44 お母さんの料理
今回のでほぼ最終回です(⌒▽⌒)
・・・いっぱい泣いてしまった。
ふう、と落ち着くと、お母さんは真っ赤な目でくすりと笑う。
「すず、目が真っ赤よ」って。だから私も返した。
「お母さんもだよ。真っ赤っか」
二人してくすくす笑う。
その後は、皆でたくさんおしゃべりをした。
兄は画家を目指して専門学校に通っていること、彼女がいることを照れ臭そうに話した。
中学の頃は部活ばっかりで家にあまりいなかったから、兄とこんなに話をしたのは初めてかもしれない。
今まで描いた絵を見せてもらったけど、母が言っていたように私らしき少女が何枚も描かれていた。恥ずかしい。けど、嬉しい。
兄も同じような表情で笑っていた。
私も高校で資格をいっぱいとった話とか、会社はピカピカで驚くぐらい大きいビルだと話した。
一緒に働いている人はどんな人だと聞かれて、石橋さんは厳しいけどしっかり指導してくれる人で、山本さんは優しい素敵な大人の女性だという話をした。
母は桐谷さんから、仕事での私の様子をどんどん聞いてくるし、桐谷さんもどんどんしゃべるので恥ずかしかった。
だって、桐谷さん、手放しですごく褒めてくれるんだもの・・・。私、そんな優秀な部下じゃないですよー・・。
三年を取り戻すみたいにいっぱいおしゃべりした。
夕飯もご馳走になることになった。
テーブルに並んだのは私の好きだった煮物とか、母の得意料理。
どれも美味しくて、懐かしくていつもよりたくさん食べた。
いつも桐谷さんがしてくれてるように、「これ、オススメです」と桐谷さんのお皿に乗せる。
「ありがとう。・・・うん、美味いな。これ、汐崎も作れるのか?」
「いえ。私はレシピを知らなくて・・すみません」
中学の時は一緒にキッチンに立ったりしてないから、お母さんの味を私は作れない。
「あら、すず、それ好きよね。教えてあげるわよ」
母がそっと私の耳に囁く。
「覚えて、桐谷さんに作ってあげなさいね、すず」
「う、うん」
桐谷さんの部屋のピカピカのキッチンで料理をする自分の姿なんか想像できないんだけど。
チラリと桐谷さんを見ると、にっこり微笑まれた。
「楽しみにしてるよ、汐崎」
「・・・!?」
聞こえてた? どうしよう・・。
帰る時には喉が枯れてて、お土産に袋いっぱいのお菓子と、のど飴を渡された。
「もう帰っちゃうのね、さみしいわ」
名残惜しむ母に「また来月ごろ遊びにきます」桐谷さんが言う。
えっ? と桐谷さんを見上げると、にっと微笑まれた。
「また、来ます。それでは」
桐谷さんに手を引かれて、家を出た。
見送ってくれる母と兄に手を振る。何度も手を振り返した。後ろを振り向くと二人もずっと手を振ってくれていた。
数年前は、一人で、ひっそりと小さな鞄を持って逃げるように家を出た。
今は・・一人じゃない。
角を曲がって、二人で歩く。まだ、手は繋がれたままだ。
「桐谷さん。今日は、ありがとうございます」
改めてお礼を言うと、桐谷さんは足を止めた。
「よかったな、汐崎。これでもう無茶はするなよ」
「はい」
「メシもちゃんと食え。できたら自炊もしろ。んで、俺にも食わせてくれ」
「ふふ。・・はい」
「・・・あんまり、口煩く言うと、浩太みたいになってしまうな。さあ、帰るか」
「はい」
桐谷さんの言い方がワザとらしくておかしい。くすくす笑いながら、いつものようにゆっくりと二人で歩いた。
*****
そして数ヶ月が目まぐるしく過ぎて行った。
私は今日も桐谷さんと一緒にお仕事してる。
パチパチパチパチ・・。ちょっとだけ早くなったタイピング。
桐谷さんの速さにはほど遠いけど、速さだけじゃなく正確さも大事だと桐谷さんが言っていた。
「焦る必要はない。繰り返しやっていくうちに身体が覚えて、嫌でも速くなる。
それよりも打ちながらミスに気づけるよう、注意深く見る目をもてるように」
なるほど。桐谷さんの指導はいつも説得力がある。
「そのためには適度に休息して疲労をためすぎないように・・」と続けていると、横から石橋さんがボソリと呟く。
「お前にだけは言われたくないな」
「・・・」
桐谷さんは小さくコホンと咳をした。
書類を石橋さんに見てもらう時はやっぱりちょっと緊張する。
「汐崎。こことここ。訂正しろ。この資料は昨年との比較の表も欲しい」
「は、はい」
「・・・あと、恵がまた一緒にショッピングに行きたいらしい。週末、空いてたら付き合ってやってくれ」
「あ、は、はい」
「あと、今夜は晩ご飯は用意しなくていい。弁当を持ってってやる」
「わ。ありがとうございます」
石橋さんは、面倒見が良くて優しい人だと桐谷さんが言ってたけど、最近それがすごくよく分かってきた。
このお弁当も数ヶ月の間で何度も差し入れてもらった。いつも、美味しい。
この数ヶ月で一番の変化は、私自身の服装だろう。
今までの格好は地味すぎるとメグミさんに言われて、・・あと母が服を大量に送ってくれたので、人生初のお洒落を楽しんでいる。
といってもよく分からないので、メグミさんや山本さんに助言されるがままなんだけど。
山本さんはお化粧とか、高級料理屋での食べ方とか、女性の仕草とかマナーとか、本当にたくさんのことを教えてくれる。
それをメモしたものだけでも、一冊のノートがいっぱいになりそうなくらい。
山本さんは、こんなお子様な私にも恋愛を勧めてくれる。
恋は女をキレイにするんだそうだ。
恋とかは無縁で生きてきたから、ちょっとよく分からないんだけど。
「そのうちわかるわ。焦らなくていいの。
でも、案外、身近なところに運命のお相手がいるものよ」
と素敵な笑顔で言われた。
そして、私は未だに社長のプライベートルームに同居させてもらってる。
こんな快適空間にいたら他に移れなくなりそうでコワイ・・。
早く引越し先を見つけなきゃと思うのに、なかなか物件は見つからないらしい。
それどころか、今のままでも不都合はないから、もうこのままでいいんじゃないかとか言ってる!
え!?だ、だめでしょ!?
しかも、さらに!
朝からお世話になってしまって申し訳ないんだけど、桐谷さんが服を選ぶのを手伝ってくれて、髪もセットしてくれる。
社長サマに何をやらしてるの!?って自分でも思う。
もちろん辞退したんだけど、「お前を可愛くしてやるのは楽しいからやらせろ」って言って聞いてもらえない。どうしようもない。
い、いいのかなぁ・・。
桐谷さんはよく笑うし、よくしゃべる。
一緒にいると、私もいつのまにか笑っているし、おしゃべりしている。
真剣な表情はすごくかっこよくて、笑った顔は優しくて、すごく・・・かっこいい。
もうダメだって自分で決めつけて、勝手に閉じ籠ってた私を、あっという間に救ってしまった、すごい人。
・・・恋とか、好きとかよく分からないけど、そばにいたい。
桐谷さんのお役に立ちたいし、認めてもらいたい。
そのためにも、頑張って働こう。そう思う。
次回、社長視線でホントの最終回です!




