番外編 6(隼一) フランス男
目の前で繰り広げられる光景に、俺は目を疑った。と言うか、思考が停止した。
金髪碧眼の男が汐崎と抱き合い、頬を寄せ合って笑ってる。
男の口からも、汐崎の口からも、ペラペラと聞き取れないフランス語で次々と会話がなされている。
「スズ」「シャル」と名前らしき言葉だけが分かる。
とても、親しげなのは一目瞭然だ。
延々と話した後、男が俺を見て何か囁くと、汐崎はハっとしたように俺に向き直り、勤務中に私語をしてすみませんと謝罪した。
続けて、このシャルル・ヴィンセントという男が、自分の高校の時の友人だと説明を受ける。
ああ、以前そんなことを言ってたな。
仲が良いフランス人の友達から教えてもらったとか・・男だったのか。
「シャチョーさん、ヨロシクおねがいシマース」
金髪の髪はサラサラ。背も高い。
会社員なんかよりモデルか俳優をした方が良いんじゃないかと思うくらい綺麗な顔した男だ。
握手を交わした後は、また二人でペラペラフランス語で話し出す。
・・なんだこの疎外感は。
汐崎が困った顔をしているので、腕を軽く引いてどうしたのか聞く。
というか、距離が近過ぎだろ。
「あ、すみません。シャルが昼食を一緒に食べに行きたいと言ってるんですが」
時計を見ると、確かにもうお昼だ。
「別に社外に出ても構わないぞ。一緒に食べに行くか」
俺の言葉を汐崎がシャルルに伝えると、シャルルはジッと俺を見た。青い目で。
そして俺に一歩近づき、にっこり笑う。
「ヒサシブリに、スズに、あったカラ。
ふたりで、いきたいデス。ミズいらずってやつ」
挑戦的な目だった。若さと自信の溢れる、目。
俺を敵と見なしている。こいつ、汐崎に気があるのか。
「シャル! す、すみません、桐谷さん」
汐崎の方はそういう感じではなさそうだ。
友達というか、困った弟に対するような扱いだ。
二人で行かせるのは全くもって面白くないが、ここで俺が行くなと言うのもおかしいだろう。
今はまだ、俺は彼女のただの上司だ。彼女の交友関係を制限する権利はない。
「・・わかった。行って来い。午後の時間に遅れないように、な」
「はい。すみません」
ぺこりとお辞儀する汐崎の肩をシャルルが抱き寄せる。
笑いながら出て行く二人を見て、早くも発言を撤回して追いかけたくなった。
くそっ。
『シャルルがわがまま言って悪いな、シュンイチ』
横から英語で声が掛かる。さっき雑談していたジャンだ。
ジャンは今回のメンバーの中では一番偉い奴なのに、偉ぶった様子もなく、紳士的だ。
『あの子は私の甥っ子でね。まだ学生だが、見習い社員として時々働かせてる。
一応、跡継ぎなものでね。
今回は急に日本への同行を申し出てきたんだ。
一体どうしたのかと聞いたら、会いたい娘がいるんだと言うんだよ。
いやあ、青春だねえ』
『そうですか』
会いたいコ。それはもちろん汐崎だ。
時期社長だか同級生だかなんだか知らないが、鬱陶しい奴だな・・。
腹の中で渦巻く黒いものを押し込めて笑顔を浮かべた。
『・・しかし、彼女は私の大事なパートナーです。
友人として仲良くしてもらうのは良いが、それ以上は認められませんよ』
『おお。分かっているよ。
ずいぶんと大事にされているお姫様に横恋慕したようだね、うちの甥っ子は。
・・どうかね、我々も一緒に食事でも』
『いいですね。近くにお薦めの店があります』
気は乗らないが、ジャンとは話が合う。
汐崎が一緒でないと昼寝メシを食べる気もしないしな。
ジャンは何がそんなに楽しいのか、彼の通訳や秘書に一言告げた後、俺の肩を叩いて『さあ、行こうか』と笑った。
昼飯に食べた和食料理屋は上品な味付けで美味しかったが、汐崎が昨日作ってくれた蓮根のキンピラの方が美味いと思った。




