4 改めましての自己紹介
「私の名は桐谷 隼一。
肩書きは代表取締役代理、なんて偉そうなものだが、ここは小さな会社だ。
やってることは営業マンと大して変わらない。その相手がちょっと偉い人になってるってだけで」
「は、はあ」
うっかりすると埋れてしまいそうなふわふわのソファに座って、面談・・ではなく自己紹介が始まった。
桐谷社長は言い終えると「よろしく」と微笑まれる。
わあ、スゴい。圧倒されちゃう。
桐谷社長の横に座る男の人は、きちっと撫でつけられた髪に眼鏡でいかにも厳しそう。
眼鏡の真ん中を指でくいっと上げて鋭い目で私を見る。
「石橋だ。桐谷社長代理の補佐をしている。
ここでの仕事は過酷だ。過労で倒れるのは勘弁してもらいたい」
ひ、ひえええ。
怖い。この人、怖いよ!
「もう、石橋さんは口調がキツいのよ。
あれはね、体調に気をつけて働きなさいよってことよ。
あんなんだけど、社長の健康を一番心配してるのは彼なの。
あなたにも気をつけてねって言いたいだけだから」
私が震えていると、ふふと笑って、美人な女性がお茶を皆に配ってくれる。
私の前にも置かれたので、ぺこりとお辞儀をした。
私、下っぱなのにお茶を入れてもらっちゃったよ。
「私は山本 紗耶香よ。よろしくね」
三人の視線が集まって、私は自分がまだ自己紹介していないことにハッと気づいた。
「わ、私は! 汐崎 鈴音と申します。
若輩者ではありますが、精一杯頑張りたいと思っております。
よろしくお願い申し上げます!」
立ち上がり、深く頭を下げた。
選挙の下手な挨拶みたいなことを言ってしまった、かもしれない。
すると、パンパンパン、と手を叩く音が次々と重なる。
顔をあげると三人が笑顔で拍手をしてくれていた。
「歓迎するよ。汐崎さん。一緒に頑張ろう」
「よろしくね、分からない事は何でも聞いてね」
「・・・よろしく」
じわっと胸が熱くなる。
「はいっ!」
今日から、ここが私の働くところ。私の場所。頑張ろう。
「ところで、ずいぶん若いのね。いくつか、聞いてもいいかしら?」
「はい、十八歳です」
私が答えると、桐谷社長はゴホッとお茶をむせた。
隣に座る石橋さんも眼鏡の奥の鋭い目が見開いている。
「あ、えっと、高卒なんです。すみません」
「謝る必要はない。こちらこそ、失礼をした。
高卒だろうが短大卒だろうが専門卒だろうが、君が入社試験と面接を突破して、ここにいることが事実だ。胸を張っていい」
「はい。ありがとうございます」
社長の言葉は嬉しかった。
他の会社の面接も三社受けたけど、「高卒ねえ」とあからさまに馬鹿にしてくる人もいたのに。
すごく、すごく嬉しい。
まだ出会って数時間だけど、通訳を通してこの人の仕事ぶりを見た。商談での話術、知識。人を惹きつける素晴らしいスピーチ。学歴で人を差別しない、公平な態度。
桐谷社長はすごい人だ。
この人を尊敬する人に決めて、今日から仕事を頑張ろう、と思った。




