番外編 21 言いたいこと
二人で手を繋ぎながら夜道を歩いて行く。
まだ早い時間だから、飲食店だけでなく服屋や雑貨屋も開いていて、色とりどりのライトが光る大通りはとても明るく感じた。
ふと。桐谷さんが足を止める。
「鈴音。さっきは外野がいたから話をそらしたが。
・・俺の昔のことでお前が気になるなら何でも話すつもりだ。ロクでもない話になるが。隠すことでもない」
突然真剣な顔でぐっと距離を詰められて私は戸惑った。
それは・・気になるといえば気になる。
けど、聞いたところでどうすることもできないなら聞かない方がいい気もするし、それを責められても桐谷さんもイヤな気分になるだろうと思う。
「・・あー、と。別に・・いいです」
私がそう返すと、急に桐谷さんは片目を細めた。大きな手が私の頬をなぞるように触れる。
「鈴音。今、言いたいことがあったのにそれを呑み込んだな。
お前の悪いところだぞ。言いたいことは言え」
桐谷さんにこんな風に面と向かって促される度に、私の脳は隠しておきたいことも全部白状してしまう。目ヂカラ、半端ないんですもん。
「いえ、あの。桐谷さんは、過去に様々な方とお付き合いして・・。
きっと皆さんすごく綺麗な方ばかりだったんだろうなあって思うんです。
そんな人達と、何が原因で別れたのかは、気になります」
桐谷さんは目をやや伏せがちにして、指で自分の顎をさする。
「原因か・・。そもそも、適当に遊んでただけでちゃんと付き合ったことは一度もないからな。付き合うとか、別れるとかの言葉も使ったかどうか・・。
皆、その時限りの関係、と言うか。
あ、誤解するなよ? 同時に何人も遊んでたとかじゃあないからな。
友達以上恋人未満みたいな女がたまにいたってだけだ。
ここ一年は誰もいない。仕事が忙しくて遊んでる暇もなくてな」
何だろう。珍しく桐谷さんが焦ってる。
聞いてもいないのに次々と話してくる。
要するに、アレだよね。梨花さんに聞いたことがある恋愛話にも出てきた、身体だけの付き合いっていう、そういうお相手が常にいた、と。
なんだろう。・・・すごく、嫌な気分。こんな気持ちは初めてだ。
「もう、いいです。桐谷さん。分かりましたから」
「・・怒ったか? 幻滅した? 汚い大人の事情を見せられて・・」
伺うように言った桐谷さんの言葉は、余計に苛立ちを募らせた。
「大人? そんな簡単な言葉で片付けないでください!
大人が皆そういう訳じゃない。
要するに、桐谷さんは仕事には誠実で真面目で熱心だけど、女性関係はだらしなくていい加減だったと言うことでしょう?」
「うわ、突き刺さるな・・」
「事実だから、です。でもそれは別に気にしてません。ホントです。
私は今まで閉鎖的に生きてきたので、男性とは無縁に生きてきましたが、普通の方は色々恋愛をして過ごすと聞きましたし。だから、桐谷さんの過去は過去として受け止めます。
けど、これからは、そういうのは嫌です」
私は夢中になっていた。
道端だということも忘れて、桐谷さんの服を掴み、詰め寄っていた。
「私は、嫌です! そういうの。大人だからとかそういうのは関係ない。
もう、誰にも触れないで。わ、私だけにしてください」
「ああ。勿論だ。
こんな可愛い女がそばにいて、他の女になんか目が行くわけないだろ」
「絶対ですよ。嘘ついたら、怒りますからね。絶対、絶対、私だけですよ」
「約束するよ」
くすっと笑われて、随分子どもっぽい振る舞いをしてしまったと思って恥ずかしくなった。
「・・・すみません。なんか」
「いや。それで良い。思ったことは全部ブチ撒けろ。自己解決は良くない。
おかしいと思った時には俺にもきちんと意見してくれ。
ただ従順なだけの、飾りみたいな女にならないでくれよ」
「・・はい」
桐谷さんはまるでドラマのシーンのように私の手を取りちゅっとキスを落とすと、そのまま手を繋ぎ、ゆっくりと歩き出す。




