番外編 5 再会はハグとキスで
話し合いは特に問題なく進められた。
向こうの方も日本語が堪能な通訳の方を同行されていたし、好意的な姿勢だ。
相手の代表の方、ジャン・ヴィンセントさんはとても物腰の穏やかな、優しそうな紳士で、会議が終わると桐谷さんと英語で雑談を始めた。
『ハーイ、スズ。元気だった? 見違えたよ。綺麗になったネ!』
陽気な声に振り返ると、懐かしい顔が、満面の笑顔で私に両手を広げていた。
『・・・シャル!』
私も彼のそばに歩み寄り、再会を喜ぶハグとキスを交わす。
彼は高校の同級生だ。
留学生として一年生の中頃にやって来た彼は、ブロンドに青い目の美男子で、学校中大騒ぎになった。
当時はもう少し線が細く王子様みたいにキラキラしていたかな。
その美しさは今もなお健在のようで、相変わらず綺麗な顔をしている。
金色のサラサラの髪が揺れている。
シャルルはとろけそうな甘い笑みを浮かべて私の頬を指でなぞる。
『スズ。女学生の時もかわいかったけど、すっかり大人のレディになったネ』
『シャルこそ。背が伸びたし、大人っぽくなったわ。
どうしてここにいるの?私がここにいるって知ってたの?』
幕したてるように尋ねると、シャルルはおかしそうにクスクス笑って答えた。
『もちろんだよ。北島センセイ、覚えているよネ?
センセイに連絡取って、スズの就職先を聞いたんだ。
日本にビジネスで行く時には会いに行こうと思ってネ。そしたら、ビックリだよ。
叔父が行く日本の企業リストに、スズの会社の名前があるんだもの。
慌てて同行させてもらった、というワケ』
『すごいわ、シャル。また会えるなんて』
『おっと、・・・スズ、あそこで睨んでるのは誰だい? スズの上司?』
『あ、いけない!』
会議室にはまだ数人が残っていることをすっかり忘れてた。
桐谷さんのことまで忘れるなんてありえない。
会社で個人的なおしゃべりをしてしまうなんて。
「汐崎」
いつのまにかすぐ後ろに来ていた桐谷さんに向かって頭を下げる。
「すみません、勤務中におしゃべりを・・」
「いや。会議は済んだんだし、構わないが。
知り合いなのか? ずいぶん親しげだな」
「はい。高校の同級生なんです。久しぶりに会ったので、驚いてしまいました」
「シャルル・ヴィンセント、デス。
シャチョーさん、ヨロシクおねがいシマース」
シャルルはちょっとぎこちない日本語で自己紹介する。
私がフランス語でシャルルに桐谷さんを紹介して、二人は握手をした。
『ちょうどお腹も空いたし、ランチに行こうよ、スズ』
時計に目をやってから、高校の頃みたいに気軽に誘ってくるシャルル。
桐谷さんが三人で行こうと言ってくれたのに、シャルルは私と二人がいいと強引に押し切るのでヒヤヒヤした。
相変わらずマイペースな自由人だ。
ランチは甘党なシャルルの好きそうなカフェにした。
以前、桐谷さんに連れて行ってもらったお店だ。
二人してパンケーキを頼む。
三枚の小さなパンケーキにフルーツとクリームがどっさり。アイス付き。
私はチョコレートソース。シャルルはベリー系のソース。
さっそく一口。
『うわあ、とても美味しいネ、スズ」
腹ペコだったのかシャルルはあっという間にそれを平らげ、クラブサンドを追加注文した。
向かい合って座っているので、シャルルは真っ直ぐに私を見つめて嬉しそうに目を細める。
『本当に久しぶりだネ、スズ。ずっと会いたかった』
『私もよ、シャル』
私達は、お互いの卒業後あったことをいっぱい話した。
と言っても、私の話す内容は気づくと仕事のことばかりになってしまった。
それをシャルルが笑う。
『スズは今の仕事が好きなんだ。シャチョーさんの通訳なんでしょ?
優秀なスズにピッタリじゃない。よかったネ』
『フランス語だけね。シャルには本当に感謝してるわ。シャルのおかげで今の仕事を任されてるんだもの』
『懐かしいな。よく一緒におしゃべりしたもんネ。
ねえ、さっきの、シャチョーさんはどんな人? 厳しそうな感じだったネ』
『さっきはシャルが失礼なこと言うからでしょ。
桐谷さんのお誘いを断るなんて。ダメじゃない』
『ボクはスズと二人がいいから、そうしたいって言っただけだよ』
『もう。相変わらずね。桐谷さんは普段は優しい方よ。
とってもとってもいい人なの。素晴らしい人。私の尊敬する人なのよ。
仕事にも熱心で、向上心があって』
『それはそれは。・・・イイ上司に出会えて良かったネ』
キレイに笑うシャルル。
『う、うん・・』
ぎこちなく頷く私に、シャルルは首をかしげる。
『上司じゃないの? コイビトだった?』
『ううん! とんでもない。上司だよ』
上司。
そう。私はただの部下。上司と部下。
そんな当たり前の言葉の、何が心にひっかかるっていうんだろう?
ただの部下じゃなくて、特別な何かになりたかった? ・・そんなの無理に決まってるのに。




