはむしろ、相手のほうが心配です」
街道の真ん中に、腕を組んで腰を下ろす武者鎧を着たワニ頭の獣人がいる。
ワニ男は道の先を見やると、相棒のナギナタを握り、立ち上がる。
「来たな」
ワニ男が見つめる先、馬がやって来て止まると、子供が降りる。子供はこの距離からも目立つ銀髪をしていた。
子供は周りでワニ男を警戒している護衛たちに声をかける。
「あなた方は帰ってください、危ないので」
周りの人間は子供としばらく問答していたが、やがて馬を走らせて帰っていった。
「さて。この大きな気配……魔王ですか」
「おう。王都の周辺なら強い冒険者に出会うやもと思って来たが、まさか探してた邪神に出会うとはな」
ワニ男はナギナタを構える。
「拙者は魔王・弁慶、四男坊だ。二つ名はないが……貴様を殺したら『邪神殺し』を名乗ろうか」
がははは! と豪快に笑うワニ男を相手に、リリーも触手を出すと、ムチのようにしならせる。
「ならわたしはワニの調教師でも名乗りましょうかね」
王都へ着くと、学校の寮に向かうロザリーちゃんたちと、リリーが戻ったら必ず連絡すると約束して、別れます。
わたしは用意してもらった宿に泊まります。護衛の人たちはリリーを迎えに行くと言ってましたが、必ず戻ってくるので、と言って断りました。
リリーにはわたしの居場所がわかるので、戦いが終われば必ずわたしのいる場所に帰ってくるはずです。
でも、リリーは夜になっても戻ってきませんでした。
わたしは寝ないで部屋のバルコニーに出て、リリーが向かった方角を見ます。
……そういえば、ここに来て初めて一人の夜です。
そんなことを思ってしまったら、さびしくて涙が出てきて、ひとしきり泣いてからもリリーのいるだろう方角を見ていました。
ぼーっとしていたら、リリーのいた方角に閃光がいくつも光り、巨大なタコと巨大なワニの影が空に浮かびました。
ワニがタコにつかみかかると、タコの触手がワニの首に巻き付きます。ワニは触手をつかんでその大きな口で触手を噛み千切ると、触手から火花が散ります。
タコの噛み千切られた触手はしかし、すぐに元に戻ると、触手をムチのように振るってワニを襲います。
タコのムチのような触手が当たる度、ワニの体に小さな爆発が起こります。
そうして、閃光や爆発が起きる度に影は消えたり現れたりを繰り返していました。
わーっ、特撮みたいですー。
…………。
――って、リリー!?
バルコニーに身を乗り出して、とんでもない光景が繰り広げられている空を見ます。
閃光と爆発はしばらく続きましたが、やがて完全に静かになりました。静かになった後もしばらく待ちましたが、もう何も起こりませんでした。
部屋に戻ると、部屋の中をうろうろしながら考えます。リリーがすぐに帰って来ず、元の姿に戻って戦うなんて強い相手だったに違いありません。
今から迎えに行ったほうがいいんでしょうか。
でも、夜だし護衛の人たちにああ言った手前――いいえ、リリーには代えられません。
すぐに起こしてリリーの元に向かいましょう。身支度のために荷物を開けます。
「あわててどうしたんですか?」
「リリーのところへ急いで行かないと!」
「そうですか、どうぞ」
そう言うとわたしの後ろでリリーが両手を広げました。
…………ん? リリー?
「リ、リリリリー!?」思わず二度見します。
「来ないんですか?」リリーが両手をヒラヒラさせます。
「あ、はい」
なんだか気が抜けて、わたしはリリーの胸に納まります。
「はあ、クロ様ちっちゃかわいいです……」ちっちゃいは余計です。
「リリー、大丈夫だったの?」
ケガがないか触ってみますが、くすぐったそうにしただけでした。
「あのワニが何度倒してもしぶとく暴れるので、地形に影響が出ないように戦うのが厄介だったくらいですね」
リリーに抱きしめられたままベッドに連れてかれます。
「ささ、今日はもう遅いので寝てしまいましょう」
「おやすみリリー」
「おやすみなさいクロ様」
寝てしまったのか、体の力を抜いたリリーに布団をかけると、「ワニ肉おいしいです」と寝言なのかよくわからないことをつぶやきました。
「――それであいつなんて言ったと思う!? 『尻尾ぐらいすぐに生えてくるでしょ』だと! 拙者をトカゲかなんかと思ってるのだ!」
薄暗い円卓で、四男の弁慶は邪神に喰われた尻尾の先を見てはさめざめと泣いている。
「兄貴お疲れー」五女のスカーレットがうすら笑いで応える。
「兄ちゃん今度から『邪神に喰われた男』って名乗ったらー?」末っ子のクウとカイがにやにや笑う。
「弁慶が泣いてるのにイジメたらダメでしょー?」五男のアクアが子供を諭すように言う。
「ふんっ、貴様らにまともな反応など期待しとらんわ!」
弁慶はなくなった尻尾の先を見てまた涙目になると、武骨な見た目に反した手つきで、尻尾をやさしくさすった。




