41 家に帰ろう
電話が切れると、ほうっと息を吐いた。
「よく、がんばったな」
大きな手に頭を撫でられる。桐谷さんに寄っかかっていることに気付いて慌てて姿勢を正した。
「す、すみません」
「いや。よかったな。俺の言った通り、だろ?」
見上げると、桐谷さんがちょっと自慢げにフフンと笑った。
「はい。ホントに・・」
信じられない。さっきの電話は夢じゃないよね。
お母さんは怒ってなかった。私のこと、心配してくれてた。
お兄ちゃんも、怒ってないって。私に会いたいって言ってくれてるって。
嘘みたい。信じられない。うれしい。
私は深く頭を下げた。
「ありがとうございました。桐谷さんのおかげです」
「礼を言うのはまだ早い。明日はいよいよ里帰りだ。遠いから早起きしないとな。七時起床にしよう」
仕事のようにテキパキと予定を言い渡される。
「え? い、一緒に行くんですか?」
「勿論行く。ここまで来たら気になるだろ」
「でも、他にご予定は・・」
「なにもないから、気にしなくていい」
「はあ、そう、なんですか」
いいのかな。社長さまの貴重な休日を私の付き添いなんかに使わせちゃって。
そんなことを思っていると、桐谷さんは歯を見せてイタズラっぽく笑った。
「お礼は、お前のオススメの郷土料理がいいな」
「え!? ・・・わ、かりました。考えておきます」
「ああ。楽しみにしてる」
何だろう。子どもの頃よく食べてたものを頭に思い出してみる。
お菓子で有名なものは思い出せるんだけど、ご飯ものは・・なんだっけ。
思い出せないなあ。
頭を抱える私を、桐谷さんはくすくす笑う。
「まあ、帰って来る時までに思い出しておけよ。あ。ネットで調べるとかつまんないことはするなよ」
その日の夜はちっとも眠れそうになくて、いつものようにパソコンを開いていたらコンコンとノックされて桐谷さんが顔を覗かせた。
「うわ。やっぱり予想通り、仕事してるな、お前」
「す、すみません。何かしていないと、落ち着かなくて」
「謝ることはないけど、どうせ起きてるなら一緒にテレビでも観るか?」
「あ、はい・・」
立ち上がろうとすると、桐谷さんが私に手を差し出した。そっと私も手を出すと、力強くぐいっと引き上げてくれた。
リビングで、並んでソファに座る。
テレビは愉快なバラエティで、お笑いの人達とか、とてもおもしろかった。
桐谷さんと一緒に笑ってると、ふいに目が合う。
にっこりと笑う桐谷さんはとても綺麗で、思わず見惚れた。
桐谷さんはテレビに出てくる俳優さんみたいにカッコ良い。
それに気づいたのは最近。大学の時にバイトでモデルをやっとこともあるって言ってた。すごい。
じっと見てみる。眉毛も睫毛も目も、鼻も頬も口も唇も、全部整ってる。彫刻みたい。
なんて綺麗な人なんだろうって、そう思った。
一時間ほどで番組は終わった。
「緊張もほぐれていい顔になったな。さあ、そろそろ寝るか」
ぽん、と頭に置かれた手から、じわーっとあたたかさを感じた。
*****
なんと昨日のうちに新幹線の予約までしておいてもらえたそうだ。
桐谷さんとタクシーで駅まで行き、新幹線の席に座った。
新幹線なんて小学生の時以来だ。
静かなのに、窓の景色は吸い込まれるように流れて行く。
無意識に膝の辺りを握りしめていたので、慌てて手で服を伸ばした。
今日の服は、行く前に桐谷さんから渡されたもの。
柔らかい綿のワンピースは、同じような色と形でも私が部屋着にしていたものと似ても似つかないほどの素敵さだ。生地も、デザインも。
「俺の姉貴のお下がりだから」と言っていたけど、本当に貰ってしまってよかったのかな?
パチリと目が合うと、私の心を読んだかのように「その服、よく似合ってる。汐崎」と微笑まれた。・・恥ずかしい。
「緊張、してるな。顔が固まってる」
隣に座る桐谷さんが苦笑いしながら私の頬をつつく。
「・・なあ、暇つぶしに俺の話でも聞くか」
桐谷さんは深く座席に座り、軽く目を瞑りながら話し始めた。
「うちの会社は、俺の祖父が立ち上げたんだ。それを親父が継いだ。
世襲制の三代目はボンクラだってよく言われてるが、その理由は簡単だよ。
生まれた時から将来が期待されてて、よっぽどの馬鹿じゃない限りその地位につくことができる。
甘やかされて育った坊ちゃんなら、手を抜いた仕事をするだろう。
ちょっと腕の良い秘書や部下を持てば、そんなにデキない奴でも現状維持くらいはできるからな。
・・・でも俺は、ちゃんと認められたかった」
桐谷さんは膝の上でぐっと拳を握りしめる。
「社長の孫だから息子だから、と言われるのが死ぬほど嫌だった。
悔しくてムカついて、とにかく俺のことを馬鹿にする奴らに目にもの見せてやるって思った。
がむしゃらに働いて、実績を残していけば、文句を言ってる奴らも黙らすことができるって」
桐谷さんの手掛けた業務なら、過去のものもざっと見せてもらった。
数年の間でいくつもの商談を成立させ、新しいアイデアや方針もどんどん打ち出されている。
現状に甘んじることなく、常に上を目指している。
昔からある慣習や規則も、必要ないと思えば切り捨て、新しいものに切り替える力も持っている。
保守派な古株からの当たりは悪いが、若手からの支持は絶大だと前に石橋さんが言っていた。
だから自分もついて行きたいと思えるんだと。




